冷たい雨が、万遍なく歩道を濡らしていた。車道も生垣も、同時に濡れている。傘を持って出かけようとした時、急に日が差した。雨が上がったのだった。
もう十年は乗っていないだろうポートライナーに、起点の三宮駅から乗った。反対側の列車のドアが閉まった。こちら側で、次の列車を待った。運転手のいない車両である。次の貿易センター駅まで2分。その次のポートターミナル駅までは5分だ。えらく近い。11時前の事だ。
席に座る事が出来た。オカリナを入れた布袋や譜面台があるので、5分と言えど座る事にした。
出発してから何だか貿易センター駅に中々着かない。おかしいとと思いながらも、乗っているしか何も方法がない。ポートターミナルと書いた巨大な文字が目に入った。大きな客船が目の前だ。だが、列車は停まろうとはしなかった。何かが変だ。そう思ったが、何が何だか分からぬまま、もう神戸空港駅まで止まらないと思った。
その時、中公園駅に停まったのだ。すぐに降りた。三宮に向かって引き返せばいい。次が目的地のポートターミナル駅なのだ。私は、細々とゆっくりと思い出したのだった。ポートライナーには、急行があったのを。
次は11時12分。確認すると、それも急行だ。各駅は15分である。その合間を縫って、トイレに行った。ポートターミナル駅に着いたが、3階にあると言うポートターミナルホールが、何処にあるか皆目見当が付かなかった。改札を出る前に、工事に携わっているらしき人に聞いた。知らないと言った。が親切に、
「ここが3階ですがねえ」
と言った。まさか改札を出る前のこんな所にホールがある筈はない。
「あそこに書いてありますよ」
と、その人は指を差した。暫くその文字を探した。何と、ポートターミナルホールと書いて、左に矢印があるではないか。お礼を言って改札を出た。左手すぐに、そこが建物の3階だった。
椅子が沢山並べられ、数人の人が座っているだけだった。パーテーションのある控え室に入ると、シマさんが着物に着替えていた。私は譜面台を組み立て、そこを出た。エンジニアの人がいたので、音出しが出来るか聞いた。12時から始まるステージイベントにはまだ30分あった。そこで、音の調整やリバーブの感じやマイクとの距離を合わせてみた。
一組25分で、後の5分が次の組への繋ぎと休憩になる。
こうして、「客船フェスタ2015」のステージが始まった。
12:00~12:25 奄美民謡
12:30~12:55 オカリナ演奏
13:00~13:25 津軽三味線
13:30~13:55 フォークソング
14:00~14:25 エイサー
シマさんが相方とステージに上がった。そんな想像をしていた事とは違って、人は沢山は座っていなかった。多くの人に聴いて貰いたいのは本音だが、そこはそこ、聴いてくれる人がいる以上、私は吹く。シマさんは流石だった。落ち着いて、話も淀みなく、唄の説明もよく分かるように話した。時間が分からないと言っていたので、私は客席から右手5本と左手3本で合図した。分かったようだ。あと8分の私の合図から、後を組み立てた。
何もかもが思惑通りではなかったが、何が一番がっかりしたかと言えば、すぐステージの後ろに見える外国客船「セブンシーズ・ボイジャー」の外国人が座ってくれていなかった事だった。歓迎ステージではあったが、その意外性もいい経験である。演奏出来た事に感謝せねばならないと思った。日本の人達は、心地よく聴いてくれているようだった。
ただ、
「レイディーズ アンド ジェントルメン、ウエルカム トゥー コウベ」
と言った私の言葉が空しかった。
「外国客のフェスタなので取り敢えず英語で話しましたが、殆ど日本の方ですね。でも、聴いて頂けることは嬉しいです。外国の方の為に、タイトルは自分勝手な英語でも言う事にします」
「ファースト メロディー イズ スイシン。ハート オヴ ウオーター。プリーズ リスン アンド エンジョイ」
そう言って、宗次郎の「水心」を、元々伴奏のない曲を無伴奏で吹いた。リバーブを強めにかけて貰っていたから、よく響き渡ったと思う。
そうして、励みのない、This is a pen.レベルの曲目紹介だけで演奏して行った。
「故郷の原風景」
「聖母たちのララバイ」
「さくら さくら」
腕時計の時間を見ると随分時間が余っていた。外国人がいないので、日本語で話す事もなかった。途中で何人かの外国人が入って来て、私を写しているのは分かった。それだけでも良しとしよう。だが私は、少し日本語で無駄話をして時間を稼いだ。
最後は「恋のバカンス」で、賑やかに終わりたかった。終わると、
「私のサウンドを聴いて頂き、ありがとうございました。お体に気を付けて、良い旅をなさいますように」
と、拙い英語でお礼を言った。聴いている日本人は、私の事を「変なおっさん」と思ったに違いない。数百人の外国人の前で演奏している自分の姿しか考えていなかったのだから、それは仕方のない事だった。客船の外国人の集客で、何かいい方法はあるのではないかと詮索した。
Ki君は最初から来て、聴いてくれている。K君は、自治会の話し合いが終わってから宝塚から来てくれたので、最後の「エイサー」しか観る事は出来なかった。
3時前になると、私達はデッキに出た。すぐ間近のマンションのような客船を見ていた。デカ過ぎて、カメラに全体はとてもではないが、納まらなかった。それは建物であって家ではない。流通科学大学和太鼓部の面々の音が、下から聞こえて来た。姿は見えない。既に乗船している外国人も出て来て、我々に手を振ったりしていた。
繋いでいた幾本ものロープが外され、船上に引き上げられて行った。見る見る岸壁を横に離れ、大きく右に回転して、船はお尻を見せながら遠ざかって行った。案内役だろう小さな青塗りの船が並走していた。もう、立派に全体像がカメラに納まった。そのまま直進して行き、いつしか船体は大きく右に進路を取っていた。
こんな機会でもなければ、出航に発ち合う事はなかっただろう。昨日午前9時にこのポートターミナルに接岸した「セブンシーズ・ボイジャー」は、もう次の寄港地広島へ向けて出て行った。原爆記念館などは見るのだろうか。
総トン数42,363トン 全長206,5メートル 定員700人 船籍バハマ のこの客船は、東京/名古屋/神戸/広島/釜山/上海/那覇/石垣/基隆/高雄/香港 へと巡る。16泊17日の旅だ。
この大きさに驚いたが、寄港する船を撮り続けていると言う人から、この「セブンシーズ・ボイジャー」の写真を貰った。ここにそれらの船が展示してあり、今度は13万トン級の船が入港すると言っていた。浮力だとか何とか言うが、こんな巨大なマンション紛いのものが海に浮くなんて、どうしても信じられなかった。
私達5人は、兎に角三宮まで戻り、適当な居酒屋を捜し、そこで飲んだり食べたりした。喫煙の席しかないとの事だったが、奥に予約の席があるとの事。
「6時半までならいいですが」
と言った。いいに決まっている。その時3時半だったから、3時間は居れるのだ。勿論そこに決めた。
終わるとシマさんと奥さんは帰って行った。残った3人は、三宮センター街の地下で、もう少し話す事にした。Ki君推薦の店に行ったが定休日だった。すぐ斜め向かいの金プラに入り、鶏や豚のカツレツを注文し、ビールのあてにした。もうお腹の水分は油分に替わっていた。
満腹でも食べるこの浅ましさ。今日初めてのおかずなら、ご飯にどれだけ合った事だろう。カウンター席しかなかったが、そこで喋りながら、時は流れた。
金プラと言うのは所謂洋食屋さんで、私はこの辺に来るとお昼ならここのカツハイライ(トンカツの乗ったハヤシライス)を食べるのである。これは頗る美味い。私の一押しだ。
それにしても、最近「きん」と発音する店によく行っていると思う。「きんのぶた」はその最たるものである。
2015.3.14
もう十年は乗っていないだろうポートライナーに、起点の三宮駅から乗った。反対側の列車のドアが閉まった。こちら側で、次の列車を待った。運転手のいない車両である。次の貿易センター駅まで2分。その次のポートターミナル駅までは5分だ。えらく近い。11時前の事だ。
席に座る事が出来た。オカリナを入れた布袋や譜面台があるので、5分と言えど座る事にした。
出発してから何だか貿易センター駅に中々着かない。おかしいとと思いながらも、乗っているしか何も方法がない。ポートターミナルと書いた巨大な文字が目に入った。大きな客船が目の前だ。だが、列車は停まろうとはしなかった。何かが変だ。そう思ったが、何が何だか分からぬまま、もう神戸空港駅まで止まらないと思った。
その時、中公園駅に停まったのだ。すぐに降りた。三宮に向かって引き返せばいい。次が目的地のポートターミナル駅なのだ。私は、細々とゆっくりと思い出したのだった。ポートライナーには、急行があったのを。
次は11時12分。確認すると、それも急行だ。各駅は15分である。その合間を縫って、トイレに行った。ポートターミナル駅に着いたが、3階にあると言うポートターミナルホールが、何処にあるか皆目見当が付かなかった。改札を出る前に、工事に携わっているらしき人に聞いた。知らないと言った。が親切に、
「ここが3階ですがねえ」
と言った。まさか改札を出る前のこんな所にホールがある筈はない。
「あそこに書いてありますよ」
と、その人は指を差した。暫くその文字を探した。何と、ポートターミナルホールと書いて、左に矢印があるではないか。お礼を言って改札を出た。左手すぐに、そこが建物の3階だった。
椅子が沢山並べられ、数人の人が座っているだけだった。パーテーションのある控え室に入ると、シマさんが着物に着替えていた。私は譜面台を組み立て、そこを出た。エンジニアの人がいたので、音出しが出来るか聞いた。12時から始まるステージイベントにはまだ30分あった。そこで、音の調整やリバーブの感じやマイクとの距離を合わせてみた。
一組25分で、後の5分が次の組への繋ぎと休憩になる。
こうして、「客船フェスタ2015」のステージが始まった。
12:00~12:25 奄美民謡
12:30~12:55 オカリナ演奏
13:00~13:25 津軽三味線
13:30~13:55 フォークソング
14:00~14:25 エイサー
シマさんが相方とステージに上がった。そんな想像をしていた事とは違って、人は沢山は座っていなかった。多くの人に聴いて貰いたいのは本音だが、そこはそこ、聴いてくれる人がいる以上、私は吹く。シマさんは流石だった。落ち着いて、話も淀みなく、唄の説明もよく分かるように話した。時間が分からないと言っていたので、私は客席から右手5本と左手3本で合図した。分かったようだ。あと8分の私の合図から、後を組み立てた。
何もかもが思惑通りではなかったが、何が一番がっかりしたかと言えば、すぐステージの後ろに見える外国客船「セブンシーズ・ボイジャー」の外国人が座ってくれていなかった事だった。歓迎ステージではあったが、その意外性もいい経験である。演奏出来た事に感謝せねばならないと思った。日本の人達は、心地よく聴いてくれているようだった。
ただ、
「レイディーズ アンド ジェントルメン、ウエルカム トゥー コウベ」
と言った私の言葉が空しかった。
「外国客のフェスタなので取り敢えず英語で話しましたが、殆ど日本の方ですね。でも、聴いて頂けることは嬉しいです。外国の方の為に、タイトルは自分勝手な英語でも言う事にします」
「ファースト メロディー イズ スイシン。ハート オヴ ウオーター。プリーズ リスン アンド エンジョイ」
そう言って、宗次郎の「水心」を、元々伴奏のない曲を無伴奏で吹いた。リバーブを強めにかけて貰っていたから、よく響き渡ったと思う。
そうして、励みのない、This is a pen.レベルの曲目紹介だけで演奏して行った。
「故郷の原風景」
「聖母たちのララバイ」
「さくら さくら」
腕時計の時間を見ると随分時間が余っていた。外国人がいないので、日本語で話す事もなかった。途中で何人かの外国人が入って来て、私を写しているのは分かった。それだけでも良しとしよう。だが私は、少し日本語で無駄話をして時間を稼いだ。
最後は「恋のバカンス」で、賑やかに終わりたかった。終わると、
「私のサウンドを聴いて頂き、ありがとうございました。お体に気を付けて、良い旅をなさいますように」
と、拙い英語でお礼を言った。聴いている日本人は、私の事を「変なおっさん」と思ったに違いない。数百人の外国人の前で演奏している自分の姿しか考えていなかったのだから、それは仕方のない事だった。客船の外国人の集客で、何かいい方法はあるのではないかと詮索した。
Ki君は最初から来て、聴いてくれている。K君は、自治会の話し合いが終わってから宝塚から来てくれたので、最後の「エイサー」しか観る事は出来なかった。
3時前になると、私達はデッキに出た。すぐ間近のマンションのような客船を見ていた。デカ過ぎて、カメラに全体はとてもではないが、納まらなかった。それは建物であって家ではない。流通科学大学和太鼓部の面々の音が、下から聞こえて来た。姿は見えない。既に乗船している外国人も出て来て、我々に手を振ったりしていた。
繋いでいた幾本ものロープが外され、船上に引き上げられて行った。見る見る岸壁を横に離れ、大きく右に回転して、船はお尻を見せながら遠ざかって行った。案内役だろう小さな青塗りの船が並走していた。もう、立派に全体像がカメラに納まった。そのまま直進して行き、いつしか船体は大きく右に進路を取っていた。
こんな機会でもなければ、出航に発ち合う事はなかっただろう。昨日午前9時にこのポートターミナルに接岸した「セブンシーズ・ボイジャー」は、もう次の寄港地広島へ向けて出て行った。原爆記念館などは見るのだろうか。
総トン数42,363トン 全長206,5メートル 定員700人 船籍バハマ のこの客船は、東京/名古屋/神戸/広島/釜山/上海/那覇/石垣/基隆/高雄/香港 へと巡る。16泊17日の旅だ。
この大きさに驚いたが、寄港する船を撮り続けていると言う人から、この「セブンシーズ・ボイジャー」の写真を貰った。ここにそれらの船が展示してあり、今度は13万トン級の船が入港すると言っていた。浮力だとか何とか言うが、こんな巨大なマンション紛いのものが海に浮くなんて、どうしても信じられなかった。
私達5人は、兎に角三宮まで戻り、適当な居酒屋を捜し、そこで飲んだり食べたりした。喫煙の席しかないとの事だったが、奥に予約の席があるとの事。
「6時半までならいいですが」
と言った。いいに決まっている。その時3時半だったから、3時間は居れるのだ。勿論そこに決めた。
終わるとシマさんと奥さんは帰って行った。残った3人は、三宮センター街の地下で、もう少し話す事にした。Ki君推薦の店に行ったが定休日だった。すぐ斜め向かいの金プラに入り、鶏や豚のカツレツを注文し、ビールのあてにした。もうお腹の水分は油分に替わっていた。
満腹でも食べるこの浅ましさ。今日初めてのおかずなら、ご飯にどれだけ合った事だろう。カウンター席しかなかったが、そこで喋りながら、時は流れた。
金プラと言うのは所謂洋食屋さんで、私はこの辺に来るとお昼ならここのカツハイライ(トンカツの乗ったハヤシライス)を食べるのである。これは頗る美味い。私の一押しだ。
それにしても、最近「きん」と発音する店によく行っていると思う。「きんのぶた」はその最たるものである。
2015.3.14