23日の丑三つ時に家を出た。2人で車に乗った。ちょうど満月の日だった。
いくつかのサービスエリアに寄り、トイレ休憩をしたり、朝食に軽いうどんを食べたりした。
大分の義兄の家に寄ったのは昼頃だった。奥さんだけが家にいた。義兄は仕事でいなかった。寄った理由は家で炊いた玉筋魚(いかなご)を届ける為だった。本当の目的は久留米の孫たちの家に行く為で、その途中の顔見世だったのである。
すぐに離れることにしていたが、折角だからと結局昼食を共にする事になった。近くの喫茶店でランチをしたが、何と義兄が仕事の途中その店に来ていたのだ。食べる間一緒で、束の間を経て別れ、途中で有名な唐揚げを買った。骨なし、骨付き、砂ずりを合わせて2キログラムも。もう、夜のビールが楽しみになった。
詳しくは書かないが、途中「うきは」(景行天皇に由来する)に行ってみる事にした。もう1つ、福岡県久留米市山苞(やまづと)町の「山苞の道」も序に通って、国道210号線を抜け、久留米へと急いだ。
最初筑後川に降り立ったが、川の向こうにそれらの場所はある為に、渡らなければならない。私は、きらきらと太陽の光を跳ね返すその川に惹かれ、1人その土手の横の道を降りて行った。
草は緑色に生え伸び、辺りには小さな小さな花が咲いていた。暫し見惚れていた。こんなに懐かしく見た事も久しい。オオイヌノフグリ、カラスノエンドウ、ホトケノザ、コハコベ、キュウリグサ。ちょっと大きいものでタンポポが鮮やかな黄色だった。これは西洋タンポポだ。
結局孫たちの家に着いたのが夕方の5時半過ぎだったと思う。15時間の車の旅となった。
娘婿はビールを買っていると言った。金色の缶の如何にも旨そうなビールだった。発泡酒などではなく、本格的なビールだ。孫たちも唐揚げは喜んでくれた。私も彼も、その期待感は一入だった。揚げ立てが美味いのは分かっているが、6時間は経っている。孫たちが食べ始めたのが7時半。その後私達も徐に飲み、そして食べた。それは、こんな時はいつでもそうだが、至福の時だった。
24日はお昼までに孫たちは小学校と幼稚園から帰って来た。今日で終わりで、春休みに入る。次に小学校が始まるのが4月6日だから、5日まで2人は親戚を転々とする。
丑三つ時とは真反対の明るい2時にこの家を出発した。何度かサービスエリアに寄ったが、夕食は8時頃に福山のサービスエリアで食べた。ここのハンバーグを、孫たちは美味いと何度も言いながら食べていた。
綺麗な真ん丸な月に感動しながら、トラックの多くなった高速道路を走った。10時半を過ぎて神戸の家に着いた。目的は一路我が家に向かうだけだったので、9時間もかからなかった。だが、往復1,200km以上の旅となった。
長男の方がちょっと教えた花札に嵌ってしまって、一緒に風呂から上がると暫く花札をしてから眠りに就いた。
今日25日は昼から西宮の娘婿の実家に孫たちを連れて行った。それまで花札をやりたいと言ったので相手をした。
暫くそちらで過ごし、迎えに行って、それからは岐阜県の恵那市に連れて行く。これは300kmもない。娘夫婦のいる、殆ど街灯などのない山の中の家だ。さながらキャンプをやっているような毎日だろう。星がさぞ綺麗だと思うが、私は天候に恵まれず、まだそこからの降るような星を観ていない。今回もすぐに帰るので、また観られない。
数日したら迎えに行き(私はコンンサートに行くので行けないが)、娘も来る予定なので、また少し賑やかになる。花見をして、また久留米まで送って行く事になる。6日が始業式だからである。今日朝遅く起きたら、3年生の長男は珍しく宿題をしていた。遊びたくてうずうずしている気持ちを十分に感じる事が出来た。
夕方6時から8時までの間に、以前作ったオカリナが届く事になっていた。明日の筈の予定を今日にして貰っていたのだ。
6時20分頃に宅急便で届いた。小さいけれど、丁寧な梱包だった。ふんずさんは昨日取りに行き、もう音(演奏)をアップしている。穴が13開いていて、それでは息を弱く入れなければならない。彼はその小さな穴を1つ塞いで調律し、強い息で吹けるようにした。大した技量である。
私のは、と言っても形も穴の位置も同じだが、12穴かと思っていたが同じく13穴だった。私も強い息のタイプで、このオカリナは普通の息加減に出来上がっていた。当然私の息では半音は優に高くなる。かと言ってふんずさんのように穴を埋める事は出来ないので、このオカリナに合わせた息で吹く事にした。
矢張り、作る時に粘土をやや多目にくり抜いてしまったように思う。でも、この1作目が今後の考えや制作の基準になる事だろう。
指の位置がややしっくり来ない部分もあるが、宗次郎タイプの形に出来上がっている。調整はよくされていて、音に不足はない。殆ど好みの素敵な音だが、これが2,000円で何から何まで用意して作らせて頂けるなんて驚愕する。今はメインのオカリナがあるのですぐに私の筆頭のオカリナとはならないだろうが、他のオカリナと遜色なく、十分に人前で演奏出来るものになっている。
値段の問題ではなく、このオカリナは凄いオカリナだ。それに、Y.F氏の命の流れが感じられる。
穴が13あるので、アルトC管では普通低音はラまでしか出ないのだが、これはソまで出る。そんな曲があった時には大活躍する事だろう。低いドから1オクターブ上のドまでは意識しながら優しく吹く必要があるが、その上のレとミと最高音のファは、オカリナを胸に近づけると強い息を入れて鳴らす事が出来る。
そんなこんなで、オカリナはそれぞれの性格がある。それをよく知って吹く事が私には重要になる。ここで音を鳴らす事が出来ないが、色々なオカリナをよく知っている人や吹いている人には分かると思うけれど、「庵オカリナ」に似た音がする。綺麗な優しい音だ。だが、私には「庵オカリナ」よりも好みの音がする。
少し肌色掛かった色に仕上がっていて、ニスが塗ってある。唇がくっ付いて捲れるような事もない。このまま吹きたいと思っている。いいものに仕上がっていて、これには感謝しなければならないと思う。
「Hiro」と筆記体で彫って置いたが、消えてしまう事は免れていた。ただ、磨かれている時に消えたのだろう。「i」の上の点がない。どうと言う事でもないけれど、私はそこに黄色のクレパスを塗り込んで、ティッシュペーパーで拭いた。黒に黄色とか金色なら映えるだろうが、これではちょっとと思い、その上から緑色のクレパスを更に塗り込んだ。
ティッシュで丁寧に表面に付着した色を拭い落とした。これなら目立ちもし鮮やかで、綺麗なサイン代りとなった。私見でしかないが、「庵オカリナ」や「YOKOオカリナ」よりは気に入っている。
やっぱり、世界に1つしかないオカリナだ。がっかりなどする所か、「ブラームスの子守歌」のような優しい曲にはこれで吹きたい。そんな分野では、メインオカリナになる予感がする。
オカリナ制作の調律など細かな難しさを改めて知り、今回のオカリナで、私は制作に傾く事は諦めた。
梱包された箱の中に、小浜工房館運営委員会よりの手紙が入っていた。
「この度は、オカリな製作ご受講頂きまして、ありがとうございました。作品を送付させて頂きます。再開しました折には、是非ともご参加頂きますように、よろしくお願い申し上げます」
また、是非行かせて貰いたいと思った。これなら、深入りする事もなく楽しんで、また手伝って貰いながら2号3号と、素敵なオカリナを作ることが出来そうだと思えたからだ。素晴らしいマイオカリナに仕上がったY.F氏の真心に感謝したい。