1時半和田宮公園に集合となっていた。それだけの指示なので、早く行かなければ困る事になっては困る。

10時45分のバスで出かけた。名谷駅から地下鉄で、新長田まで行く。海岸線に乗り換えて、和田岬駅で降りる。11時50分頃だった。餃子の店「艶楼(えんろ)」に入った。土曜日なのでお客は1人。私が店を出る迄には数人が出入りした。ママは15年前だったかこの店を出した頃から知っている。旦那とは長い間会っていなかったが、この日は会う事が出来た。剛柔流の空手有段者だ。ママは、異風な美人である。

大阪風のパリパリ餃子は本当に美味い。ビールがあれば言う事ないが、1時半からは三石神社の例大祭で子供みこしが繰り出す。私は子供と一緒に歩く係だ。氏子ではないが、総代と15年位前に知り合った。先日の打ち合わせで「センベロ」が何かを教えてくれた、男。シマさんが公園の円形のベンチに座っていた。

法被と鉢巻(手拭い)を貰って、三石神社に戻った。神輿は4基あり、その一つである南部に私とシマさんは所属した。子どもは就学前の子や小学生の子達で、20人はいた。背の高い女の子もいるが、それも小学6年生だった。

担当の地域を回り始めた。総代は私に黄緑色の襷を渡した。「三石神社子供みこし係」と書いてある。人遣いが上手い。私に笛も渡した。昔のホイッスルだ。「ピッピッ」「わっしょいわっしょい」の「ピッピッ」の役である。

何故ワッショイか。諸説あるが、私は韓国から入って来た言葉だと思っている。「ワッソワッソ」は、来た来たと言う意味で、神様がやって来たと言う掛け声だと聞いた事があるからだ。何か信憑性がありそうだ。

店舗が殆どだが、各家を隈なく巡り、その前で「三石神社みこし唄」を唱える。唄うにしては、相撲甚句みたいで、歌とは言い難い。

何度唱えた事だろう。「祝いめでたの若松様よ(そりゃ) 枝も栄えて 葉も繁る葉も繁る 千代の神いさめ(そりゃ) (ワッショイ ワッショイ)」。

やっと覚えて唱えられるようになった。楽譜でもあればと思うが、伝承された文句であろう。楽譜などなく、口伝である。

祝儀をくれる店もある。3時前に休憩があり、子供はジュース、大人もジュース。但し、大人の場合はアルコール1パーセントと言う代物。たった1パーセントなのに、少し気分が良くなり、お爺ちゃんは座り込み、そのままリタイアーした。

店の前に神輿を止めると、拍子木が鳴る。大きな声では歌わない。「祝いめでたの・・」、そう唄い出す。何度唱えただろう。曇り空なのが救いで、疲れはしたが暑くなかった。

和田宮公園を通り過ぎて三石神社に着いたのが4時頃だっただろうか。持っていた幟と笛を返し、法被を着たまま、和田宮公園に集合した。300円の金券を貰った。シマさんと300円のベビーカステラに換えた。孫がきっと喜ぶと思ったからだ。

その足で大石商店に行き、簡単な反省会だ。反省などまったくしないで、短い時間、只管飲んだ。ポテトチップスが頗る美味い。ビール、そして何故か芋焼酎のお湯割りと水割りを飲んだ。

この店に来る前に、解散前の長身の6年生に聴いた。女の子なので陸上競技でもしていると思ったのである。

「空手とピアノと卓球」

と言った。空手は厭だと言っていた。卓球が一番好きだと言ったので、頑張るように言った。

「空手は役に立たないから厭」

と言うその女の子に、

「しつこい男の人を追い払う時に役立つよ」

と言った。

もう一人の女子は、

「書道と塾」

と答えた。

「大石」に行くと、もう4人がビールを飲んでいた。すぐに10人程になった。明日は雨だろうが、宮司さんはやろうと言っていると言う。明日も今日と同じようにみこし唄を唱えて練り歩く。明日は、中学生が参加する。その後、4基の神輿に関わった者達が、三石神社でちゃんとした反省会をすると言う。反省すると言うのは、飲む事なのだ。

シマさんと別れると、餃子の店「艶楼」に行った。生の餃子を持ち帰る為だ。小さな小さな餃子が25個入って1,250円。

家に帰ると、まだ孫がいて2人共眠っていた。暫くして上の子が起き出して来て、私の所に来た。

「これ、何?」

「ベビーカステラ」

「これ大好き」

と言って食べ始めた。もう唐揚げでご飯は食べていたが、餃子も少し食べさせた。

6月27日に、もう1度大きな? 反省会をするそうだ。23日には「獺祭(だっさい)」を飲む会をするらしい。地域の会社の偉い人が10人位集まるそうで、私にも来るように言われた。だけど、私は偉くないので多分行かないだろう。

和田岬とは、地域の結び付きが強く、とても心の温かい人の多い所である。