朝7時過ぎには家を出た。雨は止んでいて、空は黒く、霧が流れていた。8年前まで出勤していた事を思い出す朝だ。そんな人達を運んで、バスは垂水に着く。ゆっくり歩く人を探すのは大変な通勤風景を横切って、JRの電車に乗った。

これがラッシュアワーと言うのだろう。西へ行く電車でも、座る事は出来なかった。窓の外は暗い雲に覆われていた。乗り降りする側の席の壁に凭れ掛かっていた。オカリナを11個入れたアタッシュケースは下に立てかけた。鞄は肩に掛け、譜面台は手に持った。ガラス窓の内側は水蒸気で曇っていて、「津軽海峡・冬景色」の2番の歌詞のように、指を伸ばして軽くこすってみた。だが、「♪遥かに霞み見えるだけ」のような状況にはなかった。「♪息で曇る窓のガラス拭いてみたけど」の真似事をしただけだった。

JR加古川駅には1時間程で着いた。Ki君とO君に会うと、8時50分の約束のバンに乗り、Mさんの運転で加古川公民館へと向かった。

9時に3階のホールに上がると、もう殆どの人達が席に座っていた。Ki君にCD伴奏の音を出して貰い、音量の確認をした。O君は一番後ろに、Kikさんと座った。Hさんはこの公民館の関係者でもあり、後からの話に依ると、外で聴いていたと言った。

そのまま用意された席に着いた。「加古川寿大学」での演奏と講演に呼ばれていた。約150名だ。校歌が歌われ、体操があり、私の紹介があって、それからが出番だった。60歳以上が入学出来るそうで、4年制である。

私は公演と講演を1時間30分の内にしなければならない。どちらかだけならどちらかに集中出来るが、もうこのパターンは加古川ではこれで3回目だ。2015年5月に別府(べふ)公民館でやり、次の年の5月には陵南公民館でやった。毎年やっている事になる。今年の末になるか来年になるか分からないが、また加古川での演奏が予定されている。

「体操は足の指を動かす運動が効きました。今日のボードのテーマが『オカリナの世界』とありますが、『オカリナと私』と言った内容で進めて行きます。まるで日本ハムの大谷選手のように二刀流仕立てでやらなければならなくて、私には昼と夜が一緒になっている感覚です」

と言って、先ずは「コンドルは飛んで行く」をアカペラで吹く事から始めた。アタッシュケースには入らないアルトG管で吹き、転換した後半の速い部分では、ソプラノG管を使った。大学と名の付く以上、演奏だけのお楽しみムード一辺倒では困るだろう。飽く迄講座なのだ。

曲は15曲準備していたが、11時には終わって欲しいと担当の女性Mさんから言われていたので、最低それだけは守ろうと思った。結果的に3曲を割愛する事になった。ステージ紛いの場所から正面に時計が見える。これは有り難かった。一々腕時計を見るのも見苦しく、煩わしい。それによって、演奏も話も調節出来る事で安心した。

説明をした曲もあった。皆で歌う曲は演奏曲以外に5曲用意した。流石に大きな声で、上手な歌声を聴かせてもらった。

話としては、「出会い」に纏わる事。皆に色々な出会いがある事。どうすればいい出会いと仲間作りが出来るかと言う事。五感を働かせ、体を使って、色んな事が出来る自分を愛する。同時に他人を愛する。そして、自然を愛する。また、度感動し感動出来る事が大事だと言った。

私は大学の先生でもなく、そんな事を偉そうに話せる立場でもない。だが、自分が思っている事を話した。それから、「今」が大切な事。「今」の自分の行為が、違った明日を、又未来を作って行くのだと言う事。動いている正に「今」、為したり考えたりする事で、良くも悪くも変えられると言った。

掻い摘んでそんな柱に、色んな例を交えて話した。演奏以外は、皆がどっと笑うような話し振りを、さり気なくした。皆、時々笑っていた。堅苦しい講義などしたくないからである。こんなに喜んで貰えるとは思っても見なかった。最初に笑って貰った事で、食い付きも良く、目の色も変わって行った。私は、演奏より、その事の方が楽しかった。

時計を見ながら、ぴったり11時に終えた。こんな時、調子に乗って、5分位過ぎてもいいだろうと勝手に判断すると、たった5分の為に、人柄を含めた印象までガラッと変わってしまう。5分長引けば5分遅れる原理だ。皆が迷惑する。

この後、寿大学生には、話し合いが予定されていたのである。ホールを出る時、色んな人が私の方を向いて満面の笑みを浮かべてくれた。これも、5分を惜しんだりしなかった事に依る。始め良ければ終わり良し。終わり良ければ全て良し。演奏や話の中身がどうあれ、これこそ大袈裟に言えば、私の中では快挙ではなかったかと思う。今後も、気を付けたい。

コーヒーを飲み、館長さんに5人(Ki君、O君、Kikさん、Hさん、私)は加古川駅まで同じ車で送って頂いた。11時半を回っていた。ここから歩いて割烹「おおにし」に着いた。O君が設定してくれていたのだ。

ここからが本番だ。5人は生ビールを飲み、「私には悪いが、芋焼酎ではなく麦焼酎を注文してある」とO君が言った。大分の「二階堂」の一升瓶がでんと君臨した。皆もお湯割りで飲んだ。料理もここのは美味いのである。写真をアップ出来ないのが残念ではあるが、焼酎は私もかなり飲んだ。1杯や2杯ではない。一升瓶は、最後には1センチしか残っていなかったとO君が言った。

ここでは、Ki君とO君は同郷の友達だが、KikさんとHさんは盛んに3人の仲が良いと褒めてくれた。また、今日の話が面白かったと言い、勉強にもなったと言った。そして、時間がきっちり終わったのには吃驚で、紹介した自分は誇らしい、などと何度も言い、私は縮み込んで居場所を失いそうになった。そこまで言って貰えて嬉しいけれど、こんな褒め方をされた事がとんとなかったので、恐縮してしまった。

Ki君は、いつでもカラオケに行こうと言う。強引なまでに誘う。皆も観念しているのか、彼に委ねる。Hさんは用事が出来て、今度は必ず一緒に行くと言う言葉を残して帰って行った。Ki君は、O君の奥さんに来て欲しいと、O君から電話を掛けて貰っていた。奥さんは、来る事になった。O君の家の近くまで、タクシーに乗り、奥さんが来るのを待った。

待つほどでもなかったが、タクシーは止めて、暫く歩く事にした。軈てカラオケルームに到着した。1度来た覚えがあった。212号室は3段になっていて、階段上の面白い形をしている。私は、一番上に上がった。4人は下にいた。2時46分。この時間から2時間。

O君とKikさんは上手だが、余り歌わなかった。O君の奥さんの歌は聴いた事があり、とても上手い。それでもそんなに歌わなかった。香西かおりや石川さゆりの歌が似合う人だ。私も余り歌わなかった。何故か。

Ki君がマイクを独占した。余程歌いたかったのだろう。どんどん歌って行った。ゴロンと寝転んだので、

「ちょっと寝とってくれ」

と言うと素早く起き上がり、また歌い出す。声に張りがあるのは羨ましい。酔いもあるのだろうが、奥さんに次々歌を予約して貰って歌う。

「今度は僕に歌わせて」

と言うと、

「駄目」

と言う。作戦を考えた。こちらで自分が歌いたい曲を予約する事だった。流石にこれでは歌えないだろう。すると、自分も一緒に歌い出す。もう可笑しくて仕方がなかったが、

「私のオンステージです。アンコールですか」

と、この言葉で何曲歌ったのだろう。よく知っていて感心する。20曲はとっくに歌っている気がする。まあ、聴きながら、選曲して予約しながら、こちらも隙間を見付けて歌った。闘いだった。もう2時間になったが、終わらない。30分延長の積もりになった。

2時46分から4時46分までで2時間だから、5時16分で終了だ。奥さんが階下に降りて、幾ら掛かったか聞いて来た。すると、

「1人900円だけど、8時までは同じままだそうです」

と言った。これを聞くと帰る訳もなく、更に歌い続けた。Ki君の独壇場だった。皆も1、2曲は歌った。Ki君の次に多いのは私だった。勧めても、皆歌う気配がない。

「もうこんな時間だ」

と、O君が言った。7時だった。4時間以上も歌っていたのだ。Ki君のワンマンショーを、皆も楽しんでいたのかも知れない。中は暑く、終わりの頃に気が付いた。エアコンが入っていなかった。

外に出ると、O君の息子さんが仕事帰りに寄ってくれ、Kikさんは別に迎えを頼み、5人は息子さんの車で加古川駅まで送って貰った。

奥さんは、

「ほんとに、今日はとっても楽しかったです」

と、如何にも楽しかったかのように言った。Ki君の面目が潰れずに済んだ。またいつか、歌える時が来るだろう。

Ki君と各駅停車に向かい合わせで乗った。頻りに私を誘った。

「神戸まで行こう」

そこには彼の行き着けの飲み屋さんがある。私は、

「今日はもう飲めないし、行けないわ」

と答えた。もうお酒も食べ物も入らないし、何しろ疲れているので、また今度行く事にした。一緒に行きたかったようだが、私は垂水で降りた。Ki君は須磨で降りるのだけれど、神戸に行ったと思う。いや、行っている。彼は元気だ。

家に着いたのは8時20分だった。どうしてもブログを書く元気がなかったが、だらっとしながら、兎に角今日の記録を認めた。今から寝ようと思うが、明日は寝られるだけ寝てみたいと思った。

2017.2.23