80㎞の道程を走るべく、朝8時40分に家を出た。山崎文化会館で、第10回森の国オカリナフェスティバルがある。私は2日位前から、とても行ける状態ではなかった。熱はいつもないけれど、今回も洟は出る、咳は出る。こんな状態でホールで聴く訳には行かない。
馬鹿は風邪を引かないと言うはっきりした言い伝えがあるのに、引いた。馬鹿だと思うのに、引いてしまった。孫が2人共引いていて、昨日も一昨日も、私はそれはそれは近くで折り紙を一緒にしていた。昨日も一昨日も、床に入ったのは夜の9時だった。だが、それでも今朝は辛い状況だ。
私は出場しないけれど、聴きに行ったり、ブースを見て回るのはこんな時にしかない。10時半から開始だが、30分は回って見たかった。しかし、興味はなかった。買う積もりなど全くないからだ。もう、自分のオカリナを、どう吹いていい音を出せるか、それが問題だった。
知った人もいたが、テレマンの若い社長が、
「2階の展示は凄いですよ」
と言った。下のブースはちらっと見ただけで、2階に上がった。うわ~。そこには植田先生夫婦がいて、自分達の所有のオカリナ等を並べていた。え~、と唸った。テンションが上がり捲った。オカリナの変遷を思わせる楽器が、整理されながら並んでいた。この部屋全部、彼らのオカリナだった。
ここからは、後で書き留めておこう。この時は、洟も咳も出なかった。気が、オカリナに向けられていた。階下は皆が演奏して楽しめる、今時のオカリナのブースが並ぶ。オカリナが欲しい人で占めている。ドナーティイのオカリナは多分アンサンブルなどには今は音などの変遷で、誰も使わないだろう。が、あの頃の音が、こんな音だったのかと思われる程、大きな、素敵な響きがした。値打ちがあった。
1,000円出して、もう余り残っていない2階の一番前の席にした。朝から51組が演奏する。全部で51組だから、5時を過ぎると思う。私は、18組が終わってから、昼の部のゲスト演奏を聴いた。急に席が埋まって行く。メインゲストは茨城智博さん。オカリナは後4人。佐々木一真、山本奈央、前田麻希、奥村香織の面々。この5人で演奏した。
茨木さんのピアノ伴奏は森浩司さんだったか、森悠也さんだったか。苗字も一緒だし、何だか似ているし、よく分からなかった。最後はまた5人とピアノで演奏をし終えた。上手いと言えばとても真似の出来ない位上手い。私が手を出す分野ではない。
隣りに座った女性が、演奏中でも話して来る。これには参った。どこかに消えたと思ったら、何か昼食のようなものを買って来て、
「これ食べて下さい」
と言う。私は、すぐに断った。変わった人だと思ったが、垂水に住んでいるそうだ。携帯を広げたと思ったら、音をさせて閉じた。介護の仕事をしていると、自分から言う。広告の紙を破っている様子だった。何をしているのだろう。
何と、住所、氏名、電話番号を書いて、私に渡した。暫く何もしないでいたが、これは手にした。どんな意図があるのかさっぱり分からない。私は、指定席でも、ゲスト演奏が終わったら買って来ていたおにぎりを食べて、今度は1階の席に座ろうと思った。もぞもぞと、咳が上がって来る。これを押さえるのがどれ程大変か。
30数曲聴いて、もう帰ろうと思った。茨木さんの演奏は、前半を聞いたので、もう未練はない。それより、咳が酷い。悪寒がする。ここまで聴いて、良かったと思える演奏は1つか2つだった。私の耳が肥えたのかも知れない。肋骨の真ん中辺を押さえ乍ら、咳を止めようとした。ヒヒ、ヒヒと言う声が震えながら上がって来る。
もう1度、展示してある2階に上がった。奥さんの方がいた。数人は入れ替わり立ち代わりしていたが、こんな凄い展示を見に来る人が少ないのには驚いた。
オカリナの歴史は浅く、しかしイタリアが発祥の地となっている。ジュゼッペ・ドナーティ Giuseppe Donati(1836~1925)が作り始めて、仲間と楽団を組み、あちこちに演奏に行っている。その時のオカリナがあるではないか。3個だった。1つはアルトC管で、後はもう少し小さいオカリナだった。歪な形をしていた。植田先生は、
「吹いて下さい」
と言った。えっ? と言った瞬間、舞い上がった。
「先ず吹いてみてくれませんか」
それは何と大きな音で、滑らかではないが、ややかすれたような感じの音がした。全くソロには遜色はないと思うが、誰も今の楽器と比べると敢えてこの笛を選ばないと思う。或る意味、好事家か収集癖のある人は、手に入れるかも知れない。つまり音質とかが違うからである。素敵なオカリナには違いない。
私は、大きいのも小さいのも吹いた。いい音が出るとか何とかは二の次で、その時代のオカリナを吹いたのである。
ドナーティのオカリナは、ブドリオ時代(第1世代)~1876。ボローニャ時代(第2世代)1878~1906。ミラノ時代(第3世代)1907~1925。このドナーティのオカリナを吹いた。これで、もう森の国オカリナフェスティバルの意義は達せられたと思った程だ。
後、どんなオカリナが展示されていたか、記して置く事は意味のない事ではない。
○ 中国木製のオカリナ (楽土)パラダイス製
○ ホナー製のオカリナ (ドイツ20世紀当初)
○ EWA社のオカリナ (オーストリア20世紀初頭)
○ フィーンのオカリナ Heinich Fiehn(オーストリア1846~1920)
○ 金属製のオカリナ(フランス1890年20世紀初頭)」
○ マイセン柄のオカリナ(ドイツ1910~1920頃)
○ カネックのオカリナ Antonio Canella(伊1861~1952)
○ ミンヤーニのオカリナ Carrgo Mignan(1918~1997)
○ チェザリのオカリナ (1888~1962)
○ キエザのオカリナ Guido Chiesa(1884~1965)
○ ヴィチネッリ Cesare Vicineli(1841~1920)
○ E・メッツェッティーのオカリナ Frcopl Mezzetti(1841~1918)
ここからは新しいもの、或いは歴史を継いだものと言われているものだ。
○ メナーリオのオカリナ (ブドリオ5代目の製作者)
○ バリッラーラのオカリナ
○ コロンボのオカリナ
○ パッキオーニのオカリナ
それと、私が手で持って吹いてみたいオカリナがあった。なんと、フェステイバルのような所で売っていたと言うから、驚木桃の木山椒の木だ。
それは、ホンヤミカコさんが好んで吹く「ミカレジーナ」である。これは、2009年に静岡理工科大教授志村史夫と共に「オカリナの音の科学的研究の成果」として発表したものだ。ここで、またまた吹かせて貰える事になった。結構な出力がある。きっと、素敵なオカリナだと思った。だが、私には吹けない事が判明した。普段吹くオカリナと穴を閉じる指の間隔が、かなり違うのだ。このミカレジーナが手に入った所で、私には宝の持ち腐れとなる。
そして、最後に世界最大級のオカリナを吹かせて貰う事になった。よこの長さは多分80cm位あるだろう。これは、台湾のTNGのトリプルバスC管。BBBC管と言われているものだ。普通オカリナは右手を上から被せ、左手は向こう側から手を回し左手を上から被せる。リコーダーの要領だ。
この大きなオカリナは台に置いといて、右手は普通と同じように塞ぐ。左手も右手と同じようにこちら側から被せる。これを買ったと言うから、只者ではない。凄い低い、聴いた事のないような音が響く。大きな音ではないが、慣れると凄い役目をすると思う。
もう、山崎文化会館ではゲストの演奏が終わっているだろう。私がそこまで居れると仮定して、家に帰り着くのは8時前になろう。今やっとこうして書くだけ書いた。あんまりあても胃袋に入らない。焼酎も旨くない。もう、寝る事が1番のように思う。今日は、こんな事をしていたのだった。
オカリナの名称や謂れは、植田先生が書いてオカリナの前に置いているものを写した。
日本では、穴の数を2つ3つ増やして、効率の良いオカリナにしたのは、アケタオカリナの改良者、明田川孝さんである。私は、そんな当時のオカリナは小学6年生の時貰ったが、これは「レル民族楽器研究所」、アケタの前身のオカリナだった。魅力一杯だった事を覚えている。