2度味わったからと言って、何ら珍しい事でも何でもない。シンガポールやマレーシアでは、4度味わう事が出来るのだ。探せば、もっと味わえる国があるかも知れない。

神戸には、元町商店街に入ると南京町広場がある。そこからすとんと南には海榮門があり、東には長安門、西には西安門がある。そのエリアを南京町或いは中華街と呼んでいる。

午前中の卓球教室が終わると、家でシャワーを浴びた。すぐに準備をして、高速バスに乗った。日本ではかつて旧正月と言って祝っていたが、今は殆ど姿を消した。しかし、アジアではこの旧暦によるお正月が祝日となっていて、新暦の1月1日に当たる日が、今年は1月28日となっている。

当然南京町では前日(27日)から春節祭が催され、お祝いの真っ只中となる。本当は昨日が旧暦の元日なので行ってみようと思ったが、ただ疲れていると言う理由を付けて、行かないでいた。だが、バスに乗れば行ける範囲だ。遠くの人達は、行きたくても行ってみる事もあるまいが、矢張りその祝いの中に入ろうと考えた。卓球に行く前の事だった。

今日でイベントはお仕舞いになる。私が着くと音楽が終わった所だった。二胡や琵琶の演奏で、これこそ中国を感じさせるものなのだ。ロープが張られたりして、人だかりはその中でステージを見つめている。爪先立ってもよくは見えなかった。イベントを見に来た訳ではないが、次は太極拳があると言う話だ。座っても疲れるのだろうから、ステージイベントはスルーしよう。

お正月の初詣のように、凄い人だ。だが、どう見ても、そう思うからかも知れないが、中国人が多いように思った。若い女性は明らかに中国人の顔をしていた。とても日本人には見えない。

少しずつ、服が触れ乍ら、長安門の方へと流されて行った。中華そばを食べようと思っていたが、余りの人出と行列の為に、食欲も萎えて行くようだった。ここに来た目的は、雰囲気を感じる為と、1番は豚まんを買って帰る事にあった。

商店街から入って近くに老祥記はある。ここは大正4年(1915)に店を開き、「ぶたまん」と言う呼び名の発祥の店ともなっている。小振りで一貫楼や551の蓬莱の豚まん程大きくはない。掌に乗せて軽く包める程の大きさだ。何かに例えるなら、ゆで卵よりほんの少し大きい位かと思う。形は豚饅頭だ。

味は、他の豚まんのようにタマネギや肉が生々しく口に広がるのではなく、最後の一噛みで醤油が混ざったような独特の味が広がって消える。打ち上げ花火のように展開する、素早く懐かしい響き。最後はシンバルの一打で終わるようだ。癖になる味とはこんな味なのだろう。

この店は閉まっており、販売場所が矢印で示された紙が貼ってあった。すぐ近くだが、その店を半分は探しながら、長安門まで行ったのだった。

戻ると、老祥記から遠くない曹家包子館で販売していると書いてある。普段私が見る老祥記は、2~30人の行列が出来ている。今回はお正月と言う事もあり、もっと並ぶだろう事は見越しているのである。

商店街から入って最初の角を左に曲がった所にある。それでも4~50人は並んでいるようだった。最後尾に並ぼうとする寸前に2人の男女が並ぼうとして、最後尾はずっと後ろの黄色いプラカードのある所だと言われた。私はその2人の行為に助けられ、何事もなかったかのように本当の最後尾に行って並んだ。或る店の前だから、そこには人が並んでいなかったのだ。

多分150人は並んでいたと思う。一瞬或る考えが過ぎった。態々こんな日に買わなくても、いつだって買えるだろう、と。すると、すぐにそれを退ける考えが擡頭した。何の為に来たのだ。豚まんを買う為ではなかったのか。

私は行列に恐れをなしていただけで、いつかは曹家包子館に着くのだ。これだけ並んでいたら、中々行き着かないとの先入観があったからだった。

すぐ前の夫婦の声が耳に入った。「意外と回転は速いんじゃない」。そう言えば、少しずつ動いている。酷い渋滞でもないのだ。すぐに誘導されて、あの最初途切れた最後尾に渡った。本当に動きがスムーズで驚いた。

「出来るだけ前に詰めて下さい」。整理する男の声は、半分は空しかったのではないだろうか。前に詰める気配もない。中国の人などなら、何を言っているか分からない状況だから。

やっと中に入れたが、また中で並んでいる。まあ、これは状況が見えているからもう直だろう。

店員が回って来た。「10個単位でお求めになる方がいらっしゃいましたら、こちらにお並び下さい」と言った。私は10個買う積もりでいたから、対象者だ。ちょっと早く貰って帰る事が出来ると思った。10個に対して1枚のカードが手渡される。暫くじっとしていたが、どうせならと1枚貰う事にした。

前の女性が「30個」と言う。悩んだ。20個にすべきかどうかを。もうあちらに行ってしまうので即決しなければならない。10個買う訳は、2人で10個あれば十分だろうと計算していたからだ。でも、と瞬間不安になり「もう1枚」、とカードを要求した。一瞬の出来事だった。

10個は食べて後10個が残っても、孫に持って行くか冷蔵庫かの選択肢がある。それでも、余分な出費だと思っていた。2枚のカードと2,000円を渡して20個の豚まんと200円を受け取った。店の外に檻から解放された熊のように飛び出したが、どんよりした空のように、心も晴れなかった。今にも雨が降って来そうだった。

もう、南京町には止まらなかった。10個包んだ豚まんが2つ入ったビニール袋を下げて、元町から三宮へと歩いた。雨がぽつりぽつりと落ちて来る。両側がびっしり店になって並んでいる狭い路地のように続くピアザkobeを歩いた。雨とは無関係だ。

財布の店、鞄の店、服の店、靴の店・・。安かったり高かったり、共通しているのは個性的な品物が並んでいる事だった。その店は39,000円の財布が多かった。靴でも65,000円と書かれている値札。どちいらにしても、私のものとはケタが1つ違った。

その狭い商店の犇めき合う通りを抜けると、三宮駅に着く。すぐにバス停に行った。ぽつりぽつりの雨の為に、傘まで買う事もない。20分待つとバスが来た。数人が乗っただけで、この高速バスは出発した。高速道路を走っている間、暖房の所為もあってか気持ち良く眠っていた。

三宮からは歩いて元町へ行き、帰りも同じ事だったが、家に着いてみると全時間2時間30分と言った最少時間記録を打ち立てた。元町の森谷肉店に並んでいた人が思わず浮かんで来る。いつもはやっぱり2~30人並んでいるが、今日は、店の角を折れ曲がっても並んでいた。

肉屋さんが揚げる1個90円のコロッケを買う為に並んでいるのだ。その場で熱々を食べる為の者もいれば、お土産に買って帰る者もいる。私は、行列がある時は買わない。全く並んでいない時もあるからだ。今気が付いたが、コロッケと豚まんが同じ値段なのだ。

昼はご飯を食べていない。豚まんを食べる事にしていたからだ。途中でラーメンの誘惑には遭ったけれど、それは人出の多さに阻止された。4日前から再びダイエットを決意した私には、幸いな事であった。

ポン酢がなかったと思いながら、コープで買う事を忘れていた。仕方がない。冷蔵庫を開けてみた。すると底に5ミリ程溜まっていた。救いの神だ。王将の餃子みたいにたれなど入っていないのだ。もしなかったら、酢と醤油を混ぜてたれを作ろうと思った。

昼食には遅く夕食には早い豚まんを開けた。紙が湯気で濡れていた。まだ、少しの温もりがある。台所の椅子に座り、すぐに口に入れた。大きな口を開ければ1口で食べられるが、殆ど2口で食べた。ああ、この味だ。美味い!

口の中を他の如何なる豚まんとも違う味が擽る。最後の最後に、打ち上げ花火のように口中の夜空に広がったかと思うと、堪らなく懐かしい、言わば醤油のような香りを貼り付けて消えた。

また1つ、また1つ手に掴むと、口に頬張った。4つ食べると、下に6個並んでいる。私が6個食べても後4個残れば文句はあるまい。だが、久し振りの老祥記の豚饅頭は私の手を止めさせなかった。

ポン酢を付けたり、昨日ふろふき大根に乗せる為に作った柚子味噌を付けたりして食べていたが、気が付いても付かなくても、あと1個しか残っていなかった。満腹感はあるが、名残惜しかった。最後の花火が姿を消すように、10個の豚まんは私の視界から全部消えてしまった。

一番に思った事は、20個買って、あの店で葛藤して良かったと言う事だった。もう絶対に後の10個は、1個たりとも食べないと誓った。半分以上は残るだろう。そうして、冷蔵庫で冷やされる。レンジでチンして、残りは明日食べようと思っている。だが、今のお腹の様子ではそうとは断言出来ない。

ああ、それは明日考える事にしよう。

Tomorrow is another day.

高校生時代に覚えたこの言葉。こんな所で使う事になろうとは。「明日は明日の風が吹く」とか「明日はまた明日の陽が昇るのだ」とか、どっちの訳が良いかとそんな事で悩んだ時もあったなあと、それは老祥記の豚まんの味のように懐かしい。