「中型犬が女性の握る革紐を振り解き、私目掛けて襲い掛かって来た。咄嗟に倒れ込んで左足の足刀で思い切り蹴り上げた。それは柔らかな腹に当たり、キャンと言う声を上げて倒れ込むと、痙攣しながら、その場を動かなかった」。

そんな事を想像しながら、ジョギングをしている。3匹も連れていたり大型犬を連れていたりすると、小さな犬は別にして、もし襲われたら噛まれるだろうか、それともこちらから防衛出来るのだろうかと想像してしまう。噛まれるのは厭だし、かと言って思い切り攻撃したら飼い主はどう思うだろうかとか。

就職したての頃、暫くの間板宿の伯父の家に同居していた事があるが、近くのアパートに住むようになってからはその家に行くには、小高い丘を越えなければならなかった。

日はとっくに暮れて夜も遅くなった頃、いつものように神社の横を通って行った。周りはすっかり暗く、丘の上の民家は疎らだ。人の気配のない」神社に辿り着く前に、ある家の飼い犬だろうと思うが繋がれておらず、私の方に向かって来た。それは大型犬に近かった。

犬と決闘するなどは考えた事がない。ただ、走ってはいけないと咄嗟に思ったのと同時に、歩いて通り過ぎる事が出来ないのを察した。私はその場に立ち止まり、その犬をじっと睨みつけた。何故かその犬もそれ以上私に近付かず、3~4メートルの間合いが置かれた膠着状態となった。心の中は動揺していたが、そんな弱さは見せられない。襲い掛かられないだけまだ良いのだと思ったものの、その場を動けなかった。

大声を出せば飼い主が出て来るかも知れなかったがその確証もない。犬と目が合ったまま、じっと仁王立ちのままだった。恐怖心は無くなった訳ではないけれど、徐々に緩和されて行くのが分かった。その動かない状態に慣れて行ったのだろう。もう20分もそのままだったような気がする。実際には5分位だったかも知れない。兎に角長い睨み合いが続いた。

辛うじて姿の分かる暗闇で神経が磨り減る思いだったが、どちらかが目を逸らさなければどうにもならない。逸らせば襲ってくるのだろうか。私は、自分から目を逸らしてみた。一か八かだった。だがその時、勝ち誇ったのか尻尾を巻いたのか知らないが、くるりと背を向け、私から飼われているだろう家の方に離れて行った。

私はもう襲って来ないと確信して、神社の横を通り過ぎた。怖い神社も、その時は何とも思わなかった。

ジョギングは、色んな事を考えたり思い出させたりするものだ。


私が小学生になるまで、伯父はは出雲いて商売をしていた。それで、その時初めてピーナッツバターと言うものを食べた。それはそれは美味しく、毎日でも食べたい位だった。食べると言うより、舐める感じだったと思う。終戦後5年位が経っていた。それから後にザ・ピーナッツの「情熱の花」を聞いたような気がする。

数年前その味が忘れられず、コープでピーナッツクリームと名の付いたものを買って、パンに付けて食べた。それは安かったから買ったのだが、あの頃の味とは似て非なるものだった。

ついに一昨日、コープで少々高かったが、「SKIPPY」と言うピーナッツバターを買った。粒なしと粒ありとがある。考えた末、粒なしにした。原産国名はアメリカ合衆国だが、輸入者は明治屋である。

食パンに塗って食べてみた。それはあの頃を思い出させるに十分だった。昨日は私の好きなパン「レーズンジャンボ」を買って来て、昼はそのパンを千切ってはピナッツバター塗りながら食べた。これも至福な時で、今日もそのパンを買ってある。これは明日の昼に食べようと思っている。製造者は生活協同組合コープこうべ食品工場だ。

因みにピーナッツバターを小さく切った食パンに少し塗って2人の孫に食べさせたが、どちらもちょっと食べてみて、「いらない」と言った。これって、美味しい味の中に入らないのだろうか。不思議だ。


今日の午前中、孫をずっと部屋の中に置いていてはストレスも溜まると思い、公園に連れて行った。大きいが柔らかな、蹴ってもまったく痛くないボールと、縄ではないが縄跳びを2つ持って行った。

真っ先にブランコの方に走って行った。ブランコが好きみたいだ。下の孫はお姉ちゃんと同じ事がしたいと思っている。立って乗ると言うから、慎重に「上手上手、シッカり握って」とか何とか言いながら、余り揺らさないようにした。

次は全然滑らない滑り台に上って、滑り台の両端を手で後ろに押しながら降りて来た。手は離すと全く動かない。子供はちらほらいるが誰も滑り台には寄って来ないので、2人に下から上らせる事にした。その方を面白がった。「人がいたら、こんなにして上がって行ったら駄目だよ」と言いながら。

隣りに続いている、もっと大きな運動場のような場所に移動した。上の孫は今年から小学1年生。下の孫は年中だ。上は縄跳びが跳べるようになって得意気に跳んでいる。「上手になったね」と驚いてみせる。下は短い木の枝を持って、地面に何やら描いている。

暫くしてまたブランコの所に行った。4つぶら下がっている。やや低い方の色褪せた緑色のブランコに2人は乗って、姉は自分でドンドン漕いで行く。妹は私に背中を押せと言う。手加減しながら押した。

隣りに3年生か4年生位の女の子が2人やって来て、水色のそれに立って乗った。スピードを上げるでもなく、2人で話しをしている。

「今度の先生な、優しくてよかったわ」

「うちの先生怖いって、みんな言うとうで」

「そうでもないんと違う?」

「○組な、初めてなった先生みたいだけど、優しいらしいで」

早速担任の品定めかと思うと、何だか可笑しくて笑いそうになった。子供は子供で色んな話があるもんだ。先ずは1年間付き合う担任の先生は、子どもには或る意味死活問題かも知れない。


夕方は迎えに来るまで、花札をした。いつも5回勝負である。最初は2勝して順調だったが、後の3回を負けて2勝3敗となった。何でだろ、と思う。もう5回の勝負を申し込んだ。立て続けに3回負けて次に1回勝ったがもう既に全体では負けだ。最後は負けて1勝4敗となった。

最初に二十文の最高の花札「松、霧、坊主(月)、桜、雨」の2つが場に出ていて1つだけその二十文の札を取れる札があっても、初めにその札を孫に取られる事が多い。また場に積まれている裏になった札を捲っても、孫には場に並んでいる二十文とか十文の札が取れるようになっている。いつもそのような運びになって私は負けるのだ。

先を越されると言うのだろうか。「悔しいなあ」と口では言うけれど、確かに負けてやっている訳では決してないが、負けてもどうとは思わない。負け惜しみでもない。たまに勝つが、それでも随分負けている。何が悔しいかと言って「今度は5回全部勝つ」と言って負けてしまう時だ。やっぱり花札には実力は余り関係がなさそうだ。

運の面白さを感じさせてくれる。一度謙虚になって戦ってみたい。「今日は全部負けてしまうかも知れないな」と言って。そうしてもし勝てたら、奢りと謙虚さとがどう精神に響いて来るか、どう女神が微笑むのかが分かって来るのではないか。

そもそも花札を教えたのが私だから、ばくち打ちにでもなったらどうしようと思う。それよりも、数が数えられるようになって来た事の方が楽しい。

「数えてごらん」

「20、40、60、70・・・、80と5が3つで95」

「じいたんはですね、10、20・・・、30と5で35」

「負けたから、私が片付けます」


書かなければならない事ではないのだが、何だか書きたくなって書いただけである。読んでみて、「何だ、しょうもない」と思われるのが落ちだろうが、後10日位は書く事もない。それで、私も思うどうでもいい事を書いてしまった。お許し頂きたいが、うーむ、毎度の事か。