うわー、雪だ。
朝、レトルト100円未満のカレーを食べて、梅干し2個一緒に食べて、お昼を待った。
シマさんのブログを観て、刺激を受けた。彼はぜんざいを食べていたのだ。ぜんざいは、私の地方の十八番だ。だって、神在月は出雲だけの世界。八百万の神様が、10月は出雲大社に全国から集まるので、他の地方は皆神無月だからだ。
神在? それは「じんざい」と読む。それで、「ぜんざい」となった。だから、出雲が「ぜんざい」の発祥の地と呼ばれている。
外に出た。雪だ! 舞い降りる雪。感動ものだ。私は、コープへ歩いて行った。ジャンパーに、雪が降りかかる。
大きな小豆の缶詰めを買った。甘味が押さえてあると書いてあった。塩昆布も買った。日清御膳の「きつねうどん」と「たぬきそば」も買った。煮た黒豆も。
オーブントースターで冷凍した餅を焼くと失敗する。膨れ上がり焦げ目が付くけれど、固い部分が残る。もう1度焼く。焦げてしまう。美味しくも何ともない。
考えたのが、電子レンジで2分間、チン。ベちょっと広がった。1分で良かったかも。でも、それをオーブントースターに入れた。膨れ上がり、それは柔らかく仕上がった。
ぜんざいに2個入れる積もりだった。だが、大き過ぎて1個で十分だった。あと1個は、チーズを挟み、砂糖醤油に絡めた。海苔で巻くのもいいが、今回はそれはなし。
ぜんざいとチーズ餅。結構満腹だ。だが、黒豆も食べた。塩昆布も食べた。美味い!
たぬきそばも食べた。美味い! きっと胃が驚いている事だろう。私も自分に驚いているのだから。
雪は止んでいた。空は青く、美しい程だ。
大先輩との会が元町の大丸から東に行き、路地を入った料亭で行われた。6時からで、私が着いたのは5時40分頃だった。第一番目の大先輩のは、体の具合が悪く来れなかった。二番目の大先輩は、電車の都合で6時半に着いた。飲む練習をしようと言う者もいた。だが、待って正解だった。
今回は少ないが、13人が集まった。お世話になった者は、その恩を忘れてはいなかった。そうして、宴会は始まった。終わったのが9時である。
窓の外は暗かったが、雪が舞っていた。街灯の周りは妖精たちの乱舞で銀色に輝いていた。私は内心ワクワクしていた。寒くて震えるのは好みではないが、それでも、今日は久し振りの雪が見られたのだ。
雪は大好きだ。雪見障子から観る雪は尚更である。
高校生の頃、出雲大社に大晦日の夜中に行き、1月1日午前0時に開かれると同時に、早い参拝者達が本殿にわっと雪崩れ込む。帰りはタクシーで帰ればいいと思っていた。真夜中の0時はとっくに過ぎ、お参りを済ますと当たり前のようにタクシーを待った。来ない。雪は降り頻っている。
段々足の先や手の先が冷たくなる。1時は過ぎ、2時も過ぎ、3時も過ぎた。相変わらず人出は途絶える事がない。
もう諦めしかなかった。4時ともなれば、疲労感さえ湧いて来る。タクシーから誰かが降りるのを呆然と見ていた。だが我に返ったかのように、その貴重なタクシーに飛び乗った。歩いて帰ったら8キロもない道程だから、歩けば2時間で家に着いただろう。しかし、雪道を歩けば確実に凍傷になると思った。
家に着くと、感覚は麻痺してしまっていた。母はすぐに風呂を沸かしてくれた。湯舟に浸かった。熱いのか冷たいのか、そんな事は全く感じなかった。その内、徐々に血の気が蘇って来るのが分かった。
そんな事を思いながら、窓の外の雪を見ていた。何故雪に惹かれるのだろうか。田んぼ一面を雪が覆い、それは白一色の雪景色だった事を思い出す。規格外れの壮大なキャンバス。純白の世界は、かくして美しい。
一人ひとり近況を話して、この会は終了となった。
皆東へ西へと別れて行く。元町駅から垂水駅まで電車で、そこで降りたのは、大先輩と私だけだった。すぐに出発したバスに乗った。
雪は降り頻っていて、見る見るコートに重なった。空は月明かりの所為で明るく、雲以外は多分真っ青だったに違いない。家までの道は、端の方は薄化粧をしていた。
家に着くと、車に積もった雪を拭ってみた。冷たいが、雪を実感した。
家に入ると、きつねうどんの為に湯を沸かした。カップうどんには油揚げが入っていて美味いのは美味いけれど、やっぱりカップそばがより美味い。あの固められた掻き揚げが出汁に溶けて柔らかくなり、エビが香ばしいのが堪らない。もう、酒を飲もうとは思わなかった。
ひらひらと舞い降りる雪。地面に落ち急ぐ雪。落ちると見せかけて、また空へと舞い上がる雪。街灯の辺りでゆらゆらと舞っている雪もある。どっちみち地面で溶ける運命の牡丹雪だ。因みに出雲ではダンベラと言う。
頭の中に刻み込まれた方言を咀嚼しながら、現実から無抵抗の世界へと微睡んで行った。