なんとなく 今年はよい事あるごとし 元日の朝 晴れて風なし  啄木

皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


2017年と言う方が長さが分かるが、我々日本人には、平成の方が天皇の在位と共に分かり易いのではないだろうか。私は、昭和と平成を跨いで生きている。

昨夜の紅白歌合戦。結構バラエティーに富み、面白かった。Perfumeもよかった。踊りも上手いし。

大竹しのぶが、あそこまで歌えるなんて知らなかった。何故、大竹しのぶか? それは、エディット・ピアフの「愛の讃歌」を歌ったからだ。12月の26日にプロ集団の忘年会に誘って貰い、何も知らずに私がオカリナAC管で吹いた曲だったからである。

これをシンクロと言うなら、もう色んな事がシンクロし捲っている。不思議と言えばそうなんだが、何故だ?

「愛の讃歌」は、今年は私の中心的な曲になる予感がする。じゃあなくて、吹いて行く積もりだ。

秋田の曹洞宗のお寺の鐘から鳴り始めた除夜の鐘も、新年にカウントダウンし出した頃位から私は床に入った。深夜便も聴かなかった。それは、初詣をする為に、早く寝ようと決めた事だったからだ。

5時には目が開いた。そそくさと床を畳み、5時半には、初ウオーキングに出掛けた。まだ星は消えてはいなかった。真っ暗なら、6,000個の星が瞬いて見えると言う。だが、周囲の灯りの為に、50個も見えない気がする。

車は殆ど見かけない。人の歩く姿も、数人だ。2017年が別段変わって見える事もなかった。私は歩いた。出掛ける前の台所の温度が9度だったし、そんなに寒くはなかった。いつかのように、耳が千切れそうだったようでもない。

星を見ながら歩いた。上を向きながら。ふと立ち止まり、首が痛くなるほど真上を見上げた。薄くはあったが、そ
れは大熊座だった。見慣れた、7つ星だった。

柄杓の飲む方の2つの星の長さを6倍か伸ばした先に、北極星がある筈だ。だが、何故か少し歪んでいた。それよりも、もう6年も走ったり歩いたりしているが、方角がよく分からないでいた。コンパスを持ち歩いて、方向を確かめようと思った事も何度かあった。だが、その度に持ち出すのを忘れた。

「ああ、こちらが北か」と言う事が分かり、新しい発見でもしたかのようだった。

少し空が広く見える所に来た。向こうの低い丘が、まるで日本昔話のような黒いシルエットのように見える。あの輝く星は、明けの明星か。その時、もう1度真上を見た。今度は真っ直ぐの延長線上に、北極星があった。さっきのは違った星だったのだ。

柄杓の柄の最後の1つ前の星には連星があり、これが見えると視力がいい(1.5)とされている。昔はくっきり見えたものだが、今はウオーキング中もあって、見える事はなかった。簡単に言えば、白内障の手術をしたとは言え、視力が落ちているのである。

歩いているうちに6時15分の、携帯の音楽が鳴り始めた。すぐに止める事が出来た。

何だか、ゆっくり動いている物体が見える。飛行機なら赤い灯が点滅したりしながら飛ぶ。それに、星のような大きさなのだ。すぐに、と暫くして、の間位で分かった。それは人工衛星だろう、と。歩いていると、草や土の匂いがした。

帰ると身の回りの準備をして、7時前には高速バスの停留所へと。いつしか空は明るくなっていた。

一番前に座り、肩からのシートベルトを締めた。全く渋滞もなく、車は少なかった。「薄桃色の朝のしめりだ(光太郎)」みたいな空。柳原のインターを過ぎた位に、綺麗な朝焼けになろうとしていた。雲も大きかった。その辺りで15分が経っていた。

京橋のインターで逸れて、三宮の終点で降りた。調子が良いと25分で着く事がはっきりした。

人通りの少ない事を除けば、普通の朝だった。途中で、牛丼の匂いがした。いつも通る順路で、すぐ路地には吉野家がある。まだ、日の出にはお目に掛かれない。昨夜のゴミの山がある。

東門の近くに来ると、屋台が目に入った。東急ハンズから右に折れた。その通りをトアロードと言う。両側は、屋台で埋まっていた。結構な人だ。真夜中から賑わっていただろうと思う。若者が多い。

水で手を洗い、口を漱ぐ所に曲がった。こんなに人が多いのに、ここにいたのは女性1人だった。私が元に戻ると、屋台の男が不思議がって、私が行った所を覗いた。何と思ったかは知らない。

神殿に入ると賽銭をそっと入れた。昨年のお礼を言い、今年もよろしく、と言った。

もう帰ろうと思ったが、踵を返し生田の森に入って行った。誰もいなかった。両手を広げてもまだ余りある木に手を当てた。長くいる程、パワーが貰えると聞いた事を思い出したからだ。

さっきの初御籤を見た。小吉だった。それは何でも良かった。必ずしも、大安だからいいという事もなく、或る神社では「凶」が出るのを願う人が後を絶たないと言う。そこでは「凶」が3パーセントしかなく、逆にそれが出るのが望まれると言った。ぐるっと回って、また元来た道を歩いた。

真ん中の仮小屋に、巫女さんが2人1組8人ずつ両側に分かれて立っていた。その反対にはお守りを売っている巫女さんもいる。50人位はいるのではないだろうか。

バスは始発が三宮から8時30分。まだ7時40分で、かなりの待ち時間だ。それで、JRの各停で垂水まで行き、そこからバスで帰る事にした。閑散とした電車。海の見える側の席に座った。初日を見たのはそこが初めてだった。わっと迫った太陽は、1秒として見つめていられなかった。マンションの間から、フラッシュのように眩さが何度も瞬間に光った。

8時15分に垂水に。20分で着く事が分かった。敬老乗車証は持って来ていなかった。まさかこんな筈ではなかったからだ。これで分かった事は、高速バスなら片道500円。JRとバスなら300円と210円だと言う事が分かった。敬老乗車証ならバスは110円になる。

家に着くと、孫達はお昼頃になるとの連絡があった。私は、7時前に行く時、サントリーのコーンポタージュを飲んでいたので、それが初食べになった。だが、じっとしていても始まらない。昨日買って置いた月桂冠特別純米酒「山田錦」500mlを飲む事にした。

簡単なお節もあるが先に食べる訳にも行かず、モヤシに珍しく明太子を入れ、胡椒やケチャップを入れてあてを作った。ソースをちょっとだけかけて出来上がり。いつも作っている超簡単料理だ。安くて美味いとはこの事だ。

どんどん「山田錦」は減って行く。いい気分になりながらブログを書いた。

12時頃、けたたましくインターホーンが押された。孫が押しているのは自明の理だった。旦那は着物姿で恰好よく決めていた。4人でやって来た。本醸造の越後「雪紅梅」の一升瓶を提げて来た。しかし、彼は余り飲めないし、夕方には実家に行く事になっていて、一緒に飲める訳もない。この酒、768品の中から、第8回燗酒コンテストで金賞を受賞していた。きっと美味いに違いない。正月は当分楽しく飲めると思った。

早速雑煮を食べる。この雑煮を食べなければ、私の正月はない。子供の頃から食べているが、他の食べ物を削ってでも、これは食べなければ正月が来た気がしない、私には高価な代物である。

お餅や芹牛蒡は入れるとして、後メインが塩をした鰤の切り身。そして酒に浸けた海苔。鰤は高価だが、この海苔も高価で、島根の十六島(ウップルイ)の岩海苔でなければならないのだ。20グラムが2,500円もし、トータルで40グラムは使う。高くてもそれぞれの家庭の雑煮も、きっといつものでなければならないのじゃあないかと思うのと同じ理屈だ。

屋台で買った三宝屋のベビーカステラは美味しくて、お土産に10個程入って500円のものが、すぐになくなった。

長いだけが取り柄かどうかも分からないブログを書きながら、もうおやつの時間だ。まだ、源氏パイが残っている筈だ。これが終わったら、コーヒーで食べよう。皆多井畑神社に初詣に行って誰もいなく、静かだ。私は行くのを止めたから。


【2017年の目標】

毎日空を見上げよう

そして 微笑んでみよう

心に映った空は きっと

感謝の色に変わっているに違いない