一昨日の大先輩に連なる者の「新年を寿ぐ会」で、私は坂本冬美が猪俣公章から言われたと言う、歌う時の心得を聞きかじりで話した。

昨日は11時にコープに集合し、送迎バスに乗った。流石11時3分前には、バスに乗る11人が全員集合していた。私は20分前には来ていたが、誰もいなかった。かねてから気になっていた「ウコンの力」をコープで買って、飲みながら家に帰った。携帯を充電していた事を思い出したからだった。

それで、集まった中で、私が一番後になった。

6、7分走った先の初めての店で、「和平」と言う。会席で飲み放題だが、そうそう飲めるものではない。ビールと芋焼酎のお湯割りで顔を赤く染めた。隣りに座った男Mさんは酒豪で、瞬く間にビールは愚か、日本酒を徳利で4合空けていた。

牛肉のしゃぶしゃぶがあったり、蟹がちょこっとあったり、刺身やてんぷらや椀物や茶わん蒸しも、お寿司もご飯もあった。天ぷらはM さんが食べると言うので、上げた。私はもう食べられず、満腹だったからだ。

彼は60代でスポーツが好きな人だが、卓球は初めてで、コープに来てから2年近くしか経っていない。だが、嵌り込んだのか熱心で、チャンスがあればどこへでも練習に行った。

最初は卓球になっていなかったが、シェイクハンドグリップのラケットで、バックがとても強い。入る入らないより、入ったら誰も取れなかった。球が速い上に、自ずと取れない方向に飛ぶからだ。彼が得点出来るとしたらそれが入ればの事で、そこは見送っても次の手段がある。

去年の新年会では、

「もし私がMさんに負けたら、卓球を止めます」

と言った。冗談ではあるが、本気に取る人もいると思うので、試合をしたとしたら負ける訳には行かないのだ。今回彼は、

「サーブが取れないし、サーブの種類が1種類しかないです」

と言った。12人での新年会が終わると、送迎バスに乗った11人はコープの手前で降ろして貰って、喫茶店に入った。Mさんが言うには、彼は土曜日のコープ卓球にも席を置いていて、

「明日、土曜の数人で近くのゲームセンターで卓球をする事にしています。来ますか」

と皆に言った。3人が行くと言った。最終的には2人になり、今日(11日)10時に車で行くと、全員で6人となった。2つの卓球台を全部借りてあった。17日が初打ちになる筈が、今日が私の初打ちとなった。咳をしながらローテションで10分毎に回りながらやった。男性4人、女性2人。

1時間しか借りてなく、もう1時間延長しに行くと言ったが、次の予約が入っていて、1時間で終了となった。1人200円の出費だった。Mさんとは試合をする事になっていたのに・・。きっとまたの機会もあるだろう。

帰るとシャワーを浴びて、昼ご飯にした。2人の孫は久し振りに小さなカップラーメンを食べている。大きいのも1つあって、これは私のものだった。たまには美味いものだと思いながら食べた。

家にばかりいても退屈だろうと思い、イオンに連れて行った。100均の店に行くと、上の孫はおはじきを、下の孫は太鼓を欲しいと言った。私はファイルを買った。マックでポテトフライMサイズを1つ買って帰った。

おはじきは子供だった頃、これでも友達やおばあちゃんとやった事がある。上の孫に教えると興味を示し、何度かやった。最所は勝ったが、後は負けた。上手に負けてやらないと、ね。

マリーさんが、新聞の広告だったかで服を作っていた記事があったのを思い出し、腰から下に新聞紙を巻いてやった。下の孫のはロングドレスになり、とても気に入っているようだった。座っても破れない。上の孫は新聞でリボンを作り、ドレスに貼りつけた。なかなかいいので、写真に撮った。何故か、必ずピースする。

相撲が始まると私は観戦。孫達はビリビリビリビリ新聞紙を破り、おにぎりだとか何だとか言いながら、丸めたりしていた。今日の新聞が殆ど破られた。

娘が仕事を終え、迎えに来た。車で送って行ったようだったが、私は夕食を食べ、テレビを観ていた。

7時半にはなっていなかったが、チャンネルを換えていたら、坂本冬美の姿が写った。私は「夜桜お七」をよくオカリナで吹く。一昨日の会で、大先輩の内の1人が、

「坂本冬美は好きだなあ」

と言っていたのを思い出した。その画面に映ったタイトルが「坂本冬美デビュー28年の軌跡」だった。オカリナの練習をしようと思っていたが、止めた。私も演歌歌手の中では彼女はとても素敵で、実は「冬のソナタ」で好感を持ったチェ・ジウにとてもよく似ていると思った事も理由の1つだ。

「岸壁の母」が始まる。しかし、二葉百合子が歌っていたその儘ではなく、「歌謡節『母の叫び』入り」とある。それはソ連から舞鶴港に帰って来る日本兵の中に、我が息子はいないのかと、何年も港に通い詰めた母親叫び入りだった。その長い坂本冬美の語りが実話として胸に響く。「鶴は舞うのになぜ息子は舞って来ないのか」と。

先一昨日の坂本冬美の話を一昨日の会で話し、彼女の歌う姿をテレビで観る事になった。

こうして、観たり読んだり思ったりした事が、全くぶれないで還って来る。それをシンクロと呼ぶなら、不思議な事だと思う。

スロヴェニアの人のブログのオカリナと言う文字から訪問する事になったが、それは首都リュブリャーナに住む人だった。宗次郎さんが「リュブリャーナの青い空」を作ったと言った。その人は宗次郎さんと関わったと言った。
シンクロがシンクロしている。

その時から、物事がシンクロし出したのだった。リュブリャーナも坂本冬美も。それもこれも、オカリナが招いてくれたシンクロだった。