「獺祭(だっさい)が飲みたいです」

と言ったら、和田岬の酒屋さんが、

「獺祭を飲む会をしますよ」

と言った。恐ろしくタイミングの合う話だった。

そして、その日が来た。今日16日、午後6時からSさんの店に行った。よく誘って貰えたものだ。子供みこしのご縁もあって、シマさんも一緒だ。

例の店の隅に、10人ちょっとの人達が陣取れるスぺースが設えられていた。男性6、7人、女性4人だったか。

それが、或る高校の仲間達。校長もいれば教頭もいる。PTAの女性会長もいる。勿論子供みこしでも一緒だった女医さんもいる。初めて会った人の方が多かったが、すぐに溶け込めた。

ビールは飲み放題。やがて、桐の箱に入った獺祭が運ばれた。リキュールのグラスが11個並べられ、均等に注がれた。シマさんは写真を撮るのに余念がない。シマさんのブログに行けば、その様子は丸分かりとなるだろう。

乾杯をして、2割3分まで酒米を削った獺祭を口にした。少量だが、1杯1,000円位の値打ちものだ。甘い、フルーティーの香りと味がした。オバマ大統領に安倍首相が土産に持参した酒。山口県の小さな酒蔵の酒だった。東京で有名になり、今では中々手に入らない。この店では、店主が顔が効き、77%もコメを削ったこの獺祭を飲む事が出来た。

オバマ大統領に持参したものは、1割5分のものだったと言うから、驚きを隠せない。私の横にいる高校の教頭先生は、一気に飲んでしまった。他の者は、ゆっくり味わって飲んだ。旨いと思った。流石の酒である。

その後シマさんが注文していた、マリーさんの地元の酒能代を飲む事にした。県外には売られていない酒だ。だが、この店主は顔が広い。その酒が手に入っていたのだ。

「こんなに素敵なメンバーに、飲ませない訳には行かないでしょう」

と私は言って、皆を喜ばせた。別に人気取りをする積もりなどなかった。味は、獺祭と能代とでは随分違った。

「八代亜紀と青江美奈の違いでしょう」

そう言うと、どっと笑いが毀れた。

「上手い例えですね」

と、教職関係ではない人が言った。抹茶のお酒も振る舞われた。サンゼンベロ(3千円でベロベロ)だったが、高いとは思わなかった。それは、話が弾んだからだった。シマさんも、よく喋っていた。

私は知らなかったが、私をよく知っている女性がいて、「え~~~」と言った。

「オリエンタルホテルで演奏して貰えますか。ギャラは幾らですか」

と言った人がいた。

「10万円くれる所もあれば、何もくれない所もあります。私はプロではありませんから、主催者任せです」

とちょっと誇張して言った。演奏させて頂けるなら、それでいいのである。

「私が主役の時はシマさんが脇役で、シマさんが主役の時は私が脇役で演奏しますよ」

と、2人でやれる事も宣伝して置いた。さて、私の演奏を聴いていないのだから、オリエンタルホテルの人は困っているだろう。

6時から始まったこの会も、もう8時半になろうとしていた。

「オカリナ持って来ていますか」

と誰かが言った。鞄には、いつでも吉塚のソプラノC管は入れている。お守りみたいなものだ。そして、1曲吹く破目になった。

「沢山飲んでいるので、どんな風になるか分かりませんが、宗次郎さんの無伴奏の曲『水心』を吹きます」

そう言うと、

「立って吹くのは辛いので、椅子を持って来て下さい」

と言った。そうして、徐に吹き始めた。最初の「ラ」の音をどう出そうかと思った。最初の1音が大切なのだ。飲んでいても、言い訳は出来ない。今ここで、私の力量が試されるのだ。皆も飲んで聴いているのだと思った瞬間に、私は吹き始めた。

向こうには、他のお客さんもいる。椅子に座って、目を閉じたまま、自分の音を追いかけた。終わってみると、私のこんなに拙いオカリナにも、拍手をしてくれた。

ここにいる人達は、店主とシマさんを除いて初めて聴いたと思う。事実、こんな近くでオカリナを聴いた事はないだろう。

「感動した」

と言った。私には感動かどうかは分からない。飲んでいて、はっきりしないのだ。終わり頃になって私は立ち上がり、最後を吹き終えていた。

「感動しました」

それを何遍も言った人もいたし、私にハイタッチをしに来た女性もいた。態々握手をしに来た人もいた。オカリナって、そんな力が潜んでいるのだ、と思った。オカリナを悪く言う人は、本当にいないのである。

「女性ばかりの会だけど、演奏して貰えますか」

なんて聞く人もいて、何だか楽しくなって来た。間違ったり、酒の所為にして拙い演奏をしていたら、どうなっていただろう。そんな事を思えば、吹いて良かったと思えた。

お開きになり、それぞれが分かれた。シマさんと地下鉄海岸線和田岬駅に行った。すると、4人の人がこちらを見ずにホームにやって来た。向こうに行ってしまいそうになったので、声を大きくした。するとこちらを向いて、PTAの女性会長がこちらに来て、またハイタッチをした。シマさんにも私にも。

上りと下りに分かれて、シマさんが先ず上りに乗って三宮方面に行った。1人は話し込んでいて、それには乗り遅れた。

2人の男性と女性とは新長田駅で別れ、教職以外の男性と地下鉄を乗り継いだ。西神中央駅まで行くと言う。私は、名谷駅で降りる。また、その人は惜しげもなく話す。

「本当に感動しました」

もうここまで言われると本当だろうと疑わなかった。感動して貰えてよかった、と素直に思った。

握手をして地下鉄を降りると、最近発売されたものと思えるアイス、見た事のない箱のピノを買ってバスに乗った。早速箱を開けると、1個ころころと通路に転がった。仕方がない。残りの5個を、結構な速さで食べ終えた。

私の降りるバス停で立つと、少し溶けたピノが、床にへばりついていた。それを無感動のまま見過ごすと、すぐに210円を料金箱に入れてバスを降りた。

地下鉄だけの話だが、初めて敬老優待乗車証に1,000円をチャージした。それなのに、往復でも720円が残っている。普通なら460円が残る事になる。子ども料金で乗れる喜びを初めて体験した。古稀になるのも悪くない、と思った。

獺祭は、決してダサい酒ではない。ただフルーティーである。人それぞれだろうが、私は流石に旨い酒だと思った。5割5分の能代は、本来の酒の味がする。これはこれで、流石マリーさんのお膝元、大変に旨い酒である。随分前に、マリーさんに貰った酒だが、皆が感動した酒だった。

能代は1本10万円もするのもある。そんな酒、全く飲む必要もないが、飲める訳もない。庶民でも飲める能代は、実は仲間のTさんに私とシマさんのCDを是非聴きに来るように言われていて、お土産に能代を持って行こうと言う事になっていた。滅法酒が好きで酒に強いTさんには、打ってつけのお土産になるだろう。

Tさんが自分のオーディオで私のCDを聴いた時、素敵に聞こえるから是非来るようにと言っていた。私は数万円のラジカセで聴いているが、彼のオーディオは、1千万円を超える代物なのだ。大して上手くもないCDだが、そのオーディオでどんな音になるか楽しみではある。

その日が、1週間後に迫っている。カワウソは自ら獲った魚を並べて食べるが、人間も祖先へのお供えを並べる。丁度そんな風に感じる為に、獺祭と名付けたこの酒は、アメリカ合衆国の大統領と一緒に飲んでいるような気にさせた。