神戸駅から5分もすると産業振興センターがある。その3階には、400人近く入れる神戸ハーバーホールがある。
「New Year コンサートツアー2016」と銘打って、28日はオカリナセブンのコンサートがあった。ジョイントコンサートで、台湾より4重奏楽団「和煦的風陶笛四重奏」を迎えていた。和煦はワクと読む。
1時30分から始まった。第1部は、台湾の四重奏からだ。1から3までは四重奏の演奏で、4から7まではセブンの演奏だった。
第1部
1. フーガの技法BWV1080コントラプンクトゥス第1番 J.S.Bach
2. ガボット G.Pacchioni
3. バレエ音楽「パリの喜び」 J.Offenbach 序曲・ワルツ・ギャロップ・ワルツ・カンカン
4. アイネクライネナハトムジーク W.A.Mozart
5. マダマ・ランポ A.Barattomi
6. 合奏協奏曲ト短調RV156 A.Vivaldi
7. 歌劇「セビリアの理髪師」 G.Rossini
休憩15分
第2部
1. 風の名前をおしえて 作者不詳
2. パラディオ K.Jenkins
3. 東京ブギウギ 服部良一
4. 歌劇「ウシリアム・テル」序曲 G.Rossini
5. 組曲「トレイン」 J.Carey キャメルトレイン・ワゴントレイン・チューチュートレイン
6. ベイビー・フェイス B.Davis
7. 宮崎駿映画音楽より 久石譲 君をのせて(天空の城ラピュタ)・人生のメリーゴーランド(ハウルの動く城)
1から4まではセブン、5から7までは四重奏の演奏だった。アンコールは四重奏で、エスパニアカーニ。後2曲は、四重奏とセブンの11人での演奏だった。曲名はよく知らない。
「和煦的風陶笛四重奏」は全部複数管で演奏した。オカリナセブンはソプラノC管から、コントラバスまでの単管をそれぞれが担当して吹いた。26日は関東公演で川口リリア音楽ホールで同じジョイントコンサ-トをしている。
4重奏団には女性が1人いる。オカリナセブンは5人が女性で2人が男性だ。お馴染みの佐藤一美、小山京子、山城奈奈子、江波太郎、岡崎裕子、むとうさちこ、植田篤司の面々である。
四重奏は地味な衣装だ。セブンは1部では女性は花嫁衣裳のような純白のドレスを着て出て来た。佐藤さんは首から捩じって掛けたようなスタイル。小山さんは白いショールのようなものを掛けている。山城さんは紐もなしだったと思う。岡崎さんは白い紐を両肩に掛け、むとうさんはそれが金色の紐だった。髪形もそれぞれ違っていたが、そこまで書く必要もないだろう。
2部では四重奏は同じ衣装。セブンは色の違うドレスとスーツだった。佐藤さんは赤。小山さんは黄緑色。山城さんは膚色。江波さんは紫。岡崎さんはモスグリーン。むとうさんはくすんだ青色。植田さんは灰色だった。それだけでも変化があり鮮やかである。女性はドレスにスパンコールが付いていなかったのは、小山さんだけだった。
四重奏はトリプルのオオサワバスやダブルのフォーカリンクのオカリナなどを使っていたようだ。
四重奏もセブンも、私などから比べると、月とすっぴん程の違いがある。卓越した技術も持っている。特にセブンはそれぞれがソロでも活動をしていて、よく知られた奏者である。その7人が集結しているから、私の隣り(前列から4番目)の女性などは、耳が痛くなる程の拍手をしていた。私もするにはしたが、どうしても気の乗らない拍手になった。
それぞれの個性が強いのだろう。洗練された美しさを感じない。オカリナのアンサンブルには特に要求される所だろうが、それぞれの音が個性的に聞こえて来て、全体として伝わって来ないのだ。また、殆ど聞こえないと思えるオカリナもあった。全て私見ではあるが、私にはそう思えたのだ。
結局、私の顔は喜びも何も感じない顔だったと思う。心の消化不良が顔に出ていたかも知れない。皆の様には乗ったり笑顔満開だったりしなかったのだ。上手いのだけれど、なんの感動も伝わって来なかった。上手いのにとても残念な気持ちで、終わるとすぐにホールを後にした。
新長田に寄ってお好み焼きを食べた。生ビールも飲んだ。次第に気持ちが落ち着いて来た。壁には有名人が来た証拠の写真が何枚も貼られている。
葉加瀬太郎、具志堅用高、赤井秀和、クマムシ、武井壮、貴闘力などの有名人。他にもまだまだいた。昔来たと言う円広志が置いて行った「人間国宝」のカードも貼ってあった。
長居をして帰路に着いたが、もうオカリナコンサートの事は頭になかった。何も残っていないと言う、珍しい状況となった。
オカリナって、不思議な楽器だ。他人の演奏を聴いて、振り回される必要なんてない。自分の身の丈に合った等身大の演奏が出来たらいいといつも思う。それがオカリナを楽しむコツだ。出来もしない曲を背伸びをして演奏する事など更々ない。
自分の吹くオカリナに酔い痴れるのも良し。気に入った曲を吹き捲るのも良し。すぐに吹けなくても是非吹きたいと思ったら挑戦するも良し。そうして、自分が吹きたい好きな曲を吹けばいいと思うのだ。その好みは人それぞれに違うが、そんな曲が溜まって行くのは嬉しい事だろう。
今の自分が喜ぶ曲を存分に吹く事が大切ではないだろうか。そうでなければ、人も感動して聴いたりはしてくれないだろう。目新しいものと使い古されたものとは、訳が違うのである。四重奏とセブンとは全く関係のない事だが、自戒として、感動の押し売りだけはしてはならないと考えた。