続けていれば4年目に入る所だった。もう、今年に入る前から、勝手な解釈で中断してしまった事がある。それはジョギングだった。ウオーキングは4、5回やって見た。物足りなかった。

私は、中学から高校初めまで陸上部に所属していた。高跳び、幅跳び、三段跳びなどを主にやる位、瞬発力はかなり有ったが、持久力は全くと言っていい程なかった。だから、長距離走になると途端に駄目になり、300メートルも走った頃には歩く事しか能がなかった。学年ごとのマラソン大会では、常に最下位を争っていた。長距離とかマラソンとか聞くだけで、それが私の弱点だった。

そんな私が3年前にジョギングをやろうなど、自分で自分を疑った程だ。それだけ痩せなければとの必死の思いが勝っていたからだろう。健康に関する雑誌で、「超スロージョギング」なるものに出会ったのがきっかけとなった。

雨の日も風の日も日照りの日も寒さの日も、只管走り続けた。そこには正に青天の霹靂の自分がいた。お蔭で3ヶ月もするとその成果ははっきりと表れ、遂には11キロの減量に成功した。頬はこけ、西瓜のようなお腹は跡形もなく引っ込み、TシャツがLからMへと変わり楽しく着られるようになった。細いメンパンが入るようになり、それは信じられないような世界だった。朝早く。日中の炎天下。夜遅く。さまざまな時間帯に走った。なのに、

正に今、自堕落な自分がここにいる。それまでも、もう毎日走る事もしなくなっていたが、去年の11月がきっぱりやめてしまった原因だった。

白内障の手術を12月に受ける為、病院で血圧を測った時の事。自分でも今までなかった数値が、その時に限って表れた。血圧はずっと高かったが、何ともなく過ごしていた。しかし、この日ばかりは私も驚いてしまった。上が200を超え、下は100を超えていた。医者は、こんなに高くては手術が出来ないと言った。どこかの医者に行って相談するように伝え、紹介状を書いてくれた。

家の近くの医院に行ったが、よくこれだけ放って置くものだ、と言われた。合併症が起きたら大変だとまで。私はその日まで、血圧の薬は絶対飲まないと決めていた。毎日飲まなければならなくなるし、意地でも飲まないと。

でも、それでは手術も受けられない。とうとう血圧降下剤を飲む事になった。11月5日。朝6時30分。上175、下94。普段なら何とも思わなかった数値だ。そうして1か月に1度医院に行き、薬を貰った。そうして毎日薬を飲み、毎日記録して行った。2014年4月27日の今朝は、上135、下76だった。

朝方は高いが、これでも自分には考えられない数値だし、医院に行くと必ず測られるが、

「116と67です」

みたいな事を看護士さんはいつでも告げる。ほんまかいなと、別人の血圧を聞いているようだった。

「薬を飲んで良かったでしょう」

と毎回医師は言う。

「そうです。お蔭さまで」

と私は言う。流石に最近は恩着せがましい言いようではなく、

「安定して来ましたね」

と言うようになった。つくづく、飲んで良かったと今は思っている。

これで手術は出来る条件が整った事になる。いつにするかは、暫く考えてみる積もりだ。

それより、お腹がまた西瓜のようになろうとしている。血圧が高いとジョギングや運動はよくないだろうと勝手に思って、それを休み始めたのが今日まで続いていた。それをいい事に、自堕落で怠け癖が付いてしまったのだ。

今日は一念発起、ジョギングを再開した。3時31分に出発。だが、何と辛い事か。すぐに足を止めたくなった。辛うじて信号でそれが叶った。でも、ウオーキングに切り替える積もりはなく、超スローで走った。約4キロが今までなら30分を切っていた。やり始めた頃は確か35分以上かかっていたと思うが、今日はそれ位の時間はかかるだろうと思っていた。案の定4時5分に着いたので、34分かかった事になる。

家に上がると、汗をびっしょりかいたシャツを着たまま、血圧を測ってみた。随分高いだろうと予測をした。所が、上126、下67だった。何ら普段と変わらない。これだったら、明日からも走れると考えた。もう怠ける癖とおさらばだ。苦しくても続けようと思った。

食前か食後かどちらがいいかと言う話はよく聞く。脂肪を燃やすのには何も食べない時に走る方がいいとは大方の意見である。明日からは、早朝に走る事に決めた。例え走れなかったとしても、昼食か夕食の前に走ればいい事だ。そう決めたら、心が晴れ晴れとした。すぐに30分は切るようになるだろうし、ご飯もきちんと軽く1杯で止められると思う。間食もなしだ。

これも「きんのぶた」のあらたかな霊験か。

先日美味しい振り掛けだからと、加古川のリハーサルの後「きんのぶた」に行った時、皆にお土産代わりに「しそわかめ」を上げた。すると朝も夜も、100均みたいな安いものなのに、「おいしかった」とお礼の言葉が入った。「きんのぶた」は何だか楽しい。

乾電池にニクロム線を繋ぐと、細い線は真っ赤になる。紙は切れ、それは焦げ、発火する。そんなニクロム線の高さを超えたら、私の体重の上昇ははもうどうにも止まらなくなる。だが今、それを少し超えた状態が続いている。恐ろしい境界線だ。

ジョギング前に量ると、私が自分で決めたその電流を流したニクロム線を少し超えた。帰って量ったら、400グラム減っている。それは、そのニクロム線を200グラム超えた所に存在する。孫を迎えに行ってからすぐに風呂に入った。上がってから図ると、何とそこから1キロ減っていた。

食事療法とジョギングで、また振り出しに戻ったが、誘惑に負けないで5キロ減と滅西瓜腹を目標に頑張ろうと思う。飽く迄私の日記であり記録であるが、皆さんの目に付く事は必定だ。いい加減な事は出来ないと、臍の緒をしっかりと締め、あっもうないか・・、しっかりと頑張って行く所存だ。先ずは、5月のコンサート&講演の日までは頑張らねば。でも、連休がある。孫が帰って来る。旦那と飲まない訳には行かない。それが問題である。

昨日は恵那から帰って来ている娘とGUに行った。その店の前はユニクロだった所だ。服等はそんなに買った事がない。安物買いの銭失いとは言うものの、ここは結構安くて楽しい買い物が出来る。1,000円から2,000円位で買えるし、1,000円切れる品物もある。私は、5月のステージ衣装を揃える目的で娘と一緒に選んだ。

夏用のジャケット。涼しげな半袖のシャツ。Tシャツ2枚。靴。どれも皆、今度の演奏の為にスタンバイしている。これだけ買って8,000円にもならない。これらの安物が突如高級品に見えるような演奏にしたい。

古稀の誕生日を間近に控えた老人の最近の心情と行動である。