一つのイベントが終わった。
今日は大阪を歩いてみようと思って出かけた。だが、もう少し先を広げて京都に行ってみようと急遽変更した。
阪急電車は十三で乗り換え、四条河原町に着いた。三条に行くバイパスのような通り、そこには路地のようなしかし真っ直ぐな先斗町がある。古い佇まいを残した狭い通りの両側は、神戸や大阪にはないような割烹などの店が並んでいる。昨日一昨日と無防備に食べた結果体重計は警報を伝えていた。
朝は一束のソーメンにしたので、お腹が減っていた。
蕎麦屋さんに行こうと思ったが、暖簾が出ていなかった。すぐ近くの店に、チョークで4つの定食名が書いてあった。「割烹こう一」と言う店で、何気ない入口だが品のある店だった。とと松定食を注文した。
一握りの酢飯の上に新鮮な数種の刺身が乗っている。おでんが出て来た。大根、ちくわ、たまご、こんにゃく。美味いなんてもんじゃなかった。こんなこんにゃく、歯応えも良く、食べた事もないものだった。赤だし風の麩の味噌汁がお椀と共にまたいい。
3人のお客がが出て行って、外国人の女性が2人入って来た。予約していただろう4人のビジネスマン風の男達も入って来た。10人位収容出来る、こじんまりした店だがまた京都に来たら、先斗町のこの店に来たいと思った。
サッポロラガービールの瓶のラベルが何となくレトロに感じられ、引き付けられた。
店を出ると歌舞練場の前に来た。5月1日から24日迄の期間限定の鴨川をどりがあるのが分かった。これを逃す手はない。鴨川を見下ろしながら歩き道路の向こう側に渡ると、そこで目に入ったのが「池田屋騒動之址」の石碑だった。
元治元年(1864年)に討幕派がクーデターを起こす計画を知った新撰組。池田屋で審議中の長州、土佐、肥後藩の尊王攘夷派の志士20名を近藤勇率いる新撰組が襲撃し、多くの死傷者を出した事件のあった場所が、ここだったのである。
暫く見てから、近くの明治屋に入った。入口にはココナツバージンオイルの瓶があり、1,000円もしなかった。スリランカ製品だ。
この店は2階もあり、お酒のあてになるものなど商品も豊富だ。探し求めていたコンビーフがあり、それを買った。いつも100円以下のレトルトカレーやハヤシを買って食べているので、この際400円を超すレトルトカレーやハヤシの箱入りを1個ずつ買った。今までは見えなかった肉が、今度は固まりになって現れる事だろう。
2階の降り口に「なつかしの味」と書いて透明な袋に入ったビスケットがあった。即座に子供の頃に食べたものと同じものだと分かった。色んな動物の片面に、ふっくらと着色された砂糖のような塊が付いている。薄い桃色、黄色、緑、白と言った具合だ。懐かしく、これも買う事にした。この味をどう思うか、孫に食べさせてみたいものだ。
時間があるので、名古屋が発祥だと聞いたKoeda’s Coffee店に入った。スタバも近くにあるが、初めてのこの短かな螺旋状の階段を上った。コーヒーはブラック。味も満更でもなかった。近くの女性がハンバーガーを注文した。その大きさを見て、圧倒された。
出掛けにウインドウを見て、足が止まった。カツサンドの大きい事。今はもう食べられないが、今度来た時は、これに挑戦だ。「割烹こう一」とどちらにするか戦いになりそうだ。
歌舞練場の前の看板には、先斗町お茶屋営業組合、先斗町芸妓組合、先斗町歌舞会、鴨川学園と並んでいた。
千鳥の沢山飛んでいる緞帳。もう1つあるようで、それは浮世絵に出て来るような人物の刺繍された緞帳だった。大丸や高島屋デパート、そして月桂冠などの酒造所の提供だ。段を為して並ぶ数多い提灯が芝居小屋のような昔の面影を呼び覚ます。
花姿5場は、三蔵法師の物語だった。天竺へお経を戴きに行く迄の出来事が、まるで芝居を観るようだった。孫悟空や猪八戒や沙悟浄を従える時の場面。魔物が美女になりすまし誘惑する場面で、最後には本性を現した魔物を退治する。金閣王や銀閣王とも戦い、遂には瓢箪の中に閉じ込めた後、天竺に向かう所で幕引きだ。宝塚歌劇のようでもあり、京劇のような面を被る所もあり、人形浄瑠璃のようでもあり、篠笛や太鼓や謡がそれらの劇を盛り上げる。
10分の休憩の後、四季比べでは舞子や芸妓が踊りを繰り広げる。テレビでは観るものの、目の前で本物が踊る姿を観た事がない。指の動きや扇の捌きが美しい。身のこなしは歌舞練場と言うだけあって、舞子や芸妓の弛まぬ習練を思わせる。
長い帯の舞子が5人、赤い襟の覗いた黒い着物の芸妓が4人。その踊りは艶やかだ。白内障が進んでいるのか、はっきり顔は分からない。2階と言う事もあるだろうが、これならまたいつか、手術後に来る事になるだろう。
13人の踊りになり、最後は17人の華々しく艶やかな踊りとなった。いつまでも残して置きたい伝統芸能を観させて貰った。外国人も観ている。舞子さんも1人で空いた席で観ている。そんな中で、私も観ている。
3階では土産品が販売されている。扇などは5,000円前後した。パンフレットは600円もするので、買わなかった。
2階からすぐそこを流れる鴨川を眺める。出口付近で舞子さんとすれ違った。こんな事は普段の私にはない。なんとその白塗りの化粧の顔や着物姿が美しいのだろう。旦那衆もいるようなそんな溜まり場所で、頬と頬が過ぎる程の近くですれ違う時の綺麗さは、例えようもなかった。
外に出ると鴨川縁の芝生に座り、暫く眺めていた。水が濁っているのか淀みが出来ている部分があり、泡沫はかつ消えかつ結びてじゃないけれど、その部分的濁りがなければいい、と思った。ぽつぽつと眺めたり語り合ったりしている人達がいるかと思えば、トランペットを吹いている学生風の女性もいた。
川床の並ぶ四条河原の石段を上り、四条河原町駅へと向かった。そこへ行くまでに菓子司寛永堂があり、そこでカキ氷の宇治金時をを食べた。流石に上等の宇治茶が掛けられており、小さな白玉が3つ、中には金時が隠されていた。その甘い事。氷なのに冷たくはなく、甘いお菓子を食べているようだった。
散々贅沢をした挙句、面倒臭いので阪急電車で梅田で乗り換えると、そのまま新開地で山陽電車の普通に乗り継ぎ須磨まで行き、後から入って来た急行に乗ると垂水まで戻った。日が長くなったのが感じられる程、夕方を過ぎても周りは明るかった。
贅沢序でに「酒肴屋くやすけ」に行き、生ビールと泡盛を飲んだ。注文したものはコロッケ、つくね、四万十川の鰻の白焼きだ。どれもこの店は美味い。少々値は張るが、後で後悔すると言う事はない。この鰻は5切れしかないが、1切れ350円程にもなる。勿論生しらす丼が目当てではあった。
滅多にない贅沢三昧で、2日前の別府公民館登録団体研修会でのオカリナ演奏と講演を全て流した。明日から、朝はココナツバージンオイルを塗った食パンとミルク。昼は安い方のレトルトカレーと温泉卵。夜は孫達の為に作られるものか家にあるもので済ます生活が始まる。
こんなメリハリのある生活もたまには必要だと思ったのである。
2015.5.19
今日は大阪を歩いてみようと思って出かけた。だが、もう少し先を広げて京都に行ってみようと急遽変更した。
阪急電車は十三で乗り換え、四条河原町に着いた。三条に行くバイパスのような通り、そこには路地のようなしかし真っ直ぐな先斗町がある。古い佇まいを残した狭い通りの両側は、神戸や大阪にはないような割烹などの店が並んでいる。昨日一昨日と無防備に食べた結果体重計は警報を伝えていた。
朝は一束のソーメンにしたので、お腹が減っていた。
蕎麦屋さんに行こうと思ったが、暖簾が出ていなかった。すぐ近くの店に、チョークで4つの定食名が書いてあった。「割烹こう一」と言う店で、何気ない入口だが品のある店だった。とと松定食を注文した。
一握りの酢飯の上に新鮮な数種の刺身が乗っている。おでんが出て来た。大根、ちくわ、たまご、こんにゃく。美味いなんてもんじゃなかった。こんなこんにゃく、歯応えも良く、食べた事もないものだった。赤だし風の麩の味噌汁がお椀と共にまたいい。
3人のお客がが出て行って、外国人の女性が2人入って来た。予約していただろう4人のビジネスマン風の男達も入って来た。10人位収容出来る、こじんまりした店だがまた京都に来たら、先斗町のこの店に来たいと思った。
サッポロラガービールの瓶のラベルが何となくレトロに感じられ、引き付けられた。
店を出ると歌舞練場の前に来た。5月1日から24日迄の期間限定の鴨川をどりがあるのが分かった。これを逃す手はない。鴨川を見下ろしながら歩き道路の向こう側に渡ると、そこで目に入ったのが「池田屋騒動之址」の石碑だった。
元治元年(1864年)に討幕派がクーデターを起こす計画を知った新撰組。池田屋で審議中の長州、土佐、肥後藩の尊王攘夷派の志士20名を近藤勇率いる新撰組が襲撃し、多くの死傷者を出した事件のあった場所が、ここだったのである。
暫く見てから、近くの明治屋に入った。入口にはココナツバージンオイルの瓶があり、1,000円もしなかった。スリランカ製品だ。
この店は2階もあり、お酒のあてになるものなど商品も豊富だ。探し求めていたコンビーフがあり、それを買った。いつも100円以下のレトルトカレーやハヤシを買って食べているので、この際400円を超すレトルトカレーやハヤシの箱入りを1個ずつ買った。今までは見えなかった肉が、今度は固まりになって現れる事だろう。
2階の降り口に「なつかしの味」と書いて透明な袋に入ったビスケットがあった。即座に子供の頃に食べたものと同じものだと分かった。色んな動物の片面に、ふっくらと着色された砂糖のような塊が付いている。薄い桃色、黄色、緑、白と言った具合だ。懐かしく、これも買う事にした。この味をどう思うか、孫に食べさせてみたいものだ。
時間があるので、名古屋が発祥だと聞いたKoeda’s Coffee店に入った。スタバも近くにあるが、初めてのこの短かな螺旋状の階段を上った。コーヒーはブラック。味も満更でもなかった。近くの女性がハンバーガーを注文した。その大きさを見て、圧倒された。
出掛けにウインドウを見て、足が止まった。カツサンドの大きい事。今はもう食べられないが、今度来た時は、これに挑戦だ。「割烹こう一」とどちらにするか戦いになりそうだ。
歌舞練場の前の看板には、先斗町お茶屋営業組合、先斗町芸妓組合、先斗町歌舞会、鴨川学園と並んでいた。
千鳥の沢山飛んでいる緞帳。もう1つあるようで、それは浮世絵に出て来るような人物の刺繍された緞帳だった。大丸や高島屋デパート、そして月桂冠などの酒造所の提供だ。段を為して並ぶ数多い提灯が芝居小屋のような昔の面影を呼び覚ます。
花姿5場は、三蔵法師の物語だった。天竺へお経を戴きに行く迄の出来事が、まるで芝居を観るようだった。孫悟空や猪八戒や沙悟浄を従える時の場面。魔物が美女になりすまし誘惑する場面で、最後には本性を現した魔物を退治する。金閣王や銀閣王とも戦い、遂には瓢箪の中に閉じ込めた後、天竺に向かう所で幕引きだ。宝塚歌劇のようでもあり、京劇のような面を被る所もあり、人形浄瑠璃のようでもあり、篠笛や太鼓や謡がそれらの劇を盛り上げる。
10分の休憩の後、四季比べでは舞子や芸妓が踊りを繰り広げる。テレビでは観るものの、目の前で本物が踊る姿を観た事がない。指の動きや扇の捌きが美しい。身のこなしは歌舞練場と言うだけあって、舞子や芸妓の弛まぬ習練を思わせる。
長い帯の舞子が5人、赤い襟の覗いた黒い着物の芸妓が4人。その踊りは艶やかだ。白内障が進んでいるのか、はっきり顔は分からない。2階と言う事もあるだろうが、これならまたいつか、手術後に来る事になるだろう。
13人の踊りになり、最後は17人の華々しく艶やかな踊りとなった。いつまでも残して置きたい伝統芸能を観させて貰った。外国人も観ている。舞子さんも1人で空いた席で観ている。そんな中で、私も観ている。
3階では土産品が販売されている。扇などは5,000円前後した。パンフレットは600円もするので、買わなかった。
2階からすぐそこを流れる鴨川を眺める。出口付近で舞子さんとすれ違った。こんな事は普段の私にはない。なんとその白塗りの化粧の顔や着物姿が美しいのだろう。旦那衆もいるようなそんな溜まり場所で、頬と頬が過ぎる程の近くですれ違う時の綺麗さは、例えようもなかった。
外に出ると鴨川縁の芝生に座り、暫く眺めていた。水が濁っているのか淀みが出来ている部分があり、泡沫はかつ消えかつ結びてじゃないけれど、その部分的濁りがなければいい、と思った。ぽつぽつと眺めたり語り合ったりしている人達がいるかと思えば、トランペットを吹いている学生風の女性もいた。
川床の並ぶ四条河原の石段を上り、四条河原町駅へと向かった。そこへ行くまでに菓子司寛永堂があり、そこでカキ氷の宇治金時をを食べた。流石に上等の宇治茶が掛けられており、小さな白玉が3つ、中には金時が隠されていた。その甘い事。氷なのに冷たくはなく、甘いお菓子を食べているようだった。
散々贅沢をした挙句、面倒臭いので阪急電車で梅田で乗り換えると、そのまま新開地で山陽電車の普通に乗り継ぎ須磨まで行き、後から入って来た急行に乗ると垂水まで戻った。日が長くなったのが感じられる程、夕方を過ぎても周りは明るかった。
贅沢序でに「酒肴屋くやすけ」に行き、生ビールと泡盛を飲んだ。注文したものはコロッケ、つくね、四万十川の鰻の白焼きだ。どれもこの店は美味い。少々値は張るが、後で後悔すると言う事はない。この鰻は5切れしかないが、1切れ350円程にもなる。勿論生しらす丼が目当てではあった。
滅多にない贅沢三昧で、2日前の別府公民館登録団体研修会でのオカリナ演奏と講演を全て流した。明日から、朝はココナツバージンオイルを塗った食パンとミルク。昼は安い方のレトルトカレーと温泉卵。夜は孫達の為に作られるものか家にあるもので済ます生活が始まる。
こんなメリハリのある生活もたまには必要だと思ったのである。
2015.5.19