もう忘れてしまったジョギング。思い出してはウオーキングをする位。西瓜腹が復活しそうだ。なんて、もう立派な西瓜が風呂上がりの向こうの鏡に映る。肌色の西瓜なんて、見た事もない。
「とと姉ちゃん」が済むとぼちぼち子供達の登校も終わりに近くなり、絶好のウオーキングタイムがやって来る。4キロ弱の変わらぬ道程を歩く。2、3歩歩く度に、ミミズがコンクリートの歩道の上に縮んで干乾びている。横に数匹が並ぶ状況だ。
白内障の手術をしてからと言うもの、周りの木々の葉がくっきりと青い。葉脈だって見える事に、まだ感動する自分がいる。一番遠い頂点から戻り、スタバの所でもう1度ループする。さっきの頂点に再び来ると、今度は反対側の道を只管家に向かうのだ。
その途中、合歓の木に、ふわっとしたピンクの花が真っ盛り。7、8メートルの大きな木で、横幅も7、8メートルはある。8メートル四方の額縁に納まるのを頭に描きながら、歩く。まだ、そんなに暑くはない。それにウオーキングだから息が切れる事もなく、早目に歩いて家に着く。45分掛かった。
帰ると風呂に入り、クーラーを入れ、「よ~いドン!」を観る。11時を過ぎるとちょっとだけオカリナの練習をした。
ラジカセをバッグに入れ、楽譜とCDをA4対応の鞄に入れた。アタッシュケースに入れた私のオカリナ。自分のものでこれ以上はないオカリナが詰まっている。12本だ。それ以上必要なら、A4の鞄に入れる。それと譜面台。
昼食も、出来るだけカロリーの少ないものを食べ、1時15分を待った。須磨の竜が台の同期の仲間の家に向かう。35分には着いてしまった。ここに、他の仲間と50分に集合する事になっている。一緒に入ろうと言う計画だ。
奥さんが出て来た。
「入って下さい」
と言った。計画の話をすると、
「馬鹿みたい」
と、親しみを込めて言われた。が、外の温度は35度。中はクーラーで涼しいので、待つくらい問題はない。TVを観ていた。訪ねたOさんは車で出掛けているそうだ。「えっ?!」と思った。そんな事出来るのかと。
彼が戻って来た。姿を見て、遊びに来たような感覚に陥った。彼の家に属した駐車スペースに2人の車を縦に並べた。その内、5人が乗った車がやって来た。こんなに沢山来る事になっていたのかと思った。更にもう1人が車で来た。敷地内のスペースの外に2台の車が並べられた。
私は4つの荷物を肩に掛けたり持ったりして、初めてのOさんの家に上がって行った。
シマさんを始めNさん(女性)、Nさん、Tさん、Yさん、Mさんと私の7人が訪問した。ソファーに座ったり、木の椅子にすわったりした。Oさんは奥さんと2人で、色んな話をしてくれた。Oさんこそ癌ステージⅣと宣告された本人である。
昨年の暮れ、病院の医師から初対面で急にステージⅣを告げられた。そして余命1年か1年半だと。延命治療はどうするかまで。Oさんの気持ちはどうだったのだろう。多分、寝耳に水とはこの事だと思った。彼の親類縁者に癌になった人はいない。本人は煙草も吸わない。
この医師の語り口の理不尽さから、病院を換えた。その医者は笑顔を絶やさず、彼に応対した。そこで治療をする事に決めたと言う。飾られている絵さえ統一されていて気持が良いと言った。それからは通院で抗癌剤を貰って飲んでいる。今日はとても調子がよく、それでこの日を彼は指定したのだ。水1滴も飲めない日が1週間続き、脱水症も味わったそうだ。
今もそんなサイクルになっているようだが、肺腺腫も小さくなっている。転移も可能性はあるが、それは断定出来ない状態にある。そんな隙間に木洩れ日のように見える希望が、彼の顔も奥さんの顔も笑顔にしていた。元々包み隠さず話してくれる性格に私達は和み、彼のテンションは上がっていた。どちらが病人か分からない位、彼は何事もなかったかのように元気だった。
2月20日に、私は彼にメールをした。彼はメールを返して来た。長い丁寧なメールだった。その中に、
「入院して弱気に後ろ向きになってたら、Sさんオカリナ聞かせてくれますか???」
とあった。私は、いつでも呼んで、と思っていた。
先日の我々同期の会でOさんの見舞いに行く話があった。代表で行く話が出た時、私はオカリナの話をした。それで、私も行く事になったのだ。もうかなりの時間が経った頃、Nさんがオカリナを演奏するように言った。Oさんがどう思ったかは知らないが、私は吹く事にした。
「何曲吹いたらいい?」
とOさんに聞いた。彼は、
「何曲でもいい」
と言った。それでも、こんな場合の限度はある。
皆はソファーの後ろの台所にまで下がったりして、それは立体的な聴衆の配置になった。準備をして、座ったまま演奏する事にした。結局4曲演奏した。奥さんは涙脆いのだろう。何度も目頭を拭っていた。少なくとも、感動して貰えた事で、来た甲斐があったと思った。
「もう失礼しよう」
と誰かが言った時、1時間半が過ぎようとしていた。記念に集合写真を撮った。このまま元気になって貰いたいな、と思いながら皆はOさん宅を辞した。
彼は庭でミニトマトを作っていた。6種類のミニトマトを、である。皆は爪楊枝に刺して、それを食べた。甘くて、塩要らずの美味しさだった。そのなかの黄色のトマトは、栄養価が他のに比べると3倍も高いと説明してくれた。奥さんと一緒に植えたり収穫したりすると言った。この姿こそ、お互い信頼に溢れた姿だと思った。
奥さんの愛が、彼を包んでいる。だから、偏食はない。適当な運動もしている。ストレスは少ないのだ。これが内助の功と言うのだろうと思う。
心の持ち様や状態に障害や抵抗がなかったら、ステージⅣと言えども快方に向かうとも思える。「病は気から」と言うのは、強ち嘘ではない。前方に希望を見出す事が出来れば、言霊が快方に向かわせる事だってある。この夫婦はそれに向かって、二人三脚であらゆる可能性を考えながら歩んでいる。
誰がいつそんな状態になるかは分からないし他人事ではないが、こうして行けた事、元気そうな姿が見られた事を喜ぼう。帰る時彼は車の中の私に言ってくれた。
「感動した」
と。オカリナって、やっぱり癒す力があるんだ。元気になって貰いたい為に、昨日の夜慌ててダビングしたCDを2枚、オカリナを吹く前に渡していた。
「これ、きっと元気が貰えるし、癒しにもなると思うので聴いてみて」
と言って。小林エミのダイナミックなジャズヴォーカルと川井郁子のヴァイオリンのイージーリスニングのCDを。小林エミさんのオールディーズやジャズは毎年聴きに行っていて、私とは親しい。また、川井郁子さんにはCDにサインをして貰ったし、ちょっとだけ話して握手をした。私が実際に知っている2人の心と魂が、そのままO君に届いたらと思って、この2曲を選んだ。
今を生きる事が大事だと私は考えているが、奥さんもそんな事を言った。私もオカリナを聴いてくれる人がいる限り、懸命に生きたいと思った。車に表示された外気温は38度を示していた。
家に着くと片付けをしたりTVを観たりオカリナを吹いたりして、5時45分にジョギングに出掛けた。朝はウオーキング、夕方はジョギング。こんな事を1日でやったのは初めてだった。これが毎日実行出来たら自分には理想的だが、ジョギングは各地で猛暑が伝えられる中、気温もここでは下がっていて、少々暑くても風が吹いて来たりして、気持ちがいいものだった。だが最後はふらふらで、以前は30分を切っていたものが、36分も掛かってしまった。
それでも気力を充実させて頑張らなければ、「肌色の西瓜の哀愁のオカリナ奏者」と言われてしまうだろう。