或る人には当たり前の事が、或る人には分からない事がある。自分が知らなかった事もあるし、相手にはそれが生活空間である事もある。神戸に来た時に、板宿(いたやど)を、私は「いたじゅく」と読んだ。その板宿で、シマさん達奄美の新年会があった。私もそらの陽さんも参加して、「孫悟空」と言う名の店に15人が集った。
シマさんと私は年男で、徳之島風のお神酒を最初に頂いた。底が金色のグラスのお猪口に、それは舐める程注がれた。舐めた訳ではないが、口に広がったのはほんの数滴だった。三宝の赤白の小さな屏風のように折り畳まれた紙が、下の方が大きく円盤形に膨らんだ2つの徳利に差し込まれていた。
この店の女将さんは徳之島出身である。もう1人はよく似た顔立ちだったが、姉妹でも親子でもなかった。
15人は所狭しと向かい合って座り、横長にくっ付けられたテーブルの上には小正月らしく、幾つもの大皿に美味しそうなものが並んでいた。煮付けは圧巻だろう。大きな大根が目を惹く。豚肉、人参、昆布、蒟蒻。これだけで満腹になりそうだった。
大根の酢漬け。ポテトサラダ。サータアンダギーに似ているが中はジャガイモの揚げ物。骨付きの豚肉。具が沢山入った海苔巻き。どれを取っても美味かった。前日の夜の会でまだお酒が残っていたにも関わらずだが、再び、今回は豪快なおせち料理を食べたような感覚だった。
ビールの後は芋焼酎のお湯割りを飲んだ。今日は良い日なのだろう。シアさんの相方Mさんから、シマさんもだが、何と2人に黒糖焼酎「きらめきの島奄美」を頂いた。思わぬ贈り物だった。
新婚の夫婦も来ていて、その彼が先ず三線を弾きながら唄った。若いけれど、三線の師匠だそうである。その後はシマさんが弾いた。シマさんは勿論大師匠である。シマさんの演奏は声は元より三線の音は安定しており、渋い響きがした。もう1人の彼は、華やかな音。それは若い音だった。奄美の会に三線は不可欠だ。
今度は3人が三線を持ち、弾きながら、周りの者も1人ずつ唄って行った。こうして三線は続き楽しまれて行く。
私も演奏するように言われ、4日前に初めて手にした葫蘆絲(フルス)を吹いた。「Endless Love」である。ジャキーチェンと韓国の最も美しい女優と言われる金喜善(キムヒソン)の出演する映画「神話」の主題曲だ。まだまだ上手くは吹けないが、早々に音だけは聴いて貰えた。
「それで終わり?」
と言われ、
「土の塊があるでしょう」
と言われて、AG管を鞄から出し「愛の讃歌」を吹いた。今年1年かけて仕上げて行きたい曲である。
次にそらの陽さんが「島唄」を吹いた。この場を考えて、この曲にしたそうだ。そらの陽さんの優しい音色が、AC管から流れた。
ビールは消え、芋焼酎と黒糖焼酎の入ったコップが残った。面前にはジョッキに入った薄いオレンジ色の飲み物が1つ2つと増えて行き、とうとう5つ数える程になった。トマトジュースを注ぎながら飲む。私もそれを飲んだ。量はあるし、美味いし、度数も知れている。新しい発見だった。
1時から始まったこの会も、一応4時までと言うことになっている。もう3時を過ぎ、カラオケで歌う事になった。
「五木ひろしの何の曲が良いですか」
そう聞かれた。思わず、
「長良川艶歌」
と言ってしまった。誰が入れ知恵したのだろう。「夜霧よ今夜も有難う」が良かったと思った。もう歌わなくなって久しく、声だって上手く出ない。昔は歌いたがった方だが、いまは歌わなくても何ともなく、寧ろ聴いている方が良い。それにしても、皆さんは上手い。何故か考えなくたって、三線で常日頃唄っている声は鍛えられ、張りがあるのだ。
シマさんはコブシも裏声も上手く、拍手喝さいを浴びている。対抗意識などがなくなると、上手く聴こえてくるのだが、どちらであっても本当に上手い。
4時が少し過ぎて、お開きとなった。正月から毎日のように飲み、この3日間は続けて飲んだ。
大寒波の襲う街を方向違いに別れて歩き、電車の駅でも別れ、地下鉄ではシマさん夫婦が東へ、私は1人西へ向かった。名谷駅からのバスに乗ろうと急いだが、出たばかりだった。青さが寒さを増す空を見上げながら、次のバスを待った。
これで暫く会らしい会はないが、板宿での徳之島の会は愉快に終わった。