昨夜からのNHK深夜便を聴かれた方もあるだろう。涙腺の緩んだ私は、その話に泣かされてしまった。この夜こそは寝ようと思っていたが、習慣なのか、ラジオのスイッチに手が伸びたのが原因だった。

寮美千子さんは1986年に毎日童話新人賞を受賞。2005年に泉鏡花文学賞を受賞している人だ。東京生まれで千葉育ち。外務省勤務もし、コピーライターでもあった。

いつしか奈良に住み、奈良少年刑務所を知った。そこで詩の授業をする事になった話が、対談形式でオンエアーされていた。

以前は定員696名で、700人を超えていた事もあるそうだが、今は減っていると言う。17歳から25歳までの何らかの罪を犯した少年たちが入っていると言う。

ひと月に1回1時間半ずつの詩の授業をする事になり、6回で終わる事になっていたそうだ。もう9年も続いていて、その詩集も出版されている。

収容されている少年たちの、言葉は変だが、最初は選び抜かれた10人が授業を受けた。言ってみれば囚人には変わりない少年達だ。お互いにも、寮さんにも、心の隙間を見せる事はなかった。寮さんは、途中から、彼らが作った詩を元に授業を始める事にした。それが奇跡を生むのである。

「今から、詩を作ってもらいます」

寮さんは、そう言った。すらすらなんて勿論書ける筈もない。

「何にも書くことがなかったら、好きな色について書いて下さい」

A君の書いた詩だ。

『空が青いから白をえらんだのです』

それだけだった。すると、他の子が口を開いた。

「この詩を書いたことが、A君の親孝行だと思いました」

「A君のお母さんは、真っ白でふわふわな人だと思いました」

「僕はお母さんを知らないので、この詩を読んで空を見たら、僕もお母さんに会えるような気がしました」

私は、ここら辺りで涙腺が確実に緩んだ。目の周りが、目薬を入れた時のようになった。

みんなの心に届き、ゆさぶったことを感じたA君は、実にはればれとした表情を見せ、そして、劇的に変わっていったそうだ。A君がどんな罪で少年刑務所に入っているのかは分からないが、体の弱い母親は、

「辛い事があったら空を見て。そこに私がいるから」

と言い残して亡くなった。題名は「くも」。白い雲はお母さんだったのだ。


それを受けてB君が書いた詩。

『ぼくのすきな色は青色です。つぎにすきな色は赤色です』

流石に寮さんも言葉に詰まってしまう。或る人は、自分なら「これが詩ィか? まじめにやらんかい」と言ってしまっただろうと言う。ところが、2人の生徒が手を挙げる。

「ぼくはB君の好きな色を、1つだけじゃなくて2つ聞けてよかったです」

「ぼくも同じです。B君の好きな色を2つも教えてもらってうれしかったです」

「B君はほんま赤と青が好きなんやなって、よく伝わってきました」

寮さんは言う。

「仲間になったんです。仲間です」

と。そして続けた。

「誰かがこんな声をかけて上げたら、刑務所に来る人間はいなくなると思います。どんな犯罪者も生まれた時は、宝の子なんですから」

私は凄い授業を見せて貰った気がした。鎧を着て斜に構えて誰をも近付けさせなかった子が、言葉の琴線に触れて背筋がまっすぐに伸び、口を開いたと言う事も。真の言葉は、暗く固い孤独の世界さえも開き、仲間を作って行く。そして、人間を意識させる。そうして、覚醒させる大きな力を持つのだ。

加害者のこの子達が、実は愛に飢えた被害者だったのではないだろうか。私は、「空が青いから白をえらんだのです」。この言葉の文字以外の部分を、何度も思い涙する。この奈良少年刑務所は、この3月で閉所されると言う。明治五大監獄の1つで、立派な威容を誇っている。

本屋さんに、やっぱり電話してみよう。

「新潮文庫の『空が青いから白をえらんだのです』はありませんか」