もう暗くなった頃の我が家への帰路。曇りのないまん丸い月が、皓皓と輝いていた。もうすぐ4歳になろうとする孫が、2日前に車の中から「お月さまがついて来る」と言った。自分も小さい頃、それが不思議でならなかった。500mや1,000mなら、前にいる月もすぐに後ろに行ってしまうだろうが、37万kmも先にある月がついて来るのは、今はよく分かる。
2日前にKi君から電話があって、加古川のO君が久し振りに会いたいと言って来たと言った。こんな歳になると人恋しい時もあろう。それが、今日の1時に明石駅に集合となった。
私は朝、そう言う事もあって、クリニックに9時までに行った。沢山の人だったが、意外に早く進み、9時30分には名前が呼ばれた。何故か咳が出て、鼻水が出て、痰が出て、食道の辺りがゼイゼイ言っていた。いつもなら放っておくのだが、これは一大事だった。
22日には元町商店街で、路上ライブがあるのだ。練習中も、オカリナを吹いている時に咳込んだ。これが本番で起こったら悲劇だ。土曜日の今日は、幸い午前中は診察をしてくれる。意を決して診て貰った。
4つの薬と吸入薬が出された。「フェキソフェナジン塩酸塩60mgEE」、「アスベリン錠20mg」、「アンブロキソール塩酸塩錠15mgタイヨー」、「レボフロキサシン錠500mg日医IP」と吸入薬「フルタオド100ロタディスク」だ。
隣りの薬局に行った。目がよく見えるようになった所為か、調剤をお願いした薬剤師も、説明をしに来た薬剤師も、久し振りに美人だった。笑顔も素敵で、説明もしっかり聞いたが、喋らずにはおれなかった。
「この吸入器で思い切り吸い込んで下さい。そして、粉末が外に出てしまうと勿体ないですから、口を閉じて5秒間数えて下さい」
「目は閉じなくていいですか」
可笑しそうに笑うと、
「それはいいです」
と言った。
主治医は、喘息の傾向もあるのでこの吸入薬を出してくれたのだった。アレルギー性鼻炎を押さえる。咳を鎮める。痰の滑りをよくする。感染を防ぐ。と言った、納得の行く薬が出され、しかも喘息発作を予防する吸入薬が出される事に、もう治ったような気がしていた。マイコプラズマではなかったみたいだった。
孫5人が来ていたが、明石に出掛けた。明石駅には12時40分過ぎに着いたがO君が私の肩を叩き、すぐ前にはKi君がいた。私は1時までどうしようかと思っていたが、私が3番目だった。古稀を過ぎると暇になるのだろうか、気が急くのだろうか。
O君が是非連れて行きたいと言う、明石港「ジェノバライン」の近くの「みどり食堂」に着いた。昔からの漁師を相手にする、食べたい皿を勝手に取って来るシステムの店だった。鯖の煮付けや鯛の粗炊きなどを取って来て、昼間から生ビールを飲んだ。
Ki君が度々立ち上がってオカラやヒジキの煮物を取って来た。芋焼酎のお湯割りに梅干しの入ったものも注文した。その後Ki君は梅干しの入っていないもの、私は入っているものを注文した。2つ同じものが来たので私は、
「梅干し入りを注文したんだけど」
と言うと早速梅干しを入れて来てくれたが、1個の筈が2個入っていた。
漁師を相手にしていたと思われるこの店の形跡は、朝7時から営業している事だったが、終わるのも夕方は7時半仕舞いだった事に見られた。
下町の、歴史の有る店を出て、O君は「ジェノバライン」に誘った。
500円で岩屋港まで行く事が分かり、3人はその船に15分間乗った。明石海峡大橋をを見ながら、あっと言う間に淡路島に辿り着いた。流石にこれはなかった計画だ。
海を渡って明石から淡路島まで。これだけでもロマンを感じた。渡って30分したらすぐにまた明石に帰る積もりにしていた。男女4、5人がサビキの釣りをしていた。主にマイワシを釣っていた。すぐに2、3匹が釣れた。
すぐ近くに風化した岩があった。その岩は、マーブルのような珍しい模様をしていた。石に、歌が刻まれていた。西行の歌だった。
千鳥なく 絵島の浦に すむ月を 波にうつして 見るこよいかな
この歌を見て、家路に向かう暗くなった頃に、美しい満月を見ようとは思わなかった。
明石に着くとKi君が、カラオケに行こうと言った。言い出すとひっこめない彼は、カラオケが好きで溜まらないのである。ないと思っていたのに、駅の近くのビル6階に「ジャンカラ」があった。
私はあんまり歌いたくなかった。すぐに喉が痛くなるし、叫ばないと歌えない。昔ならまだしも、自分でもお世辞にも上手いとは言えなかった。だが、昔歌った歌を少し歌う羽目になった。Ki君はどんどん歌って行く。O君と私は、その後を追った。
暫くして精密な点数が出る事が分かった。何点であろうと、そんな事上手い下手とは関係がない。後半は点数を出しては一喜一憂した。この前TVで、3人が100点を出して優勝したのをずっと聴いていた。それと同じシステムだろうと思った。
声が外れると赤い色になり、ビブラートが入るとポイントが増える。「夜霧よ今夜もありがとう」を歌った。声の音程の正確性が乱れている。自分が歌うように歌った。カラオケに合わせる気持ちは更々なかった。だが、小数点以下は覚えていないが、89点だった。この機械、適当に緩めてあると思った。
えらい長く歌っていると思い、Ki君に聞いた。2時間頼んだと言った。道理でゆったりしていたが、2時間がこんなに早く経つとは思わなかった。
そうしてO君は西へ、Ki君と私は東へと分かれた。私は垂水駅で降り、バスに乗った。
西行は、澄む月を波に映して見たが、私は空をついて来る満月を見た。西行も、同じ満月を見たのではなかったか。