何にもする事がない。飲むか書くか寝るか。あっ、オカリナを「吹く」が抜けた。だが、今は吹く意欲を失っている。
2月は加古川公民館で高齢者大学(加古川寿大学)を対象の演奏と大分県の豊後高田市役所でのロビーコンサートを依頼されているのにも拘わらずである。
加古川の方は1時間半だが、CD伴奏だ。だが、備え付けの機器が旧いとか、上手く作動しないとか言われて悩んでいる。曲目は数曲の入れ替えをするだけだからいいが、自分のデッキを持参して、その前にマイクを置いてやらなければならなくなるだろう。
豊後高田市での演奏は1時間で、時間は短いもののCDを余り好んでいないようで、ピアノの上手い人がいるからその人に伴奏して貰ったらいいと言うのである。そんな事朝飯前の、技術的に上手いプロなら何でもない事だろう。CD伴奏なら普段練習している通りなので、自分の失敗以外は何とかなるのだが。
しかし、ぶっつけ本番で全曲ピアノ伴奏となると、私には凄いプレッシャーとなる。況してや楽譜もなく練習している曲に至っては、楽譜を渡す事も出来ない。伴奏は何小節で間奏はどうするかと言う事のコミュニケーションが上手く取れればいいが、それでも何調のオカリナを使うとか、速さはどうするとか、私には大きな圧迫と心配と挑戦の問題が浮かび上がる。
曲の種類も大幅に替えなければならない。例えば童謡を5曲位入れてピアノの前奏や間奏にはフリーを入れて合図して貰うとか。
私のオリジナルを何曲か入れるとか、そうでなければクラシックの伴奏譜がある曲を演奏して貰うとか、何だか時間稼ぎを考えているようだ。だがそれだって、私にはそんなにレパートリーはない。ガンバ大阪しかないのか・・。
演歌のタイトルが出来そうな日々である。「憂愁平野」。
こんな自分の演奏の事など書きたくもなかったが、さっき我が家で4泊5日を終えた恵那の娘夫婦が帰って行った。300㎞も離れてはいないので哀しくはなかった。それに、近くに住む孫達の家族も見送りに来ていたし、一切合切が紛れたのかも知れない。
娘には、「睡眠をしっかりとるように。自分を信じてアグレッシブに。兎に角ポジティブに、ね」と言った。何か言わないとと思って。旦那には「元気で頑張って。また会おう」と言った。
孫達の家族も次の目的場所へ向けて、同時に発車した。
私は部屋に入った。10時半頃だった。オカリナを吹く気力はまだ湧いて来ない。1人でビールを飲む事にした。雑煮に入れた鰤の切り身が数切れ残っていた。それを焼いてあてにした。芹のお浸しも少し残っていた。これは極上のあてになると思った。
そう言えば今日は七草粥を食べる習慣の日だ。私はそこまで食べ過ぎてはいないので、この芹だけで十分だ。
貰い物の1ダースのビールの中から無差別に取り出したのが「神戸づくり(兵庫県産山田錦使用、アルコール分5%)」だった。これは「9工場の一番搾り飲みくらべセット」の中の1本なのである。キリンの9工場が特色を生かして作ったもので、普段飲む「一番搾り(3本はこれが入っている)」のとはそれぞれに味や度数が違うと言うものだった。
昨夜は恵那の旦那と、普通の「一番搾り(アルコール5分%)」、「滋賀づくり(滋賀県産大麦麦芽一部使用、アルコール分5.5%)」、「取手づくり(アルコール分5.5%)」を飲み比べて見た。その違いは確かにあった。「一番搾り」の新しい顔を見た気がした。
後残っているのは「北海道づくり」「仙台づくり」「横浜づくり」「名古屋づくり」「岡山づくり」「福岡づくり」だ。どう違うか楽しみだが、本当に楽しめる贈り物ではある。
ちょっと酔って来た。あの賑やかさは何処に行ったのだろう。一瞬一瞬の現実の変化や繋がりはあるが、それはまた、一瞬のうちに物凄い速度で押し流されて行く。頭の中には事実や思い出として残るが、もう現実にはないものと化す。
そう思えば諦めもつくが、その折々の出会いと交わりこそが、人の生きる上での喜びと楽しみになる。その代り、その裏側が伴う事は必至だけれど。石投げをした時のように、その何間か跳び上がった瞬間のスポットの見え隠れが人生のときめきであろう。
出会いと別れ。それは日々当たり前のように繰り返すものや、ゆったりと繰り返すもの。また再び出会う事のないものがある。2度と出会えない思いは、世界中に泪と共に残されて、いつまでも絶える事もなく消える事もない。
今が、今がどれだけ大切な事かを、私は身に沁みて思い知らされている。もう1本「仙台づくり」を今度は選んで、今から飲んでみる。