OBと現職との懇親会があり、神戸にある天安閣に行って来た。あまり行く気はなかったけれど、担当しているTさんの、葉書の一言だった。

「大変ごぶさたをしております。ご都合がつけばうれしいです」

私は、この一言に心が揺れた。

人は、言葉か文字かどちらかで気持ちを伝えなければ分からない。人間の儚さであろうか。

こんな会は閥と言おうか、親しく付き合っていた者同士に分かれるものだ。私は、そんなものを持っていない。けれど、私に親しく話しに来る人もいる。私が現役の時、仕事の後で楽しい時を持っていただろう人達はそうだ。そんな人は、もう古稀になろうとしている私にも、話しかけてくれる。思わず言ってしまう。

「あの時のメンバーで集まって、飲めたらいいね」

と。

午後6時半までに到着出来た。昔はもっと人数があったが、OBと現役の人数は、略半々である。全部で30人だった。中華の丸テーブルは、4卓だ。随分縮小したが、それでも来る者は来る。

誰一人として知らぬ者はいず、懐かしい者の集いだった。

現役の、テーブル毎の自己紹介が終わると、今度はOBの近況を話す事になる。私はAテーブルだったので、その最後4番目に当たった。

「話すのが苦手で来ようかどうしようか迷いましたが、先輩やOBの方、また現役の人と会いたくてやってきました。もう還暦になりました」

ここで、揶揄が飛んだ。言い直した。

「古稀です」

退職してから10年が経った。

「もうこの世界の事は分かりません。皆さんと会って感動していますが、感動と言えばもう皆さんもTVで観ておられるので受け売りになりますが、淀川工業高校のブラスバンド。これは感動しました。顧問の丸谷明夫先生が、3年生の最後のコンサートで、『コンクールに出た者も出られなかった者も、誇りに思っていい事があります。それは、何処の学校より練習をした事です。凄く練習しました』。そしてこの先生は『練習は嘘を吐かない』と言いました。私はオカリナの練習を1回だけ10時間やりましたが、今は長くて2、3時間しかしません。プロがどれだけ練習したかを思う時、私は物の数ではありませんでした。今になって、プロの凄さを感じています。今まで努力を如何にしていなかったかを思い知らされました。丸谷先生は、会場の皆の前で絞り出すような声で泣きました。皆も泣きました。私には、感動がどんなに素晴らしいかを伝える事しかありません」

そうだろう、3年の内に1万時間も練習していたのだ。

私は、皆に言う事はなかったが、感動こそ素晴らしいものだと言う事を伝えたかった。人をどれだけ感動させられるか。また人やその他からどれだけ感動を貰えるか。それこそ生きる冥利に尽きるのではないかと思ったのである。

努力の陰に感動はある。「練習は嘘を吐かない」と言う丸谷先生の言葉が、私は身に沁みたのである。

これは出来ないなんて思わずに、そんな事放っておいて、今出来る事を精一杯やる、これこそが生きる極意ではなかろうかと思った。思うばかりで、私にそれが出来ているのでは毛頭ない。


まだ仕事をしていた頃、よく行っていた店に寄った。新長田で降りた。準備中になっていた。ドアを開けるとママがいた。じっと私を見ていて気が付かなかったようだ。近付くと、

「なーんだ。○○ちゃんか」

と言った。いつも準備中にしていると言う。入って来る人は入って来ると。あんまり、儲けようと言う気がないようだ。

焼酎をいかなごで飲んだ。生姜は入れていないと言う。来年の参考になった。生姜は入れるけれど、醤油やザラメの配分が参考になった。

「○○ちゃん、この近くでオカリナ教室があるけど、そこの9人がお昼を食べに来たんよ。それで『○○ちゃん知ってる』って聞いたら、『○○ちゃんて○○先生の事でしょ? そんな言い方して、ほんとに知ってるの』って言われたわ」

と聞いて「え~っ」と叫んだ。

「私も、え~っと思ったわ」

とその話しに驚いた。私の名前が、そんなに横行しているなんて、私は知らなくても、私を知っている人はいるんだ。おちおち、街も歩けない、そう思った。

もう時間だ。だが、最終バスに乗れる事はなくなった。1時間ばかりいて、店を出た。歩くかタクシーに乗るか考えた。考える間もなくタクシーを選択した。外は雨だった。垂水に着くと、タクシーに乗った。2,120円は辛かった。だが、雨の中を1時間ちょっと歩く事を思えば、致し方なかった。

グループの出来ているこの会も、私に寄って来てくれる者もいる。人其々の世界だ。いつかまた、そんな人と集まって、心行くまで飲みたいものだと思った。


2015年3月3日