垂水駅から家までウオーキングを覚悟していた。意を決して歩き始めたのが、夜の11時35分だった。バス道の脇道を歩く。
単なる横道を歩くだけではなく、石段を降りて行って福田川の橋を渡り、また街灯がその役目を果たしている横道に戻る。その石段を降りると道幅は広くなく、少し暗がりになっていた。前に人影があり、それは年嵩の行った年配の女性だと言う事が分かった。私の足はゆっくりではなくウオーキングスタイルの、やや速足である。この女性は、私が左に折れて橋を渡るまでに追い越される事は必定だ。
私の足音が響いている筈である。普通なら少し慣れていても、白昼でも振り返られる。しかし、その女性は振り返らず、真っ直ぐに歩いたかと思えば、右や左に蛇行した。酔っ払っているようだった。私は出来るだけ女性から離れた方向を歩こうとしたが、真横を通る時は向こうの方から私の方に雪崩れ込んで来た。
ぶつかる前にするりと通り抜け、橋を渡った。全く恐怖を感じなかっただろうか。寧ろ私の方が困ったが、同じ歩調になるのも尾行するみたいだし、そのままの速さで歩いて通り越した。
橋を渡り終えると、またバス道の横道に出た。そこは暗いが明るかった。時たま、タクシーの駅に戻っていく赤いテールランプが過ぎて行く。
狭い道に入ると何か動くものがあった。側に行くまで気が付かなかったが、急に逃げ出した。だが、私の歩調が変わらなかったのか、その横を通ってももう動かなかった。猫だ。真っ黒な猫だった。訳も分からなく、背筋がぞくっとした。生垣の匂いがする。暗さの所為で、嗅覚が敏感になっているのだろう。
セブンイレブンの角を曲がると上り坂になっている。その頃丁度真夜中の12時になっていた。日が20日に替わったのである。その先にスナックがあり、まるでクリスマスのような壁一面のイルミネーションが輝いている。昼間は想像出来なかった事だ。
男が歌っている声が外に響いている。騒音がないとこんなにもよく聞こえるのか。3、40メートル離れても結構聞こえている。数台の車の音に掻き消され、もう聞こえないだろうと思った。だが、車が去るとまた聞こえて来る。80メートルも遠ざかっと言うのに、余程大音量で歌っているのだろう。
「もうお仕舞にしましょうね」
と言われながらも去り難く、最後の声を振り絞っているかのようだった。
3人の人影があった。何かがあった時の事を考えて、私がキックを入れたり防御したりしている姿を想像していたが、広いバス道を反対側に渡った。危険な事からは遠ざかる方が賢明だと思ったからである。反対側から右方面を見たが、その3人の陰は何処にもなかった。ひょっとして植込みの木だったかも知れなかった。もし隠れたとしたら怖い事だ。
速い足取りで坂を上る。空はこんな夜なのに、雲が浮いているのが分かる程に見える。月も星もないのに、暗いけれど明るい。こんな表現で分かって貰えるだろうか。
もう半分以上歩いた。汗が滲んで来る。ドコモショップの中が、誰かいるかのように、ステージのように明るい。セブンイレブンは開いていて、人が入って行くのが見えた。12時25分だ。歩き始めてから50分経った。すっかり見慣れたエリアに入った。よく歩いたものだ。あと一息。
家に着くと12時42分だった。掛かった1時間7分は記録更新か。
こうして、この日の目的の為に要した時間は、まるで日々の労働時間のように8時間半だった。
まだまだ明るい、午後4時頃家を出た。
堂島にある三菱東京UFJ銀行、吉野家、ロンドンティールームを曲がるとすぐに目的の店はある。1度来た事があるのを思い出した。だが、大阪駅で下り、見境もなく歩いたので、時間が掛かった事や迷った事は割愛して置こう。
「悠介が招待すると言っていたので」
と言うと、中に案内された。7時30分から始まるが、まだ6時半頃で、人も多くなかった。一番後ろの席に座るように言われたが、いい席だった。低いステージの上にはピアノ、ダブルベース、エレキベース、ドラムスが所狭しと並んでいる。
「ワンドリンクとワンフードをお願いします」
そうボーイは言った。ボリュームセットと生ビールを注文した。普通ならドリンクもフードも、ここの半額位だろう。ボリュームセットと言っても、小型のコロッケ類が2個、カツフライが2枚、ソフトクリームの捻じれた上部を切り取ったようなポテトの入った小さな小さなお菓子のように見えるものが2つあるだけで、そこにクレソンが乗っている。赤と黒の2種類のタレが皿に入っている。それで1,300円だ。
まだ1時間もあるので、ビールもチビリチビリ舐めるように飲んだ。フードは、一気に食べないようにした。横を見るとCDが縦7列、横7列の枠に48枚並べられ、右隅の1枚分の枠には、店の紙のコースターが重ねられていた。寺井尚子のがあった。
顔中CDみたいなのがあり、それを何度も見返した。側に行ってみるとJunko Ochiと書いてあるが、聞いた事はない。しかし、その見つめる顔が横浜の妹、悠介の母親にそっくりなのだ。これには驚いた。
ステージの上には「Sophisticated Jazz Vox Mister Kelly’s since1990」の赤とも朱色とも言えぬネオンの文字があった。サラボーンなどが歌っていた発祥シカゴの店の名前を取ったものだ。
左側の壁には、7月17日に出演する日野皓正のポスターが貼ってある。約15のテーブル。4、50人は入れるだろうこの店は、ライブハウスにしてはやや余裕があると思われる。だが、空いている日は全くない。それだけ有名な店なのだ。
ビールは流石に間もなく飲み切ってしまった。次にジンライムを注文した。だが、その席は6人位が纏まって座れる席で、1人の私は、カウンター席に移動する事になった。途端にピアノに近い、5人並んで座れる席の一番手前に座った。お蔭で、店員が働く姿が目の前で見える。
「ai kuwabara trio project 「Love Theme Release Live Special 2days」に、甥の悠介から招待されていた。2日間あるが、明日20日は予定があって出掛ける事になっている。
今日は、演奏の中身は割愛したいと思う。まるで絵のない額縁だけの話になってしまうが、これも自分勝手な日記の所為である。
私の座るカウンターの席の1つ置いて、まだ見ぬメンバーの1人が座った。ダブルベースの奏者だが、最初からの出番はないからだった。私と2人が聴衆より少し高い所で対面しているようだった。それは、丸い椅子が高かったからだった。小学3年生の頃遠足で、恩師Y先生と2人、友達は周りにいたが、公園のテーブルに向かい合って座っていた事が思い出された。
ピアノ桑原あい。エレクトリックベース森田悠介。ドラムス石若駿。ダブルベース須川崇志。トリオプロジェクトだが、今日は4人での演奏だ。もう4枚目のCDがリリースされ、その発売記念のライブでもある。始まると、私はあいちゃんの背中を見る事になった。しかも2メートルも離れていない。悠介は4メートル先位に立っている。
体を曲げたり、立ち上がったり、激しく動かしながらのピアノ演奏だが、それもパフォーマンスの1つだと私は勝手に思っている。あいちゃんも悠介も石若君も、そのテクニックは凄いとしか言いようがない。
エレクトリックベースとダブルベースと入れ替わると、アコースティックの3人になる。ダブルベース、つまりオーケストラで聴くコントラバスは、そんなに聞こえない。余り響かない楽器として今まで捉えていた。それが今日、全く180度転換してしまった。
アンプに繋いでいるので、音はエレクトリックベースと同じか、それより寧ろ大きく聞こえる。指で弾くが、その低音の正確さ、速さ。超絶技巧のテクニックは、かつて見たり聴いたりした事のないものだった。一言で言えば、「凄い!」。
ピアノとダブルベースのコラボもあった。
悠介のテクニックは流石で、甥だからと言って贔屓目はなくても、その技術には驚く。
1時間程で1部が終了した。すぐに悠介が、握手を求めて来た。
「来てくれてありがとう」
「こっちこそ、呼んでくれてありがとう」
この2人の姿は、全員から丸見えだった事だろう。一体あの老人は何なんだ。
「これ、あいちゃんと悠介君の。それから2つに畳んでいるのは後の2人に上げて欲しいけど」
そう言って、私が毎朝のようにご飯に振り掛ける「しそわかめ」を入れた、白いB5版の封筒を4つ渡した。
「家で、家族と食べて。美味いから」
「そんなに美味いの」
「うん」
「帰りのバスがなくなるといけないので、もう帰るかも知れないけど」
少し残念そうな顔で、その封筒を4つ抱えて、控室に戻って行った。私は逡巡していた。いつでもこの生のライブを聴ける訳ではない。CDと比べると、聞こえに雲泥の差がある。遅れてもタクシーがある。そう思って、2部も聴く事にした。あいちゃんとも話していないし。2部が始まるのは9時からだ。
「おっちゃ~ん」と言って手を出した。あいちゃんだった。
「おっちゃん、元気だった?」
「僕はもうアラセブだよ」
暫くして、
「あー、そうか」
「あいちゃんは・・」
「アラツー」
「そうか、そう言うんだ。10代はどうだろう」
「アラテン!」
他愛のない事を話していると、もう始まりの9時だ。この2人の姿を、皆は眺めているだろう。そんな時間だったのだ。
「オッチャンが帰ると聞いたので」
「勿体ないから聴くことにしたよ」
そう聞くとピアノに向かった。すぐにピアノの音が鳴り始めた。
4人で演奏する場面もあったが、出入りして交代するのは、アコースティックとエレキのベースだった。
ピアソラのフィナーレが好きだと言って演奏したが、ピアノの弦を抑えて弾く奏法が新鮮だった。初めと後にだけ、そんなピアノらしからぬ音が鳴った。どの曲も、ジャズは自分を主張するのだろう。輪郭が明瞭で、掛け合いをしながら乗っていける
。今回の4thアルバムはカバーアルバムで、編曲も面白かったし、ビートルズの曲もあったりで、大きな進歩が感じられた。
「もう何言ってんでしょうね。酸素がなくなって、話したくない」
とMCで笑わせた。でも、本当に酸欠だったかも知れない。面白いキャラで楽しませてくれる。これで行けばいいのではと思った。
1時間で終わりアンコールも終えて、悠介が側に来た。
「演奏旅行、今度は何処に行くの」
「スイス、ドイツ、イタリア、フランスかな」
6月の終わりから約3週間。いい演奏をして来る事だろう。すぐに、CDのサインをしたり話したりする為に、彼は外に出た。私は、2部ではまたジンライムを注文して飲んでいた。
「カクテル、そんなに上手く出来たらいいね。何処かで勉強したの」
「いいえ、ここで覚えて自己流ですよ」
「それ、カシス?」
「いいえ、カンパリです」
「ああ、そうか」
始まった頃、カウンターの中の女性とそんな話をしていた。
「ありがとう」
そう言って、伝票を持って並んだ。チビチビけちけちやって、3,900円の出費だった。市販の缶ビールやピーナッツ等の持ち込みが許されるのならもっと飲めるが、そう言う訳には行かない。
やっと支払いを済ませトイレから戻ると、CDを買いサインを求める行列が出来ていた。
座って、サインが回って来たら書こうとしているダブルベースとドラムスの男と話しをした。
「凄いダブルベースのテクニックでしたね」
とか、
「質問したいのだけど、ドラムはどのようにして運ぶの」
とか。
シンバルだけ自分のものを持って来ているそうだ。
サインの列があったけれど悠介に、
「帰るわ」
と言った。握手をした。あいちゃんも手を伸ばし、
「出雲に行きましたよ」
「また、ゆっくり話したいね」
と言って握手した。石若君とも須川君とも握手をしてその場を離れた。
「おっちゃん、元気でね」
あいちゃんの声を私の背中が受けていた。
あいちゃんは一昨年、悠介も一緒に、「東京ジャズ」に出演した。チックコリアの1つ前の演奏だった。その実力は十分に認められているからの出演だ。日本のジャズコンテストに出て1位になった。それもあって、今度の外国演奏旅行も実現する。もう悠介ともプロジェクトは4年になるが、それから外国にはよく呼ばれて行っているようだ。
「抱く女 抱かない女」。これは「だく女 だかない女」とは,私は読ませていない。タイトルに吃驚した人も勿論いると思うが、それも狙いだった。日本語の面白さもあるのだ。
「いだく」と読んで貰いたいのだ。
「『望みを』抱(いだ)く女 『望みを』抱(いだ)かない女」。あいちゃんは、そんな望みを小さい頃から抱いていた。そして、その強い望みが、若くしてこのような素晴らしいプレーヤーにした。
ドラムスの石若君は、小学生の頃からドラムを始めたと言った。
望みを持つ事は、実現する事への大きな目的だ。望みを抱かぬのは、女にしても男にしても同じ事が言えるのではないだろうか。夢も希望もなかったら、この世では如何にも勿体ない。「思った時が吉日」と言うのは、とてもいい言葉だ。歳に関係なく始められる事を意味している。何かを1つやる。これが大切ではないだろうか。あれこれしている内に、きっと楽しくなる領域にまでは達する筈だ。
私はもう歳ではあるが、そんな事言ってはいられない。上手い人は五万といる。比べても仕方がない。やる事をやれるだけやれる時にやってみよう。そう思わせるライブだった。ここまで凄くはなれはしないが、抱く女ならぬ抱く男になりたいと思う。
お騒がせしたかな、このブログのタイトル。
単なる横道を歩くだけではなく、石段を降りて行って福田川の橋を渡り、また街灯がその役目を果たしている横道に戻る。その石段を降りると道幅は広くなく、少し暗がりになっていた。前に人影があり、それは年嵩の行った年配の女性だと言う事が分かった。私の足はゆっくりではなくウオーキングスタイルの、やや速足である。この女性は、私が左に折れて橋を渡るまでに追い越される事は必定だ。
私の足音が響いている筈である。普通なら少し慣れていても、白昼でも振り返られる。しかし、その女性は振り返らず、真っ直ぐに歩いたかと思えば、右や左に蛇行した。酔っ払っているようだった。私は出来るだけ女性から離れた方向を歩こうとしたが、真横を通る時は向こうの方から私の方に雪崩れ込んで来た。
ぶつかる前にするりと通り抜け、橋を渡った。全く恐怖を感じなかっただろうか。寧ろ私の方が困ったが、同じ歩調になるのも尾行するみたいだし、そのままの速さで歩いて通り越した。
橋を渡り終えると、またバス道の横道に出た。そこは暗いが明るかった。時たま、タクシーの駅に戻っていく赤いテールランプが過ぎて行く。
狭い道に入ると何か動くものがあった。側に行くまで気が付かなかったが、急に逃げ出した。だが、私の歩調が変わらなかったのか、その横を通ってももう動かなかった。猫だ。真っ黒な猫だった。訳も分からなく、背筋がぞくっとした。生垣の匂いがする。暗さの所為で、嗅覚が敏感になっているのだろう。
セブンイレブンの角を曲がると上り坂になっている。その頃丁度真夜中の12時になっていた。日が20日に替わったのである。その先にスナックがあり、まるでクリスマスのような壁一面のイルミネーションが輝いている。昼間は想像出来なかった事だ。
男が歌っている声が外に響いている。騒音がないとこんなにもよく聞こえるのか。3、40メートル離れても結構聞こえている。数台の車の音に掻き消され、もう聞こえないだろうと思った。だが、車が去るとまた聞こえて来る。80メートルも遠ざかっと言うのに、余程大音量で歌っているのだろう。
「もうお仕舞にしましょうね」
と言われながらも去り難く、最後の声を振り絞っているかのようだった。
3人の人影があった。何かがあった時の事を考えて、私がキックを入れたり防御したりしている姿を想像していたが、広いバス道を反対側に渡った。危険な事からは遠ざかる方が賢明だと思ったからである。反対側から右方面を見たが、その3人の陰は何処にもなかった。ひょっとして植込みの木だったかも知れなかった。もし隠れたとしたら怖い事だ。
速い足取りで坂を上る。空はこんな夜なのに、雲が浮いているのが分かる程に見える。月も星もないのに、暗いけれど明るい。こんな表現で分かって貰えるだろうか。
もう半分以上歩いた。汗が滲んで来る。ドコモショップの中が、誰かいるかのように、ステージのように明るい。セブンイレブンは開いていて、人が入って行くのが見えた。12時25分だ。歩き始めてから50分経った。すっかり見慣れたエリアに入った。よく歩いたものだ。あと一息。
家に着くと12時42分だった。掛かった1時間7分は記録更新か。
こうして、この日の目的の為に要した時間は、まるで日々の労働時間のように8時間半だった。
まだまだ明るい、午後4時頃家を出た。
堂島にある三菱東京UFJ銀行、吉野家、ロンドンティールームを曲がるとすぐに目的の店はある。1度来た事があるのを思い出した。だが、大阪駅で下り、見境もなく歩いたので、時間が掛かった事や迷った事は割愛して置こう。
「悠介が招待すると言っていたので」
と言うと、中に案内された。7時30分から始まるが、まだ6時半頃で、人も多くなかった。一番後ろの席に座るように言われたが、いい席だった。低いステージの上にはピアノ、ダブルベース、エレキベース、ドラムスが所狭しと並んでいる。
「ワンドリンクとワンフードをお願いします」
そうボーイは言った。ボリュームセットと生ビールを注文した。普通ならドリンクもフードも、ここの半額位だろう。ボリュームセットと言っても、小型のコロッケ類が2個、カツフライが2枚、ソフトクリームの捻じれた上部を切り取ったようなポテトの入った小さな小さなお菓子のように見えるものが2つあるだけで、そこにクレソンが乗っている。赤と黒の2種類のタレが皿に入っている。それで1,300円だ。
まだ1時間もあるので、ビールもチビリチビリ舐めるように飲んだ。フードは、一気に食べないようにした。横を見るとCDが縦7列、横7列の枠に48枚並べられ、右隅の1枚分の枠には、店の紙のコースターが重ねられていた。寺井尚子のがあった。
顔中CDみたいなのがあり、それを何度も見返した。側に行ってみるとJunko Ochiと書いてあるが、聞いた事はない。しかし、その見つめる顔が横浜の妹、悠介の母親にそっくりなのだ。これには驚いた。
ステージの上には「Sophisticated Jazz Vox Mister Kelly’s since1990」の赤とも朱色とも言えぬネオンの文字があった。サラボーンなどが歌っていた発祥シカゴの店の名前を取ったものだ。
左側の壁には、7月17日に出演する日野皓正のポスターが貼ってある。約15のテーブル。4、50人は入れるだろうこの店は、ライブハウスにしてはやや余裕があると思われる。だが、空いている日は全くない。それだけ有名な店なのだ。
ビールは流石に間もなく飲み切ってしまった。次にジンライムを注文した。だが、その席は6人位が纏まって座れる席で、1人の私は、カウンター席に移動する事になった。途端にピアノに近い、5人並んで座れる席の一番手前に座った。お蔭で、店員が働く姿が目の前で見える。
「ai kuwabara trio project 「Love Theme Release Live Special 2days」に、甥の悠介から招待されていた。2日間あるが、明日20日は予定があって出掛ける事になっている。
今日は、演奏の中身は割愛したいと思う。まるで絵のない額縁だけの話になってしまうが、これも自分勝手な日記の所為である。
私の座るカウンターの席の1つ置いて、まだ見ぬメンバーの1人が座った。ダブルベースの奏者だが、最初からの出番はないからだった。私と2人が聴衆より少し高い所で対面しているようだった。それは、丸い椅子が高かったからだった。小学3年生の頃遠足で、恩師Y先生と2人、友達は周りにいたが、公園のテーブルに向かい合って座っていた事が思い出された。
ピアノ桑原あい。エレクトリックベース森田悠介。ドラムス石若駿。ダブルベース須川崇志。トリオプロジェクトだが、今日は4人での演奏だ。もう4枚目のCDがリリースされ、その発売記念のライブでもある。始まると、私はあいちゃんの背中を見る事になった。しかも2メートルも離れていない。悠介は4メートル先位に立っている。
体を曲げたり、立ち上がったり、激しく動かしながらのピアノ演奏だが、それもパフォーマンスの1つだと私は勝手に思っている。あいちゃんも悠介も石若君も、そのテクニックは凄いとしか言いようがない。
エレクトリックベースとダブルベースと入れ替わると、アコースティックの3人になる。ダブルベース、つまりオーケストラで聴くコントラバスは、そんなに聞こえない。余り響かない楽器として今まで捉えていた。それが今日、全く180度転換してしまった。
アンプに繋いでいるので、音はエレクトリックベースと同じか、それより寧ろ大きく聞こえる。指で弾くが、その低音の正確さ、速さ。超絶技巧のテクニックは、かつて見たり聴いたりした事のないものだった。一言で言えば、「凄い!」。
ピアノとダブルベースのコラボもあった。
悠介のテクニックは流石で、甥だからと言って贔屓目はなくても、その技術には驚く。
1時間程で1部が終了した。すぐに悠介が、握手を求めて来た。
「来てくれてありがとう」
「こっちこそ、呼んでくれてありがとう」
この2人の姿は、全員から丸見えだった事だろう。一体あの老人は何なんだ。
「これ、あいちゃんと悠介君の。それから2つに畳んでいるのは後の2人に上げて欲しいけど」
そう言って、私が毎朝のようにご飯に振り掛ける「しそわかめ」を入れた、白いB5版の封筒を4つ渡した。
「家で、家族と食べて。美味いから」
「そんなに美味いの」
「うん」
「帰りのバスがなくなるといけないので、もう帰るかも知れないけど」
少し残念そうな顔で、その封筒を4つ抱えて、控室に戻って行った。私は逡巡していた。いつでもこの生のライブを聴ける訳ではない。CDと比べると、聞こえに雲泥の差がある。遅れてもタクシーがある。そう思って、2部も聴く事にした。あいちゃんとも話していないし。2部が始まるのは9時からだ。
「おっちゃ~ん」と言って手を出した。あいちゃんだった。
「おっちゃん、元気だった?」
「僕はもうアラセブだよ」
暫くして、
「あー、そうか」
「あいちゃんは・・」
「アラツー」
「そうか、そう言うんだ。10代はどうだろう」
「アラテン!」
他愛のない事を話していると、もう始まりの9時だ。この2人の姿を、皆は眺めているだろう。そんな時間だったのだ。
「オッチャンが帰ると聞いたので」
「勿体ないから聴くことにしたよ」
そう聞くとピアノに向かった。すぐにピアノの音が鳴り始めた。
4人で演奏する場面もあったが、出入りして交代するのは、アコースティックとエレキのベースだった。
ピアソラのフィナーレが好きだと言って演奏したが、ピアノの弦を抑えて弾く奏法が新鮮だった。初めと後にだけ、そんなピアノらしからぬ音が鳴った。どの曲も、ジャズは自分を主張するのだろう。輪郭が明瞭で、掛け合いをしながら乗っていける
。今回の4thアルバムはカバーアルバムで、編曲も面白かったし、ビートルズの曲もあったりで、大きな進歩が感じられた。
「もう何言ってんでしょうね。酸素がなくなって、話したくない」
とMCで笑わせた。でも、本当に酸欠だったかも知れない。面白いキャラで楽しませてくれる。これで行けばいいのではと思った。
1時間で終わりアンコールも終えて、悠介が側に来た。
「演奏旅行、今度は何処に行くの」
「スイス、ドイツ、イタリア、フランスかな」
6月の終わりから約3週間。いい演奏をして来る事だろう。すぐに、CDのサインをしたり話したりする為に、彼は外に出た。私は、2部ではまたジンライムを注文して飲んでいた。
「カクテル、そんなに上手く出来たらいいね。何処かで勉強したの」
「いいえ、ここで覚えて自己流ですよ」
「それ、カシス?」
「いいえ、カンパリです」
「ああ、そうか」
始まった頃、カウンターの中の女性とそんな話をしていた。
「ありがとう」
そう言って、伝票を持って並んだ。チビチビけちけちやって、3,900円の出費だった。市販の缶ビールやピーナッツ等の持ち込みが許されるのならもっと飲めるが、そう言う訳には行かない。
やっと支払いを済ませトイレから戻ると、CDを買いサインを求める行列が出来ていた。
座って、サインが回って来たら書こうとしているダブルベースとドラムスの男と話しをした。
「凄いダブルベースのテクニックでしたね」
とか、
「質問したいのだけど、ドラムはどのようにして運ぶの」
とか。
シンバルだけ自分のものを持って来ているそうだ。
サインの列があったけれど悠介に、
「帰るわ」
と言った。握手をした。あいちゃんも手を伸ばし、
「出雲に行きましたよ」
「また、ゆっくり話したいね」
と言って握手した。石若君とも須川君とも握手をしてその場を離れた。
「おっちゃん、元気でね」
あいちゃんの声を私の背中が受けていた。
あいちゃんは一昨年、悠介も一緒に、「東京ジャズ」に出演した。チックコリアの1つ前の演奏だった。その実力は十分に認められているからの出演だ。日本のジャズコンテストに出て1位になった。それもあって、今度の外国演奏旅行も実現する。もう悠介ともプロジェクトは4年になるが、それから外国にはよく呼ばれて行っているようだ。
「抱く女 抱かない女」。これは「だく女 だかない女」とは,私は読ませていない。タイトルに吃驚した人も勿論いると思うが、それも狙いだった。日本語の面白さもあるのだ。
「いだく」と読んで貰いたいのだ。
「『望みを』抱(いだ)く女 『望みを』抱(いだ)かない女」。あいちゃんは、そんな望みを小さい頃から抱いていた。そして、その強い望みが、若くしてこのような素晴らしいプレーヤーにした。
ドラムスの石若君は、小学生の頃からドラムを始めたと言った。
望みを持つ事は、実現する事への大きな目的だ。望みを抱かぬのは、女にしても男にしても同じ事が言えるのではないだろうか。夢も希望もなかったら、この世では如何にも勿体ない。「思った時が吉日」と言うのは、とてもいい言葉だ。歳に関係なく始められる事を意味している。何かを1つやる。これが大切ではないだろうか。あれこれしている内に、きっと楽しくなる領域にまでは達する筈だ。
私はもう歳ではあるが、そんな事言ってはいられない。上手い人は五万といる。比べても仕方がない。やる事をやれるだけやれる時にやってみよう。そう思わせるライブだった。ここまで凄くはなれはしないが、抱く女ならぬ抱く男になりたいと思う。
お騒がせしたかな、このブログのタイトル。