さっき3月31日に日が替わったばかりの電子音を聞いた。
朝8時前には家を出た。私と嫁と長男次男の孫2人は、娘夫婦のいる恵那へと向かった。名神高速での渋滞に引っ掛かり、お昼には着く事を確信していたものが、実際に着いたのは1時30分にもなろうとした時だった。
狭い山道を上ると(義理の)息子の家は山の斜面に建っている。普通の家のイメージではなく山小屋に似たような感じだ。息子がすぐには玄関に着く事のない曲がりくねった石段を下りて来て迎えてくれた。
チワワよりやや大きな、身がしっかりくっ付いている小型犬が、ベランダの隙間から尻尾を振りながら下を窺っている。皆が部屋に入ると、部屋中を走り回った。長男も次男も、犬を触った事がない。恐る恐る手を伸ばして頭を毛の生えている反対から撫でたりしている。
最初はおっかなびっくりだったが、軈て慣れて来て、可愛く感じて来ただろう。ハンモックにゆられていた長男も、次第に興味を持って行ったようだ。薪をくべる暖炉があるが、今は暖かいから必要ないらしい。私はジャンパーを着ていたが、それでも寒く感じた。
「暖かいでしょう。これでも寒いですか」
「神戸より随分寒いと思うけど」
周りに桜の花さへ見当たらない。
「冬なんかどの位寒いの」
「一番寒い時でマイナス10度位ですかね。雪もよく降りました」
それを聞いて、羨ましくて仕方がなかった。
「神戸は雪が降ったと言うか、ちらっとゴミのように降って来て、それですぐに消えてお仕舞いだったよ」
沢山の木に囲まれて立つ家。暖炉があるのは頷ける。部屋の横のもう1つのベランダではバーベキューが出来、1度親戚の大人数で押しかけた時には、私も肉や野菜を焼く係をした。
この日から2人を数日ここで暮らさせ、自然との触れ合いを楽しませてやろうと言う計画だった。私達2人は、夕方には帰る事になっていた。
息子がとっておきの場所で昼を食べようと言って案内してくれた所がある。10分位の所だ。犬も手提げのケージに入れて連れて来た。
「アーチ! ハウス」
と言うと、喜んでキャリーバッグに入る。何処かに連れて行って貰えると信じて疑わない行動だった。孫達は、それでも覗いたりしていた。
着いた所は広々とした素敵な景観の牧場だった。ホルスタインの親子が3頭いるのが目に付いた。しかし、すぐに作り物だと分かった。よく作られているが、一向に動かなかったからだ。
娘がアーチが入っているキャリーバッグを提げている。何だか異様な匂いがする。
「何か漏らしてない?」
と私は聞いた。
もう鼻の先にキャリーバッグがあったもので、てっきりアーチが漏らしたと思ってしまったのだ。よくよく考えてみると、こんなに匂う筈がないのである。ここは牧場だ。独特の糞尿の匂いが、風に乗って流れて来たのだった。
我々6人の他は誰もいない。何と牧場は休みだったのだ。かれは頻りに、
「ソフトクリームが美味いんですけどね」
と言っていた。不味い訳がない。何処でも牧場のソフトクリームは濃度も濃く、大変に美味いのだ。六甲山牧場のも、それはそれは美味い。
軽い4人掛けの椅子付きテーブルを2つ草原に運び出すと、持参のコンロで湯を沸かし、カップの味噌汁を飲む事にした。ワカメのだったりナメコのだったりトン汁だったりした。
彼は、6つの弁当を買って来ていた。近くでおばあさんたちが作っているんもので、美味いと言う。ご飯はお寿司のようなものかおこわだった。おかずは十数種のものが詰められている。量は多くはないが、バラエティーに富んだものだ。ご飯には昔懐かしいでんぶが掛かっていた。茶色のもの。ピンク色のもの。
風も止んだようで、それでも消える事のない匂いを吸いながら食べた。気にならない筈はないのだが、それでも味は手作り感が十分に出ていた。
終わると男4人でサッカーボールを蹴り合った。起伏のある牧草の上では、一端草の上に落ちたら転がらない。初めから地面を思い切り蹴って転がしても、すぐに失速して止まる。お蔭で、ボールが柵を越える事はなかった。
息子はサッカーをしていたので上手かった。孫はサッカーをしているので上手い。次男は蹴り返すのが精一杯で、私が一番下手である。足の内側で蹴っても跳ばないのでトウキックをする。その所為で足の指が痛くなるのだ。
色褪せた、しかも固いサッカーボールだが、私が、今度4年生になる長男が4歳位の時に、買ってやったものだった。余りに褪せた姿に、言われるまでそうだとは分からなかった。そう言えば、長男はこんな重くて固いボールを、小さな時によく蹴っていたものだと思う。ゴムボールだったら楽しく楽に飛んだだろうにと思う。
片付けをして傍ではないが、乳牛のいる小屋を見た。数頭が見えるだけだった。何人かの訪問者が現れたが、至って貸し切り状態だった。もっと広い草原に行った。孫は代わる代わるアーチのリードを持ちながら、走ったり引っ張られたりしていた。犬と居るのが余程楽しいらしい。私だって、捨て犬を拾って来ては次の日にはまた捨てに行かれた事を何度か味わった程、その可愛さは知っている。
「あれが恵那山です」
と彼は指さした。遠くに近くに見えると言ったそんな曖昧な表現が相応しいと思える程、船を反対に伏せたような形で佇んでいる。曇っていてくっきりとは見えないが、どの山より高く見える。それはそうだろう。実際には標高2,191メートルあるのだ。だが上が平らになっているからだろうか、鳥取の大山でも1,729メートルだからだろうか、とてもそんなに高いとは思えなかった。
昔の街道の宿場町となっているこの辺りで、島崎藤村は生まれている。岩村町には岩村酒造があり、言う間でもなくとてもいい味のする「女城主」がある。こちらへ来た時には必ず訪れる場所でもある。
彼は若い仲間と町おこしをやっている関係上、この辺の若者や中年の者をよく知っている。私もお蔭で岩村酒造の社長とも杜氏とも話しをする事が出来た。どちらもいい人だが、杜氏は特に味わい深い人だった。「何年杜氏をしているのですか」と聞いた時、「五造りです」と言ったからではない。勿論5年やっていると言う意味だが。
岩村の町には今各家に雛人形が飾られていて、それを見に来ている人も結構いた。殆ど女性だと言ってもいい程だった。
1度入った事のある旧商家には奥に蔵があり、そこにも雛人形が飾ってある。吃驚した事に、真ん中の蔵にはお雛様はなく、大きな金魚が何匹も泳いでいた。江戸時代にはお雛様と一緒に金魚を飾る風習があったようだ。金魚は華やかでもあるのだが、富と幸せを齎すものとして尊重されていたのがその理由だ。
最後は彼の実家に寄る事になった。ここから20分ばかりの所で、彼のお母がいた。お父さんは仕事があって8時までのは帰られないとの事だった。クリスマスローズの花が咲く庭を通って上がった。
短くて薄い茶色の毛のアーチは、我が物顔でソファーに座ったりしている。孫も慣れて、「お手」などと言っているが、こんな小さな犬が本当に手を差し出すのだから可愛い。息子がそこらを1周して連れて帰ったもう1匹の犬がいる。ボスと言うが、兎に角孫がびっくり仰天する位大きいのだ。私も最初は吃驚した。セントバーナード位はあり、よく似ていてもセントバーナードではない。部屋に入って来て撫でた事はあるが、今回は硝子戸の外にいる。中に入りたくて、尻尾を振りながら頻りに吠える。迫力満点だ。
アーチは素知らぬ顔をして澄ましている。遅ればせながらアーチは女の子だ。私は最初に「アッチ君」と呼び、ずっとそう呼んでいる。特に次男の孫が私の真似をするので、皆がアーチとだけ言うように教える。娘は私が「アッチ君」と呼ぶと「アーチは女の子だよ」と言う。
私も努力をして「アーチ」と呼ぶ事を心掛けたいが、最初に口にした癖は中々治らない。ボスが部屋に入って来ても、アーチは自分が偉い(上だ)と想っているのが可笑しい。初めてここに来た時には、アーチがソファに座ってボスを見下ろしていたのだから。
3種盛りのミントの乗ったアイスクリームを美味しく頂いた。彼とは牧場でビールを飲んでいて、今度はワインを一緒に飲んだ。とても上等の味がした。
大豆の煮たもの。セロリを湯掻いたもの。熱湯を通した若い葱とイカを酢味噌で合わせたもの。それらはワインの良きあてになった。
お寿司も作ってあったが、すぐに帰る積もりだったので、お暇する事にした。高速に入る手前まで送ってくれて、お寿司をタッパーに分けてくれ、そこで孫が息子の車に乗り換え、4人と分かれた。運転はそれぞれ娘であり、
嫁である。
モネが描いた日のようなぼやけた夕陽を見ながら、今夜は星は見えないだろうなと思った。私はこれで4度目の恵那行きになったが、1度も満天に輝き、降る程に溢れる星を観た日はない。全て雨や曇りの為だった。今回は孫達を連れて来たらすぐに帰る事にしていて、晴れていたとしても、またもや見る事はなかっただろう。
サッカーの好きな孫も高校野球は観ているようで、私とも準々決勝戦はテレビで観た。惜しい試合、それだけに接戦でいい試合も多かった。恵那に来るまでの車の中で、今日の準決勝はどうなているだろうと話した。私は明日の決勝戦ではどこが戦うか自信はないものの、智弁学園と高松商の闘いになるだろうと孫である長男に言った。
家に帰ったのが夜9時15分頃。ニュースで見ると、智弁学園と戦った龍谷大平安も高松商と戦った秀岳館も共に鎬を削るいい試合だったようだ。私の言った予想はたまたまの偶然に過ぎなかったが、よく言い当てられたと思った。
明日は、しっかりと春の選抜高校野球の決勝戦を見届けたいとの気持ちでいる。それを観ながら、あの牛舎からの匂いが、田舎の懐かしさを覚えはするものの突然覚醒されなければいいがと思っている。