7月4日

朝7時過ぎてからジョギングをして、風呂に入り、オカリナの練習をした。メダカ3か所に餌をやると、持ち物を点検して、10時半過ぎに家を出た。高速バスが時間より遅く到着した。

軽い雨が降っていた。バスの中で2回ほど電話が鳴った。出る訳にも行かず、伝言を聴いた。「もう中央口に付いています」。11時の電話だ。Ki君からだった。「O君も来ています」。10分位だったか。11時5分か10分には三宮に着いている筈だった。えらい渋滞で、25分頃に着いた。それまでに3度目の電話が鳴った。

「もしもし、今渋滞中で、三宮には後10分位掛かると思うよ」

「分かりました」

Ki君はそう言った。中央口に着くと、2人は改札口の内側にいた。そのまま大阪に行くからである。後3分もしたら新快速が到着する。私が先頭になって、走ってエスカレーターを上った。まだ来てはいなかった。

優先座席に私とO君は座り、Ki君は立っていた。大阪駅近辺で昼食を食べる事にしていたが心配なので、「スーパードライ梅田」に足を速めた。まだ12時30分にはなっていなかったが、受け付けを済ませてリハーサルをする事にした。と言っても、Ki君がCDの出し入れをしてくれる事になっているので、その練習と、私のオカリナの音の調節の為だった。

出雲高校時代のそれぞれの第何期生かが集まり、総会と懇親会をする。先ず、2時から3時20分までは、毎日新聞社大阪本社の学芸部専門編集委員のT.Sさんによる講演会があった。我々3人はもう昼食は諦めた。「出雲と伊勢を結ぶ線ー大和王権から見た古代出雲」と題した講演だった。

卒業年次によって集まった人数が違う。私達は15期だが、11人が集まった。関西にいる仲間は60人位いるが、中々出て来られないようだ。それでも、人数は多い方だった。3期から出席者があり、今市高等女学校から65期までの出席があった。それで約100人。来賓などは、出雲高校校長、出雲市長など11人。113人の出席となった。

関西だけではなく、少数だが出雲、千葉、長野、宮崎からも出席していた。

講演が終わると来賓紹介と挨拶があり、会計報告、監査報告があり、それらは4時前に終わった。

4時から懇親会となり、高校の校歌と高女の校歌が歌われた。

乾杯となった。私の出番は5時からと言うので、それまで生ビールを薄く嘗めている状態だった。バイキングなので、一通り掻き集めたが、演奏を控えて食べる訳には行かなかった。1時間は、皆が飲んで食べているのを見ていた。

もう宴も酣の頃、私が紹介された。喋るのは極力抑えて、5曲の演奏をした。

1.故郷の原風景

2.聖母たちのララバイ

3.さくらさくら

4.津軽海峡・冬景色

5.恋のバカンス

の5曲である。リハーサルで調整したCDの音量など、全く用を為さなかった。兎に角ステージには、騒々しい声が集音器のように集まって来る。オカリナの音はよく聞こえているようだったが、誰かが、そんなに伴奏の音は聞こえない、と言っていた。前の方のグループはよく聴いてくれていたが、後ろの1部はは仲間同士のお喋りが止まらなかった。こんなに煩い聴衆は初めてだった。

わたしは、Ki君に、CDの音をうんと上げるように言った。それは大音量になった。後で聞くと、もうそれ以上は上げられないものだったそうだ。その位の音でなければ、私にも安心して演奏出来るようには聞こえないのだ。リハーサルで、CD1枚1枚調節をしたにも拘わらず、そんなものは何の役にも立たなかった。

私は、吹き出したら皆黙って聴いてくれるものと思っていた。だが、それは自分勝手な思いだった。1曲終わる毎に大きな拍手が沸き起こる。大半の人は真剣に聴いてくれていたし、何処を見てもこちらを向いてくれている。大声で話している人達にも、問題なくCDの音とオカリナの音はしっかり聞こえているに違いなかった。

ステージ以外の席では、私が感じる程の煩さは感じていなかったかも知れない。両端のスピーカーの位置に問題があるのかも知れなかった。兎に角よく聞こえなくて、1度始めからかけ直して貰った曲もあった。時々聞こえる音に合わせるのが大変だった。リズムを取りながら、勘で吹いている場面もあったし、ある曲は、音がずれていたようだった。

そんな状況でも、演奏する者は只管吹き続けなければならないと言う事を、今日は思い知った。いい経験をした。だが、私は後悔しない演奏をしたと思っている。それは、気持ちを入れ、気持ちを込めて吹くと言う事に置いてだった。こんなに騒がしいのに皆にはよく聞こえているのだ。終わる度に拍手が大きかった。

特に女性の方達は、まるで親衛隊ででもあるかのように、惜しみない視線を私に向けていた。少数のグループだろうが、ステージ上にその騒音が何倍にもなって集音されただけの事だろう。

「恋のバカンス」になると、途中のあの間奏部分。すぐに手拍子が広がった。乗りが良いのだ。終わるとすぐアンコールの声が上がった。私は「広い河の岸辺」を吹いた。

残念なのは騒音だが、そもそも卒業年次がグループになって座っている。懇親会では話したくて堪らないのだ。それを制する事には無理がある。最初の乾杯をしてしまったら、もう歯止めが利かないのだ。私にも、それは十分に予測出来た。乾杯から1時間も経ってからの演奏だ。CDの音さえちゃんと聞こえたら私はそれでいい。だが、皆に聴いて貰う為には、乾杯の前に演奏する事しかない。

終わってから、オカリナに興味のある人達が、色々聞きに来た位だったから、興味を持って聴いて貰えたと思う。

15期の仲間達は、温かく迎えてくれた。私の席の前に、食べ物がわんさと並べられていたのには驚いた。ビールもウイスキーの水割りも。そんなに食べられる筈もないが、仲間の私に対するパフォーマンスだったのだ。

私が毎日どれだけ練習したか、今日の為に安いけれど衣装を娘と揃えに行ったりした。そんな事は全く聴く者には関係のない事だった。聞こえなくて騒がしかったら、これは収拾のつかない事になる。だが、聞こえていて騒がしかったのだから、私はそれを受け入れなければならないのだと思う。飲んで食べていい気分になっているのに、騒がないで、と言う方がおかしいと思えるのだ。

主催者がその辺は考えなければならない事だったと思っている。だが、よく演奏させて貰えたと、今は感謝している。

この後、期別の写真を撮り、お開きとなった。15期は11人いたが、女性が2人用事があるので帰った。9人(女性2人)はジャンカラに行って、1時間半ほど歌った。皆が70歳だなんて思えなかった。高校時代のそのままの仲間のようだった。

解散すると、私とKi君とO君とN君は新快速に乗って、兎に角三宮まで行った。O君は加古川なので、そのまま乗って帰って行った。残った3人はまた居酒屋へ行って飲み直した。いつまでも飲んでいたかったが、Ki君は眠そうだったし、私も三宮からの高速バスには乗りたかった。今日はタクシーも1時間10分の徒歩もご免だった。

Ki君は地下鉄で帰って行った。N君は三宮に住んでいる。そのまま私に傘を差してくれて、高速バスの停留所まで送ってくれた。彼の口利きで出来た演奏だった。また、Ki君にはCDの出し入れをして貰った。2人には感謝したい。

昨日から肩の痛みが半端ではない。「筋肉や関節のつらい痛みビフローゼFB液」を塗って見るのだが、痛みは治まらない。これで治る原因ではなさそうだ。ああ痛い。肩凝りとも違うようだし。

朝から今まで、今日の1日は夜を越して、大いに疲れてしまった。