「あと3~40分で京都に着くので、そこから電車で1時間で三ノ宮に行きます。14時には三ノ宮に着くと思います。予定通り14:30に待ち合わせてもいいし、早めでも大丈夫そうです」

若者らしい、年寄りの私を気遣ったメールが届いた。14時10分位に三宮に着く予定のバスに乗る事にしていた。だが、14時に三宮に着くのでは悠介が時間を持て余す事になる。30分早いバスに乗る事にして、俄然準備を早くした。

三宮に着いたのが13時40分前だった。悠介は昼は食べて来ると言っていたが、ひょっとしてと思い、レンジで温めていたカレーを冷蔵庫に入れ、私は何も食べないで出かけた。

昼はサービスエリアでちまちま食べて来たらしいが、「塩味で食べられる美味しいたこ焼きとかあったら嬉しいなー」と次のメールにあった。私は三宮の水車のある店を北に歩き、たこ焼き屋を探した。あれば買って置く積もりだった。やっと1軒あったが、明石焼きである上に、準備中であった。明石焼きと言うのは、出汁に浸けて食べるたこ焼きの事だ。

広い東西の道路まで歩くと西に向かい、東門筋の北側から南に下りて行った。中国か東南アジアか分からないが、日本人が目立たぬ位の人達で賑やかだった。言葉と顔で大体判断出来る。

14時までにはJR三宮駅西口に戻ろうと急いだ。会えたのは、14時10分を過ぎた頃だった。

塩味のラーメンでもと誘いかけたが、カツ丼を食べる事になった。ここはまた独特の味で、カツは小さく切って乗せられている。木のスプーンで食べるのだ。結構気に入ってくれて、良かった!

生田ロードの辺りのスタジオに悠介が予約を入れていた。15時から18時まで借りている。ちょっと早かったので10分待った。去年初めてベースと合わせた店とは違っていたが、スタジオに入るとここは広かった。それに安い。他のグループの予約の関係で、2時間経ったら他の部屋に移って1時間練習する事になった。

久し振りだったが、私は悠介とのセッションには少し慣れていたようだった。「人間は、慣れる動物だ」と言ったのを、梅原猛の著書で読んだ事がある。

楽譜は9曲ファイルに入れて、悠介用に持って行っていた。後のはみ出た楽譜も5曲くっ付けて。これらは、昨日準備して置いた。

エレキベースだから、音は幾らでも大きくなる。だが、この部屋ではオカリナに合う音にして合わせた。

オカリナを丸椅子に置くのには、椅子が小さ過ぎ落ちる可能性が十分だ。床は、落としたら必ず割れる固さだった。赤いフェルトを、初めて直に床に敷き、そこに5本のオカリナを置いた。これなら落ちる筈がない。

吹いている時に落ちると困るので、足元にジャンバーを敷いた。こんな事した事がないが、オカリナが割れる事の方が怖かった。暫くしてお尻が痛くなったので、コートを丸椅子の上に置いた。その上に私は座った。こんな事をしたのも初めてだった。

悠介は、初めての、メロディーしか書いてない楽譜でも、適当に音を合わせて演奏する。自由自在だ。忽ち、ファイルの9曲は演奏してしまった。勿論完璧などではなく、アウトラインをなぞった程度だった。これが広い会場で、ベースはスピーカーから音量を大きくして流し、オカリナはマイクを通して演奏すれば、結構な音になる。聴く人も、これならまた違う楽しみを感じてくれるだろうと思った。

「故郷の山や海」。これは2008年7月28日に私が作曲したものだ。それを悠介に、初めて編曲して貰った。オーケストラ風に、音源を作ってくれ、彼自身も気に入った編曲になったと言っていた。それを今度はベースだけで鳴らし、オカリナと合わせたいと言った。ノートには、コード進行がびっしりと書かれていた。

録音機材も無料で貸してくれ、悠介はUSBにそれを録った。動画だから、私の姿も写っている。今回は録音するのが目的ではなく、合わせてみる事が目的だったから、この曲ともう1曲を入れた。私が上手く吹けず、何度も自分で駄目だしをした。

その内、最後の5分となり、店員が入って来て最後は中途半端になった。だからと言ってどうのこうのは全く関係しない。また、悠介が来た時に、もう少しバージョンアップして入れられるからである。今日は悠介は友達と2人で、友達の車に便乗して東京からやって来た。京都までで、後は新快速に三宮迄乗る。遠いけれど、悠介は関西方面に来て演奏出来る事を望んでいる。

そろそろ定着して来た大阪のライブハウスで明日はピアノとベースとドラムスとダブルベースの4人で演奏する。明後日は名古屋で演奏して、再び東京に帰る予定だ。

悠介はピアノのあいちゃんと東京ジャズに出演した事がある。順番では、その次がチック・コリアだったそうだ。
2人とも私には「おっちゃん」と言う。2人とも私には可愛い子供、いや孫のような存在である。

暮れなずむ三宮の街は、至って寒い。悠介に鱈腹餃子を食べさせようと思っていたが、昨日中華料理を食べたばかりだと言った。それに、悠介は「ニューミュンヘン大使館」が気に入っていて、それならと唐揚げを食べにその店に入った。

スタジオに入る前にカツ丼を食べているので、そんなには食べれなかった。が、注文した品は生ビールとジンジャーエールを除き、デカいソーセージ、大きな唐揚げ8個、カマンベールの乗ったピザだった。どのように食べたかは、想像にお任せする。

途切れなく話をしていた。私達の側には男女が向かい合って座っていたが、一言も喋らなかった。じっと見ていた訳ではないが、何だか異様な風に感じられた。一言も喋らない。じっと見つめ合っていると言うのでもない。どうでもいい事だが、楽しそうではなく、2人が立ち上がるまで少々気になっていた。

やがて悠介も瞼が閉じて来た。もう少し居たそうだったが、昨日の夜は殆ど寝ていないらしかった。ライブがある前は眠られない事が多いらしい。

今日は新開地にカプセルホテルを予約してあるそうだ。阪急電車の乗り場まで一緒に行った。1・2番ホームが新開地方面の乗り場だ。握手をして送ったが、自然ともう1度握手した。背中に佐々木小次郎のようにベースを背負い、悠介は私の方を振り返りながら、ホームへと消えて行った。

明日は大阪に聴きに行きたいが、また5月に演奏に来ると言った。その時は行けるだろう。

ライブハウス「グリーンドルフィン」のマスターに会って、演奏を聴いて帰る積もりだと言っていたが、流石に眼も体もその意欲には付いて行けなかったようだ。私は、カプセルに入って、ミノムシのように爆睡するように言った。多分今爆睡中だろう。私は20時5分のバスがあり、家には30分には着いていた。

昨日お土産にキンツバとチョコレートを買って置いたが、その時自分用にMaruaka SeikaのBONBONを買っていた。ずっと洋酒入りのボンボンが食べたかったのだ。昨日殆ど食べてほろ酔いになって、今日は5個残っているのでコーヒーのお供に全部食べてしまった。

悠介とのコラボが上手く行ったら、次は更にチェロを加えコントラバスも加えると言う夢のような構想が悠介からも語られ始めた。やろうと思っている事が、ステップバイステップに実現に向かって手繰り寄せられているようだ。悠介もあいちゃんも「おっちゃん」と呼んでくれているが(実はもう1人いるけれど、それは秘密だ)、「じいちゃん」の戯言だと思って、多めに赦して欲しい。

3時間が、あっと言う間だったなんて。