午後1時半。私は、須磨にある天神様の近くの練習場に着いた。新年の挨拶を交わすと、お願いしていた女性から楽器を受け取った。

ケースは、上腕から手の平位までの長さで、焦げ茶色をしたまるで蚕のお化けのようなものだった。色んな漢字が散らばっていた。大きさはまちまちで不統一だが、如何にも中国のものだと言わんばかりである。

今日まで楽しみにしていた楽器で、「葫蘆絲」と書く。呼び名は「フルス」と言う。

ジッパーを回して開けると、オレンジ色の内張りの中にその瓢箪のお尻から、中心だけ長く3本の竹が突き出ている楽器が納まっていた。真ん中の竹には表に6つ、裏に1つ、篠笛を縦にしたように穴が開いている。瓢箪の上部にはキセルの吸い口のような形の吹き口が2センチばかり突き出ている。瓢箪の中には、2枚のリードが入っているそうだ。

何故瓢箪なのかは、3本の竹の音が入用な場合全部口に入れなければ音が出ない。そこでこのように瓢箪を使えば、息は瓢箪の中で広がって、3本の管に伝わって鳴るからである。

2枚のリードはオーボエのようだが、オーボエやクラリネットのような上品な音ではない。日本の雅楽に照らしてみると、篳篥(ひちりき)のようである。フルスの横にある竹の1ケ所だけ塞いである穴を開けると、まるで笙のような混ざった音がする。

瓢箪には孔雀と戯れる女性の姿が描かれていて、素朴でありながら肉感がある。この赤と緑の色は、昔何処かで見た、懐かしい色だ。

普通に吹いてみた。音は出るが、小さく、しかもどの穴を開いても同じ音だった。彼女は調の違うフルスを5本位持っていて、二胡を習っている先生が中国から私の為に買って帰って来たこのフルス。その彼女は、私に強く吹くように言った。すると、あのユーチューブで聞いたような音が出た。

まだこれから練習をしなくてはならない。音域は1オクターブ位なものだが、まるでオーボエを吹いているかのような気分だ。だが、オーボエは吹いた事がない。

中国の雲南省の小民族が吹くこのフルスは、忘れようとしても忘れられない、インパクトのある魅力的な音を奏でる。もう10数年前に成龍(ジャッキーチェン)が映画に出た「美麗的神話」。共演者韓国随一の美女金喜善(キム・ヒソン)と歌う主題歌が素敵だ。

私はこの歌を聴き、またこの曲をフルスで吹いている映像を観た。そして、それを何度も聴いて譜面に起こした。単純な」曲だが、それが中々上手く書けない。何人かが吹く別の映像を参考に、やっと楽譜にした。これを今日、皆にオカリナで吹いて貰おうと。

このフルスで吹く音は中国でも人気が高く、今も愛されていると言う。もし中国で吹く機会があったら、フルスでもオカリナでも、一躍寵児となる事は必至であろう。

ユーチューブでは何とか吹けるだろうと思っていて、今もこうしてブログを書く合間にも吹いているが、確かにもうそれらしい音は出る。だが、この「神話」とも「Endless Love」とも言われている曲を情緒豊かに吹く事は、中々大変である。音を休むと変な音が最後に残る。小さな音になる高音は、特にテクニックが必要だ。

吹き方が悪いのか、上唇が痛い。でも、何とか克服したいと、誰にも分からぬように密かに闘志を燃やしている。



成龍  愛を二人の心の中で永遠に咲き誇る花にして

喜善  ウリ ソジュヘットン ヤクソク イッチヌン マラヨ
     (私達の約束を決して忘れないで)

成龍  真の愛だけが無限の時空を超えてついてくる

喜善  ソロ サランハンダン マルドゥル モッ テッソンネヨ
     (愛しているという言葉さえ語る術がなかったの)

成龍  愛は心の中にただひとつ変わらない美しき神話



長い歌だが、これは終わりの部分の2人の掛け合いだ。中国語と韓国語での・・。せめて韓国語の発音をカタカナにして読んでみると、その女性の気持ちがより伝わって来るようだ。

フルスかオカリナか、どちらで吹くようになるにしても、この曲は暫く虜になって吹いて行く事だろう。譜面を見ると至極簡単そうだが、吹くと難しい。そこに、この「神話」の不思議な魅力がある。