お尋ね者を探しているのではない。会いに行くのである。こんな日に限って寒いが、薄着で出かけるから震える。

寒波襲来で各地で雪が降るとまで予報されていたから、寒いのは容易に感じられる。セーターも着、ジャンパーも着、その上にハーフコートを覆い、今日はマフラーを巻いた。頬が寒風にピリピリするが、その他は温かく感じられた。特に首回りが温かい。

大阪駅へ着くと環状線の内回りに乗り込み、次の駅福島で降りた。「CoCo壱番屋」に入った。カレーが食べたくなったからだ。しかも、電車の中でカツカレーにしようと決めていた。

「この、勝つカレーをお願いします」

「ご飯の量と辛さはどうしましょうか」

「量は普通で。普通って言うけど分かり難いなあ。どの位の量なの」

そうするとウエイターが答えた。

「ご飯2杯分です」

「えっ? それだったらもう1段落としてくれない? 辛さは3辛(カラ)で」

運ばれた勝つカレーは、ご飯の量がイメージより少なく感じられた。デミグラソースが付き、更に濃いソースが付いて来た。デミグラソースをカツの上にかけた。濃いソースもかけた。おっと、辛い!

まだ勤めている時、同じ名前の店に何度も入った事があって、数字が大きくなるに連れて辛さが増すと言う事は知っていた。5辛までは誰でも注文出来るが、6辛からは5辛を体験した者でなければ注文出来なかった。3辛がとても辛い事はその時に分かっている。だが、まあ、私には刺激があって美味く感じられた。

或る時シマさんと行った事がある。彼は3辛だったか何だったか忘れたが、私は5辛に初挑戦をした。美味いとか味が良いとか感じる術はなかった。ただ無性に辛かっただけだった。キムチなどの辛いものは好きで平気だが、これは味わって食べると言った代物ではなかった。

5辛は体験したが、その後6辛から10辛までのどれにも挑戦する事はなかった。そこまでしてピリピリだけを感じようとは思わなかったからだ。美味しく食べる事が1番で、魯山人だって、そんな辛いものは敢えて食べなかったのではないだろうか。因みにだが、5辛は1辛の12倍の辛さである。

そんな事があるので、私はその美味さの限界の3辛にしたのだった。美味い、ピリピリ、美味い、ピリピリの波の中で、勝つカレーを楽しんだ。衣がサクサクで、こんなに美味いカレーも久し振りだった。

ザ・シンフォニーホールの前の短い並木道を通るとそこに丸くなった鳩がいた。ふくら雀ならぬふくら鳩で、私と同じだと思った。こんな小さな鳥にも、知恵がある。空気を取り込んで丸くすれば体が温もる事を知っている。

また会いに来れたヴァイオリニストとは、右側のほうれい線にホクロのある川井郁子だった。白いドレスが清楚だ。バレンタインデー間近の今日は、様々な愛の心が表現された名曲を中心に演奏すると言う。

第1部

リチャード・ロジャース : サウンド・オブ・ミュージック

ヨハン・シュトラウス2世 : 春の声

アラム・ハチャトゥリアン : 「仮面舞踏会」よりワルツ

サミー・フェイン : 慕情

エンニオ・モリコーネ : ニュー・シネマ・パラダイス

ニーノ・ロータ : ロミオとジュリエット

アラン・メンケン : ホール・ニュー・ワールド

川井郁子 : 追憶の海(映画「北のカナリアたち」より)

カミーユ・サン=サーンス : 白鳥

ピョートル・チャイコフスキー/編曲:川井郁子 : ホワイト・レジェンド~「白鳥の湖」より~

ロシア民謡 : 黒い瞳

ヴィットーリオ・モンティ : チャールダーシュ

(休憩20分)

第2部

エドワード・エルガー : 愛の挨拶

アンヘル・ビジョルド : エル・チョクロ(キス・オブ・ファイヤー)

マルグリット・モノー : 愛の讃歌

エリック・サティ : ジュ・トゥ・ヴ

ジョルジュ・ビゼー : 歌劇「カルメン」よりアラゴネーズ、ハバネラ

マイク・ウィルシュ、マイク・ディーガン : オー・シャンゼリゼ

ジョン・ウィリアムズ : ジョーズ

宮川 泰 : 宇宙戦艦ヤマト

ヨハネス・ブラームス : ハンガリー舞曲第5番

ホアキン・ロドリーゴ/編曲:川井郁子 : 恋のアランフェス(レッド・ヴァイオリン)

アストル・ピアソラ : リベルタンゴ

久々の1階席だったが、それも一番後ろから2列目。双眼鏡を持って来て良かった。

「ジョ-ズ」は曲目の変更をして、「ふるさと」になった。その理由は、こうだ。

「そんなに難しい曲ではありませんが、暗譜しても何か上手く行かないのです。今日は全部暗譜でやっているので、これだけ譜面台に置いて演奏したくなかったのです」

「私はよく上の方を向いて演奏しているのですが、何処を見て演奏しているか聞かれます。実は少し上の辺りに大きな楽譜を張っています。それを見て演奏するから、その辺りを見ているのです。目つきが怖いと言われます」

私には、それが大いにセクシーさを感じさせていた。だが、この事実は冗談ではないだろうかと思った。

第2部では薄いピンクのドレスに、銀色に光る大きな模様が刺繍してあるようだった。ラメが施され、キラキラとも虹色とも取れる光を、まるで星の煌きのように放っていた。

女の子が1人いて、もう10歳になったと言った。双眼鏡の中の川井郁子は十分に楽しんで演奏していたが、それにも増して、とても美しく魅惑的だ。それにスタイルは抜群と言っていい。ファンもきっと多い事だろう。

単にヴァイオリニストと言うだけではなく、作曲家でもあり大阪芸術大学の教授でもある。それだけに止まらず、女優でもあるのだ。東京藝術大学を卒業し、その大学院を修了している。それに、ホセ・カレーラスや熊川哲也らとも共演している。

羽生結弦、荒川静香、ミシェル・クワンなどの世界的なスケート選手も川井郁子の手掛けた音楽と共に、リンクを華やかにして来た。パリ・オペラ座公演を成功させるなどその行動範囲は多彩で、類稀なる才能を欲しいがままにしている。

今日のコンサートは、今日初めて会って演奏したと言う若い演奏家と一緒だった。ヴァイオリンもヴィオラもチェロもコントラバスも、ピアノはフェビアン・レザ・パネと言い、9人の弦楽合奏団と11人で演奏した。

最後はアメージング・グレースを無伴奏で演奏して終わった。兎に角その美貌と才能には唯々音さえも観ている他はなかった。

彼女の演奏は短編小説のようで、長いものはない。丁度いい塩梅の曲ばかりだし、敢えて選んで聞かせてくれているのだろう。長いと、私のブログのように飽きたり、退屈してしまう事をよく知っているのだろう。前回に買ったCDもそんな曲が目白押しだ。

ほうれい線のホクロを双眼鏡のお蔭で観る事が出来たが、それはつまり1階の1番前の席で観ているようなものだったのである。そのほうれい線のホクロは、今度程庶民的な川井郁子を感じさせてくれた事はなかった。演奏中の視線の訳まで聞かせてくれて、それは親しみと庶民性とに拍車を掛けた。

顔にもどことなく柔らかさが出てきたように、双眼鏡は伝えて来た。離婚をして、母として娘を育てて来た健気さが、そんな変化を齎したのだと思った。

外はそんなに寒くは感じなかった。歩いて大阪へ向かい、ラーメン屋に入った。まるで冒険だった。TVでいつか食レポもして美味い! と誰かが叫んだチェーン店だった。1度食べて置かないと、何時まで経っても気になって仕方のないラーメン屋として残るだろう。

〇〇〇〇と言うこの店での1番のお薦めはラーメンで、こってりとしたもの、普通のもの、薄味のものがあった。店員はこってりしたものがお薦めだと言った。それを注文したが、最後に持って来てくれるよに頼み、最初はビールやライム味の酎ハイを餃子と共に飲んだ。

何だか自分が酒場放浪記をしているような気分になる。豚キムチと飲んだ後は、ラーメンを持って来てくれるように言った。麺は細いのと太いのがあってそれも選ばなければならない。ちょっと面倒なラーメン屋のように思えた。

こってりして濁り、美味そうだと言う実感は湧かなかった。不味くはないが、美味くはない。店員が口は優しく見せかけているが、客の方に心が向いていない。ラーメンを持って来て貰おうとして手を上げても、長い間こちらを見ない。厨房の男と何やら楽しそうにじゃれ合っている。こんな姿を見せられたら、美味いものも不味くなると言うものだ。そうでなくても、ここのラーメンをもう1度食べようと言う気にはなれなかった。大声を出したら不快そうな顔をしてやって来た。

これで一件落着だ。もっこすのラーメンがどれだけ美味い事か。こうして自分の中で淘汰されて行く。勿論ファンもいる事だろうし、私がそうだからと言ってその通りではないだろう事は承知済みだ。

高速バスに乗り、家路を急いだ。真ん丸な月がくっきりと光っている。秋の十五夜の月のように感動はしなかったが、今日の月は満月に違いない。確かに1月28日の新月から指を折り畳んでみると、15夜目ではある。

川井郁子のヴァイオリンに出会えた事と大した味ではなかったラーメン屋に入れた事に感謝して、明日からのダイエットを目指しながら布団に潜り込もう。またあの最初の冷たさに吃驚しながら。


【2月11日のブログ】