温かい心が1つになった日々が過ぎた。大嵐のように過ぎて行った。だから、もぬけの殻のようになった私は、こうしてブログを打つ手さえ重い。充実した2間の反動で脱力してしまっている。
22日は演奏する者が9時に集まって、会場の椅子並べなどの準備をして、この日に初めて合わせる皆での演奏練習やリハーサルをした。
11時から残る者もいたが、10人ほどでラッセホールに食事に行った。ひろこさんは生ビールを当然のように注文した。旦那さんもSさんも。ひろこさんの優しそうな怪しい目が、私から離れない。その催眠術にかかったように私も禁を破って注文した。2杯目の時は、催眠から目が覚め、難を逃れた。
もう後の宴会の様だった。演奏が終わっていたらどれだけ飲めた事だろう。
横12人、縦11列の椅子は程よく埋まった。出入りはあるから、聴衆は100人前後はいたと思う。
司会はオカリナママさん。慣れたものだ。後半はそらの陽さんが引き継いだが、落ち着いて、上手い司会振りを発揮した。
先輩や同僚や知人も勿論バラエティーに富んでいたが、初めの挨拶をした時すぐに出雲の妹が椅子に座っているのが目に入った。それはまあ、サプライズだったと思う。若くして亡くなった敬愛する伯父の、もう年嵩の増した、私に取ったら伯母、それにその娘2人も来ていた。これも吃驚だった。
栃木から来たYOSSIさんが先鋒を務め、悉くジャズを演奏し、ジャズの良さが再認識された。
出演者は、YOSSIさん。ツッキーズさん。そら&空飛ぶくじらさん。ふんずさん。夢☆チャンスさん。ロズマリーさん。昔はチッチとサリーさん。オカリナの詩。シマ唄やろうさん。hirokoさん。
これで4時間ばかり聴衆を引っ張る力があるのだから、レベルの高さは相当なものだ。ここから抜け出して、1組でライブをしても、沢山の人に聴いて貰えるのは間違いない。
その間の演奏の事は誰かが書いたりアップしたりするだろうから、それで雰囲気を感じて貰えたらいいと思っている。
ただ、全般に渡ってピアノの伴奏をして頂いたS.Sさんには、いつもながら有り難く思っている。生で、しかもプロの伴奏に不満があろう筈がない。その上手さは、何人もの聴衆から聴く話である。
そして空飛ぶくじらさん。CD出し入れから音量調節まで、全部やって貰った。今年はその積もりで来てくれている事が有り難かった。そらの陽さんの愛息子だ。鹿児島から、休暇を縫って愛車を飛ばして来てくれた。
シマさんは新しい袴を穿いて出た。何だか違うと思ったら、今迄は袴など履いていなかったのだ。最後に「ワイド節」で、奄美の仲間に踊って貰うように声を掛けた。するとピアノのS.Sさんも前に出て踊り出した。私もボーッとしている訳には行かない。前に出て、踊りの輪に加わった。まだ上手には踊れないが、恥ずかしくも楽しい瞬間だった。
12時半から始まった「YOSOMI好きなヤツ」のコンサートも4時半過ぎには終わり、皆で出口に並びお見送りをした。
それから椅子などの片付けをし、部屋を明け渡して出たのが丁度5時。係の人2人にも文句も言われず、挨拶して出る余裕があった。ギリギリでも、時間はきっちり守れたのだった。
それから「夢☆チャンス」(オカリナママさんのグループ)のスチールパンを演奏する人の紹介の店に歩いて行って、そこで宴会をした。演奏した者も当然いるが、それ以外の友達や知人もいる。総勢30人程の人数だったが、その部屋は満杯となった。
入れ代わり立ち代わり、オカリナや三線やスチールパンなどの演奏をして、楽しんだり楽しませて貰ったりした。私とシマさんは主催者側の代表と思われているのか、マイクで喋る事を余儀なくされていた。その所為か、コンサートの後では、2人共皆の前で花束を貰った。これはサプライズだった。けど、古稀のお祝い・・。
ヨーイドンから2時間の約束の店だが、だらだらしなくていいのかも知れない。「この値段でこれだけ美味いものが食べられて飲めたら安い(4,000円)」と言ったのは、演奏はしない知人だった。
途中でマリーさんが前に出て、何か説明をし出した。沢山のCDを見せ、楽譜を配り始めた。今回来られなかった内の1人u田さんが作曲した「十和田慕情」の伴奏CDと楽譜だった。サプライズとして以前マリーさんにお願いをしていたものだが、こんなに気持ち良くCDも楽譜も頂けるようになるなんて。皆も私も喜んだ。この曲はマリーさんがMUの演奏でアップしていたものだ。今回のコンサートでも演奏していて、何か吹いてみたくなる曲だった。この場を借りて、u田さんにお礼を申し上げておきたい。持って来てくれたマリーさんにもである。MUのメンバーのマリーさんの旦那さんにも、ね。
何人かオカリナを持って出て、初見でこの曲を吹いた。とても吹き易いと思った。
さて私も指名されて演奏したが、オカリナではなく10ホールズのハーモニカだった。ジョンレノンモデルが1個だけ残っていて、それを買っていたのだ。3,000円でこれだけ鳴れば楽しい。「みかんの花咲く丘」を吹いた。初め粛々と短音で。2コーラス目はバンバン伴奏を入れて。オカリナじゃない楽器も楽しい!
ここを出ると8時30分前だった。私はカラオケに行く事を提案した。14人が残った。やっと14人は入れる204号室で、8時半から10時半まで歌った。と言っても1人平均2曲歌うのが精々だ。若い(私より)者は色んな歌を知っている。それに発声が出来ていて上手い。トイレに行きたい時は、テーブルの下を潜った。そうしたのは、私とK君だけだった。
ここも終わり、泊まる者、帰る者に分かれた。ツッキーさん夫婦は泊まるとばかり思っていたのに、京都の郊外にあると言う家に車で帰ったそうだ。夜中の2時に着いたと言っていた。それならまだいいが、23日の姫路観光にもまた昼頃来てくれて合流したのだから、このエネルギーは何処にあるのだろうと思う。これから大きな実の生る者への、枯れて痩せた木になった私の羨望である。
23日は7時半に慌てて家を出たが、バスが出たばかりで、それからまた10分少々待った。垂水駅からJRに乗ると、明石までは普通電車。明石で新快速に乗り換える事が出来た。これなら姫路駅中央口9時集合に間に合う事が出来るだろう。新快速は明石から西明石、加古川、姫路だから、各駅に乗っていたら当然間に合わなかった。
そらの陽さんには計画段階から、今日の案内は息子である空飛ぶくじらさんと2台の車でお世話になる。くじらさんは鹿児島から休暇を潰して、態々車で姫路まで帰って来てくれていた。若いくじらは元気もいい。
いい所満載の案内に感激頻りだった。ツッキーさん夫婦が昼から合流するので、それからは4人ずつが分乗する。
姫路城の改修後の白鷺のような白さ美しさに、国内外を問わず観光する者の足は途絶えない。お城の天守閣に登るまで、2時間待ちと聞き、並ぶのは止めて城内に入るのは諦めた。2時間ぞろぞろじっとするのは余りにも時間が勿体ない。皆、途端に写真家になった。
官兵衛が野積みをしたと言う石垣を見たりゆったり歩いたりした。コーヒーを飲もうと言う事になり、白から離れた店「高田の馬場」に入った。コールコーヒーとソフトクリームを注文した者は大体半々。私は朝からおはぎが食べたくて、おはぎ付きの抹茶を注文した。ブログ名おはぎさんがいたので余計思い出された。丹波屋のおはぎではないのが残念だったが、味も残念だった。おはぎさんの名誉の為に、彼のおはぎは食べるおはぎではない。
東側から見るお城もいいとシマさんが言い、そこまでは車で回った。すぐに動物園があり、この日は無料開放だったので私1人が入った。本当の目的はトイレだった。豚と遊んでいる子供もいた。賑やかだ。
すぐ傍には、姫路市立美術館がある。時間があれば見て貰いたいとも思っていた。先日「懐かしい風景」を描いた展覧会があって行って見た所だった。
黒塗りのスバルと黒塗りのBMWは、ツッキーさんとの待合場所まで走った。そらの陽さんとくじらさんは運転なので離ればなれだ。
ツッキーさんが来た所で、私が買っていた2種類の喉飴を4個ずつ、くじらさんに借りたビニール袋に8個入れた。抽選の為である。しかし、「男梅」も「CCレモン」も同じ包み紙だった。が、銀色の紙を剥がすと、「男梅」は生彩を失ったピンク色、「CCレモン」は綺麗な黄色だった。黄色はそらの陽さんの車、ダークピンクはくじらさんの車に乗った。私はくじらさんの車の助手席に座った。流石にセダン。ずっしり沈み込むシートだった。そらの陽さんの車も同じ感覚だ。
これが、案内中に乗る自分の車になる。因みに、くじら号にはツッキーさん、ローズマリーさん、ひろこさんの旦那さん、私。そらの陽号にはシマさん、おはぎさん、ひろこさん、ツッキーさんの奥さんが乗った。
次に目指すは姫路市を離れ、たつの市へと向かった。
案内されたのは「聚遠亭」(しゅうえんてい)。龍野公園内にあり、脇坂氏の上屋敷を松平定信が訪問した際眺めの素晴らしさに「聚遠の門」と呼ばれたその一帯が「聚遠亭」と言われているそうだ。
そらの陽さんのご主人が先に来て、茶室の花を活けて下さっていた。その姿から、風流人であることが窺われる。
鯨尺のように曲がった2畳ずつの畳の上に我々4人ずつ座り、ご主人とくじらさんは私達4人とは、対面する主人側に座った。そらの陽さんは、薄茶を1人ずつに運んでくれた。
花器にはススキが3本立ち、吾亦紅が侘びを感じさせ、萩の花が横に這い、開放された窓から入る風に時々揺れる。これが真のお持て成しの心だと思った。静かな佇まいに、時の流れは風に揺れる萩の花に感じるだけ。浮堂である茶室の周りは池で、時たま大きな鯉が跳ねる。
そば饅頭を食べ薄茶を飲む。贅沢な時が何と豊かに過ぎる事だろう。オカリナ演奏が始まった。皆、思い思いの演奏をした。
低い天井を見上げながら、ご主人の心遣いに例を言い、そこを出た。ヒガシマル醤油が寄贈した「楽庵」の佇まいも見、「御涼所」(別館)も入って見た。藩主脇坂家の御涼所で、床下には抜け穴があるのも厚いガラス越しに見る事が出来る。
聚遠亭は、春が桜、夏が緑、秋が紅葉、冬が雪と、4度楽しめる。たつの市も良い所だ。
まだちょっとそうめんの里に行くにはご馳走の食べ過ぎで、近くの動物たちの囲われている所に行った。鵞鳥や烏骨鶏やチャボがいる。チャボも総数が20羽はいるだろうか。卵が一か所に15、6個うみ固められていた。1個だけ、地面に転がっている。3羽のヒヨコがちょこちょこ動き回り、成鳥がひよこの銜えている小さな羽を本気で奪い取っている。それをヒヨコは取り返す。逞しい。突かれたヒヨコの親が、突いた成長に向かって行く。小屋の中は静かになる暇もない。
真ん中に天幕が張られ、その下の響きがとてもいい休憩所。ツッキーさん夫婦がコラボを始めた。母親と2歳位の子供が、早速近くにやって来て聴いた。そのうち抱っこされた子供が4人になり5人になった。「となりのトトロ」を吹くと親子で踊っている。ひろこさんやマリーさんも加わり、「さんぽ」を吹いた。子供も親も喜んで体を動かす。
小屋のチャボたちがこちらを頻りに窺っていたが、左端に全部が固まってその演奏を聴いていた。半分は脚を折り、正座をしたような恰好で聴いている。こんな光景、見た事がなかった。たまに、鵞鳥が鳴いた。鵞鳥はオカリナ(小さなガチョウ)と言う。
カステーラ1竿より小さなスピカーをツッキーさんは持って来ていて、それは結構いい音がする。便利だと思った。
不思議な光景を後に、愈々「そうめんの里」に向かう。5時を過ぎていた。この定食が気の利いた素敵なもので、素麺は冷たいものとにゅう麺の中から選ぶ。海苔で巻いた素麺巻き寿司も食べた。結局完食した。
ひろこさんがこちらを見たが、私はパスをした。またビールを飲んでいる。うーん、気持ちは飲みたかったけれど。
外はもう暗く、やや半月は、軈て雲に隠れた。星を見たかったが、またしても1つも出ていない。
そらの陽さんがお土産を皆にくれた。蒲鉾は私も大好きなので、暫くは酒のあてになる運命だ。
さあ、姫路駅へと再び車は走る。
車を降り、くじらさんんと別れ、そらの陽さんと別れ、JR姫路駅の改札は潜ったが、ツッキーさん達は車が置いてある所まで播但線に乗った。ひろこさん達(岡山)とも方向が違う。おはぎさんは駅員さんと何か話し合っている。苦労しているようだ。か彼は高知県から来てくれていたのだ。オカリナを始めて2年だと言う。嬉しい事である。
上りに乗ったのは、シマさんとマリーさんと私。新快速に乗れた。私は明石で各駅に乗り換え、垂水まで。明石の次は新快速ではもう神戸となる。そこでマリーさんは降りただろう。シマさんは三宮迄行ったと思う。
三様に分かれ、今日の溢れるばかりの充実した1日が終わった。今脱力して上手く書けないが、何とか粗筋だけここまで書いた。一気に書かなかったら、そしてこの時を逃したら、もう私は書かなかったと思う。22日と23日の2日間が余りにも楽しく充実していたから、書かなくても心に十分残っているからだ。
何と楽しい仲間達だろう。実際に知っていた人もいるけれど、大抵ブログから発展した仲間達である。北の果てから南の端まで、範囲は広い。音楽が心を1つにさせる力を持っているのは確かだが、オカリナでこれだけ繋がって行くのも不思議な事である。三線とも繋がる不思議もある。色んな虫たちの音楽会のように、いつまでも鳴りやまない集団である。
1人ひとりの名前を書いて、その繋がりを書きたい程だが、これは皆がお互いに感じている事だろうから、割愛する。ただ、マリーさんが今回は1人ででも来てくれた事に感謝する。きっと皆も、自分だって遠くから来ているのに、マリーサンに対しては私と同じ気持ちであると信じている。
私は、皆に言いたい。来年も又来てね、と。また、聴きに来てくれた方々にも、本当に感謝したい。聴いてくれる人があってこそのコンサートだからだ。
来年も、この熱い瞬間の為に、また会いましょう! ありがとう。
22日は演奏する者が9時に集まって、会場の椅子並べなどの準備をして、この日に初めて合わせる皆での演奏練習やリハーサルをした。
11時から残る者もいたが、10人ほどでラッセホールに食事に行った。ひろこさんは生ビールを当然のように注文した。旦那さんもSさんも。ひろこさんの優しそうな怪しい目が、私から離れない。その催眠術にかかったように私も禁を破って注文した。2杯目の時は、催眠から目が覚め、難を逃れた。
もう後の宴会の様だった。演奏が終わっていたらどれだけ飲めた事だろう。
横12人、縦11列の椅子は程よく埋まった。出入りはあるから、聴衆は100人前後はいたと思う。
司会はオカリナママさん。慣れたものだ。後半はそらの陽さんが引き継いだが、落ち着いて、上手い司会振りを発揮した。
先輩や同僚や知人も勿論バラエティーに富んでいたが、初めの挨拶をした時すぐに出雲の妹が椅子に座っているのが目に入った。それはまあ、サプライズだったと思う。若くして亡くなった敬愛する伯父の、もう年嵩の増した、私に取ったら伯母、それにその娘2人も来ていた。これも吃驚だった。
栃木から来たYOSSIさんが先鋒を務め、悉くジャズを演奏し、ジャズの良さが再認識された。
出演者は、YOSSIさん。ツッキーズさん。そら&空飛ぶくじらさん。ふんずさん。夢☆チャンスさん。ロズマリーさん。昔はチッチとサリーさん。オカリナの詩。シマ唄やろうさん。hirokoさん。
これで4時間ばかり聴衆を引っ張る力があるのだから、レベルの高さは相当なものだ。ここから抜け出して、1組でライブをしても、沢山の人に聴いて貰えるのは間違いない。
その間の演奏の事は誰かが書いたりアップしたりするだろうから、それで雰囲気を感じて貰えたらいいと思っている。
ただ、全般に渡ってピアノの伴奏をして頂いたS.Sさんには、いつもながら有り難く思っている。生で、しかもプロの伴奏に不満があろう筈がない。その上手さは、何人もの聴衆から聴く話である。
そして空飛ぶくじらさん。CD出し入れから音量調節まで、全部やって貰った。今年はその積もりで来てくれている事が有り難かった。そらの陽さんの愛息子だ。鹿児島から、休暇を縫って愛車を飛ばして来てくれた。
シマさんは新しい袴を穿いて出た。何だか違うと思ったら、今迄は袴など履いていなかったのだ。最後に「ワイド節」で、奄美の仲間に踊って貰うように声を掛けた。するとピアノのS.Sさんも前に出て踊り出した。私もボーッとしている訳には行かない。前に出て、踊りの輪に加わった。まだ上手には踊れないが、恥ずかしくも楽しい瞬間だった。
12時半から始まった「YOSOMI好きなヤツ」のコンサートも4時半過ぎには終わり、皆で出口に並びお見送りをした。
それから椅子などの片付けをし、部屋を明け渡して出たのが丁度5時。係の人2人にも文句も言われず、挨拶して出る余裕があった。ギリギリでも、時間はきっちり守れたのだった。
それから「夢☆チャンス」(オカリナママさんのグループ)のスチールパンを演奏する人の紹介の店に歩いて行って、そこで宴会をした。演奏した者も当然いるが、それ以外の友達や知人もいる。総勢30人程の人数だったが、その部屋は満杯となった。
入れ代わり立ち代わり、オカリナや三線やスチールパンなどの演奏をして、楽しんだり楽しませて貰ったりした。私とシマさんは主催者側の代表と思われているのか、マイクで喋る事を余儀なくされていた。その所為か、コンサートの後では、2人共皆の前で花束を貰った。これはサプライズだった。けど、古稀のお祝い・・。
ヨーイドンから2時間の約束の店だが、だらだらしなくていいのかも知れない。「この値段でこれだけ美味いものが食べられて飲めたら安い(4,000円)」と言ったのは、演奏はしない知人だった。
途中でマリーさんが前に出て、何か説明をし出した。沢山のCDを見せ、楽譜を配り始めた。今回来られなかった内の1人u田さんが作曲した「十和田慕情」の伴奏CDと楽譜だった。サプライズとして以前マリーさんにお願いをしていたものだが、こんなに気持ち良くCDも楽譜も頂けるようになるなんて。皆も私も喜んだ。この曲はマリーさんがMUの演奏でアップしていたものだ。今回のコンサートでも演奏していて、何か吹いてみたくなる曲だった。この場を借りて、u田さんにお礼を申し上げておきたい。持って来てくれたマリーさんにもである。MUのメンバーのマリーさんの旦那さんにも、ね。
何人かオカリナを持って出て、初見でこの曲を吹いた。とても吹き易いと思った。
さて私も指名されて演奏したが、オカリナではなく10ホールズのハーモニカだった。ジョンレノンモデルが1個だけ残っていて、それを買っていたのだ。3,000円でこれだけ鳴れば楽しい。「みかんの花咲く丘」を吹いた。初め粛々と短音で。2コーラス目はバンバン伴奏を入れて。オカリナじゃない楽器も楽しい!
ここを出ると8時30分前だった。私はカラオケに行く事を提案した。14人が残った。やっと14人は入れる204号室で、8時半から10時半まで歌った。と言っても1人平均2曲歌うのが精々だ。若い(私より)者は色んな歌を知っている。それに発声が出来ていて上手い。トイレに行きたい時は、テーブルの下を潜った。そうしたのは、私とK君だけだった。
ここも終わり、泊まる者、帰る者に分かれた。ツッキーさん夫婦は泊まるとばかり思っていたのに、京都の郊外にあると言う家に車で帰ったそうだ。夜中の2時に着いたと言っていた。それならまだいいが、23日の姫路観光にもまた昼頃来てくれて合流したのだから、このエネルギーは何処にあるのだろうと思う。これから大きな実の生る者への、枯れて痩せた木になった私の羨望である。
23日は7時半に慌てて家を出たが、バスが出たばかりで、それからまた10分少々待った。垂水駅からJRに乗ると、明石までは普通電車。明石で新快速に乗り換える事が出来た。これなら姫路駅中央口9時集合に間に合う事が出来るだろう。新快速は明石から西明石、加古川、姫路だから、各駅に乗っていたら当然間に合わなかった。
そらの陽さんには計画段階から、今日の案内は息子である空飛ぶくじらさんと2台の車でお世話になる。くじらさんは鹿児島から休暇を潰して、態々車で姫路まで帰って来てくれていた。若いくじらは元気もいい。
いい所満載の案内に感激頻りだった。ツッキーさん夫婦が昼から合流するので、それからは4人ずつが分乗する。
姫路城の改修後の白鷺のような白さ美しさに、国内外を問わず観光する者の足は途絶えない。お城の天守閣に登るまで、2時間待ちと聞き、並ぶのは止めて城内に入るのは諦めた。2時間ぞろぞろじっとするのは余りにも時間が勿体ない。皆、途端に写真家になった。
官兵衛が野積みをしたと言う石垣を見たりゆったり歩いたりした。コーヒーを飲もうと言う事になり、白から離れた店「高田の馬場」に入った。コールコーヒーとソフトクリームを注文した者は大体半々。私は朝からおはぎが食べたくて、おはぎ付きの抹茶を注文した。ブログ名おはぎさんがいたので余計思い出された。丹波屋のおはぎではないのが残念だったが、味も残念だった。おはぎさんの名誉の為に、彼のおはぎは食べるおはぎではない。
東側から見るお城もいいとシマさんが言い、そこまでは車で回った。すぐに動物園があり、この日は無料開放だったので私1人が入った。本当の目的はトイレだった。豚と遊んでいる子供もいた。賑やかだ。
すぐ傍には、姫路市立美術館がある。時間があれば見て貰いたいとも思っていた。先日「懐かしい風景」を描いた展覧会があって行って見た所だった。
黒塗りのスバルと黒塗りのBMWは、ツッキーさんとの待合場所まで走った。そらの陽さんとくじらさんは運転なので離ればなれだ。
ツッキーさんが来た所で、私が買っていた2種類の喉飴を4個ずつ、くじらさんに借りたビニール袋に8個入れた。抽選の為である。しかし、「男梅」も「CCレモン」も同じ包み紙だった。が、銀色の紙を剥がすと、「男梅」は生彩を失ったピンク色、「CCレモン」は綺麗な黄色だった。黄色はそらの陽さんの車、ダークピンクはくじらさんの車に乗った。私はくじらさんの車の助手席に座った。流石にセダン。ずっしり沈み込むシートだった。そらの陽さんの車も同じ感覚だ。
これが、案内中に乗る自分の車になる。因みに、くじら号にはツッキーさん、ローズマリーさん、ひろこさんの旦那さん、私。そらの陽号にはシマさん、おはぎさん、ひろこさん、ツッキーさんの奥さんが乗った。
次に目指すは姫路市を離れ、たつの市へと向かった。
案内されたのは「聚遠亭」(しゅうえんてい)。龍野公園内にあり、脇坂氏の上屋敷を松平定信が訪問した際眺めの素晴らしさに「聚遠の門」と呼ばれたその一帯が「聚遠亭」と言われているそうだ。
そらの陽さんのご主人が先に来て、茶室の花を活けて下さっていた。その姿から、風流人であることが窺われる。
鯨尺のように曲がった2畳ずつの畳の上に我々4人ずつ座り、ご主人とくじらさんは私達4人とは、対面する主人側に座った。そらの陽さんは、薄茶を1人ずつに運んでくれた。
花器にはススキが3本立ち、吾亦紅が侘びを感じさせ、萩の花が横に這い、開放された窓から入る風に時々揺れる。これが真のお持て成しの心だと思った。静かな佇まいに、時の流れは風に揺れる萩の花に感じるだけ。浮堂である茶室の周りは池で、時たま大きな鯉が跳ねる。
そば饅頭を食べ薄茶を飲む。贅沢な時が何と豊かに過ぎる事だろう。オカリナ演奏が始まった。皆、思い思いの演奏をした。
低い天井を見上げながら、ご主人の心遣いに例を言い、そこを出た。ヒガシマル醤油が寄贈した「楽庵」の佇まいも見、「御涼所」(別館)も入って見た。藩主脇坂家の御涼所で、床下には抜け穴があるのも厚いガラス越しに見る事が出来る。
聚遠亭は、春が桜、夏が緑、秋が紅葉、冬が雪と、4度楽しめる。たつの市も良い所だ。
まだちょっとそうめんの里に行くにはご馳走の食べ過ぎで、近くの動物たちの囲われている所に行った。鵞鳥や烏骨鶏やチャボがいる。チャボも総数が20羽はいるだろうか。卵が一か所に15、6個うみ固められていた。1個だけ、地面に転がっている。3羽のヒヨコがちょこちょこ動き回り、成鳥がひよこの銜えている小さな羽を本気で奪い取っている。それをヒヨコは取り返す。逞しい。突かれたヒヨコの親が、突いた成長に向かって行く。小屋の中は静かになる暇もない。
真ん中に天幕が張られ、その下の響きがとてもいい休憩所。ツッキーさん夫婦がコラボを始めた。母親と2歳位の子供が、早速近くにやって来て聴いた。そのうち抱っこされた子供が4人になり5人になった。「となりのトトロ」を吹くと親子で踊っている。ひろこさんやマリーさんも加わり、「さんぽ」を吹いた。子供も親も喜んで体を動かす。
小屋のチャボたちがこちらを頻りに窺っていたが、左端に全部が固まってその演奏を聴いていた。半分は脚を折り、正座をしたような恰好で聴いている。こんな光景、見た事がなかった。たまに、鵞鳥が鳴いた。鵞鳥はオカリナ(小さなガチョウ)と言う。
カステーラ1竿より小さなスピカーをツッキーさんは持って来ていて、それは結構いい音がする。便利だと思った。
不思議な光景を後に、愈々「そうめんの里」に向かう。5時を過ぎていた。この定食が気の利いた素敵なもので、素麺は冷たいものとにゅう麺の中から選ぶ。海苔で巻いた素麺巻き寿司も食べた。結局完食した。
ひろこさんがこちらを見たが、私はパスをした。またビールを飲んでいる。うーん、気持ちは飲みたかったけれど。
外はもう暗く、やや半月は、軈て雲に隠れた。星を見たかったが、またしても1つも出ていない。
そらの陽さんがお土産を皆にくれた。蒲鉾は私も大好きなので、暫くは酒のあてになる運命だ。
さあ、姫路駅へと再び車は走る。
車を降り、くじらさんんと別れ、そらの陽さんと別れ、JR姫路駅の改札は潜ったが、ツッキーさん達は車が置いてある所まで播但線に乗った。ひろこさん達(岡山)とも方向が違う。おはぎさんは駅員さんと何か話し合っている。苦労しているようだ。か彼は高知県から来てくれていたのだ。オカリナを始めて2年だと言う。嬉しい事である。
上りに乗ったのは、シマさんとマリーさんと私。新快速に乗れた。私は明石で各駅に乗り換え、垂水まで。明石の次は新快速ではもう神戸となる。そこでマリーさんは降りただろう。シマさんは三宮迄行ったと思う。
三様に分かれ、今日の溢れるばかりの充実した1日が終わった。今脱力して上手く書けないが、何とか粗筋だけここまで書いた。一気に書かなかったら、そしてこの時を逃したら、もう私は書かなかったと思う。22日と23日の2日間が余りにも楽しく充実していたから、書かなくても心に十分残っているからだ。
何と楽しい仲間達だろう。実際に知っていた人もいるけれど、大抵ブログから発展した仲間達である。北の果てから南の端まで、範囲は広い。音楽が心を1つにさせる力を持っているのは確かだが、オカリナでこれだけ繋がって行くのも不思議な事である。三線とも繋がる不思議もある。色んな虫たちの音楽会のように、いつまでも鳴りやまない集団である。
1人ひとりの名前を書いて、その繋がりを書きたい程だが、これは皆がお互いに感じている事だろうから、割愛する。ただ、マリーさんが今回は1人ででも来てくれた事に感謝する。きっと皆も、自分だって遠くから来ているのに、マリーサンに対しては私と同じ気持ちであると信じている。
私は、皆に言いたい。来年も又来てね、と。また、聴きに来てくれた方々にも、本当に感謝したい。聴いてくれる人があってこそのコンサートだからだ。
来年も、この熱い瞬間の為に、また会いましょう! ありがとう。