台所は8度。外に新聞を取りに出た。あ、これは雪だ。疎らにちらちらと舞い降りて来る、雪片。だが真っ白ではない。薄汚れた灰色に見える。これを初雪と言うだろうか。雪への憧れと思いを新聞と一緒に抱えて、部屋に入った。また出て見たが、もう雪の欠片もなかった。

久し振りの快晴だった。高速バスに乗る前に、ジェットがゆっくりと、ゆったりと、まるで鰯のように流れていた。実際の速さは尋常ではないが、こうして見上げたり、視点を変えると、こんなにも違ってしまう。何事も、一つの方向からだけ眺めて、結論を出してはいけないと、そんな戒めを感じた。

バスから覗く空は、久々の青空。別世界に紛れ込んだような眩しさだった。寒いから重ね着をして、ジャンパーの上からもコートを着たりしている。だが、左の顔面に太陽のシンバルは、嫌と言うほど連打した。まるで真夏だった。

雲は鮮やかに真っ白で大きく、色んなものに見えた。午前中は、三宮で用事を済ませた。

家に戻ると、1時過ぎだったが、レトルトのカレーを食べた。2時前の垂水行きのバスに乗り、新開地へと急いだ。急いだって早く着く訳もなかった。垂水でバスを降り、山陽電車に乗る前に優待乗車証のチャージをしようと思った。ない! それの入っているパースがない。そんな筈はなかったが、ポケットから卓球のバッグの中までジッパーを開き、手を差し入れて探した。

ない! 顔面蒼白になっているだろう。喉がカラカラに乾いた。もう1度、バス停に走った。行くまでの道には、そんなもの落ちていなかった。バス停からもう1度、道をなぞった。だが、落ちていない。誰か親切な人が警察にでも届けてくれはすまいか・・。そんな思いと、もう仕方がないと言う諦めが雑居した。

今日は、6人で卓球をする事になっていた。3時に間に合わなければならないし・・。もう1度、山陽の改札口辺りでポケットやバッグを弄った。あれだけ探しても無かったのだから、ある筈はないのだ。だが、どうしても、落としたとは思えなかった。確かにバッグに入れた筈だ。

いつも入れる場所にはない。ラケットやペットボトルの入った所も見たが、ない。うんと開いて、底まで見た。

あった!

この思いは如何ばかりなものだっただろう。ほっとするやら嬉しいやら。卓球は、全部負けてもいいと思った。どうせ上手い連中が集まるのだから。私が最長老なのだし。

新開地駅に着くと西口から降りた。そこからメトロの通りを東に歩く。かなり距離はあるが、ぎりぎり3時に着いた。

Y君はすぐに分かった。Kik君は余り話をした事もないが、顔は知っていて、卓球が強い事は分かっていた。一番強いのはNi君だが、彼は何処にいるのだろう。擦れ擦れにお互いが顔を見ているのに、どちらも気が付かなかった。Ni君とは42年振りに会ったのだから、それだけお互いに顔が変わっていた。

やっと合う事が出来た。Ni君との年賀状は、毎年どちらも「今年は飲みましょう」か「今年こそは飲みましょう」かのどちらかだった。40数回も、よくもそんな年賀状を交わしていたものだ。

もう1人は女性だった。Taさんと言う。もう1人No君も来る事になっているが、彼は1時間遅れて来た。3時から5時まで、2台の卓球台を借りていた。

結局総当たりの試合をする事になった。3セット先取で勝ちとなる。3-0か3ー1か3-2で勝ちだ。

Taさんはスポーツウーマンだ。最初、彼女と当たった。強かったらどうしようと思ったが、全力を尽くした。3-0で勝った。

次にNi君と。退職してから、うんと強くなったらしい。歯が立たなかった。シェークハンドグリップで、1面は裏ソフトラバーが貼ってあり、もう1面には粒高のラバーが貼ってあった。これは厄介だ。粒高で返されると、こちらの自由が利かなくなる。ネットに掛かるか、ネットを大きく外れて相手方のエンドラインを越してしまうかのどちたかだ。

結局翻弄されたまま、0-3であっさり負けてしまった。またの機会には是非先ず1セットを取る目標を立てた。

次にNo君が相手となった。楽ではなかったが、3-0で勝利。そして、Kik君とやる事となった。強いではないか。これも悔しいけれど、3-0で敗れた。目標が出来た。2セット取るか勝つか。

普段コープでは1台の卓球台に4人が立ち、半分を斜めに打ち合う事しかしていない。これでは全面で跳んだり跳ねたりして戦う事は無理だった。横に跳べばいいと言うものではないのだけれど、当たり前の練習が、長い間出来ていなかったのだ。

Y君も強いのは分かっている。全て僅差で2-2となった。彼は、私に対して意欲を漲らせていた。5セット目は、彼が9ポイント、私が7ポイントで、辛い運びとなった。幸運にも9-9となり10-9となった。卓球は1セットは11本先取である。

これで勝てるかも知れないと思った時、彼が1点を入れて、10-10のジュースとなった。彼のサービスだ。これを彼はミスした。次は私のサービスだが、渾身の力を込めて、横切りをした。彼のレシーブは、微かに外れた。私は3-2で勝利を得た。

勝負事は勝たなくては意味がないが、力に差がある場合は別として、拮抗している場合は、どうしても勝ちたいと思うものだ。怯んだりビビったり肩に力が入ったりしたら中々勝てない。

今日の収穫は、3勝2敗となった事だった。この6人でまたやる事になった時、目標は4勝1敗になる事である。

5時になり、楽しみにしていた飲み会となった。新開地の高田屋に入った。上は満員だったが、地下が空いていた。

ビールや焼酎や梅酒を、それぞれが好きに注文した。ここはおでんを看板にしていると言う。それぞれが好きな具材を言い、最後は大きな皿に全部が乗って来た。そんなに沢山注文しなくても、皆満腹になった。私は肉じゃがが好きで、それも頼んだ。

話は途切れることなく弾んだ。女性は40歳台だとしても、男の年齢は63歳、66歳、67歳、68歳、71歳だ。それでもNi君は進化している。強くなっているのだ。それもそうだろう。1週間に4回は練習に行くと言うのだ。

2-3で私に負けたY君は、とても悔しがった。やっぱり勝って良かったと思った。

話は色々な展開をする。Kik君は卓球も強いが、音楽をやると言った。声楽で、バリトンが専門だ。神戸市の男声合唱団にも所属し、また男女のコーラスの指導や指揮もしていると言う。

奥さんが、オカリナをしたいと言っているそうだ。私の事を、きっと話すに違いない。彼とばかり話す訳には行かないが、音楽とか表現とか、腹式呼吸だとか演奏する時の心構えなどの話を交わした。夏に、演奏会の招待券を送ってくれると言った。人気で、すぐにチケットは売り切れるそうだ。

彼も、私がオカリナをやっている事など知らなかったようで、驚いたり感心したりの素振りを見せた。私こそ、彼がそんな人物だとは思えず、妙に凄いを連発した。そう言われてみれば音楽家の顔にも見える。眼鏡がシューベルトの眼鏡とよく似ていると思った。卒論がシューベルトだったらしい。道理で・・。

3時間半は過ぎた。お開きとなった。楽しい会合となった。来年早々の予定は立たなかったが、夏に会う事になった。その時は、卓球が終わったら近くの銭湯に行って、その後また飲む事になった。

Ni君は両親が奄美大島の出身だと言った。それなら、次はシマさんの飯盒炊爨に呼ぶよと言った。シマさんとは、時たま会って話をするらしい。それなら尚更彼を木津に誘いたいものだと思った。

一杯話したが、何を話したかはっきりしない。食べ物でも、分からぬ内に栄養になっている。話でもそうだと思う。次に会った時、その栄養が花開くのではないか。

歩いてJR神戸駅まで行った。1人は東へ帰って行く。5人は西だ。新長田で飲もうと誘われたが、私は帰る事にした。もう1人も帰って行った。3人はそれからまた飲むようだが、私の頭の中には、吉野家の肉皿を持ち帰るとか、王将でラーメンを食べて帰るとか、そんな事ばかりが巡った。

勿体ないかなと言う気持ちもあり、垂水駅を降りてバスのある方を見ると、並んでいる人達がぞろぞろ乗る所だった。私はもう何も考えずに小走りに広場を抜けた。すぐにバスは出発した。

帰ってからどうしたかって・・。豚まんをチンして、梅干しを皿に2個乗せて、それで我慢した。考えたり想像したり見たりすると、何だか食べたくなってしまう私は、卑しいのだろうか。さてと、これからコーヒーを飲んだら、白河夜船に乗って旅をしてみようと思う。

きっと、今年はもうブログを書かないだろう。皆さんの来年2017年が素晴らしい年になるよう祈りながら、私にもそんな年になって欲しいと願っている。先ずは3種類の宝くじを3枚買っているので、平成29年の酉年の夜明けは如何なものかと、ご神託を期待しよう。でも、1千万円当たったらどうしよう。私は、それが怖い。