「乗ってる?」
Ki君が電話を寄こして来た。
「何処にいる?」
「車両の真ん中辺」
「そんなら、そこに行くわ」
と彼が言ってから、私が座っている車両に前から入って来るのか後ろから入ってくるのか分からずに、前は良く見えるから、後ろは振り返って見たりした。だが、中々姿を認める事が出来ずにいた。痺れを切らし始めた頃、携帯が鳴った。
「何処にいる?」
「真ん中辺」
この返答もいい加減なものだった。先頭に近いのか、後部に近いのか、自分でさえそこまで把握していなかった。そうだ、この事を言えば、前から来ても後ろから来ても分かる筈だ。
「帽子を被っているよ。鼠色の」
これは確かな目印になる。しかし、前から来ていたらすぐに私が気付くし、後ろから来て通り過ぎても、私が声を掛ける事が出来る。何故出会えないのかが不思議である。私なら最先端まで行ってそこから歩くか、最後尾まで行ってそこから歩くかするだろうと考えていた。それは空想での事だから、立場が違っても彼と同じ事をしていただろうと思う。
「進行方向のどっち側?」
いい質問をして来たと思った。
「左側だよ」
暫くすると、後方から歩み寄って来た。
彼は須磨駅からJRの快速に乗った。私は、彼が乗っている快速に、5分後に垂水駅で乗った。私が乗ったのは2時20分だ。
話していると早いもので、すぐに加古川駅に着いたと思われた。垂水からは25分位掛かったようだ。加古川でO君と待ち合わせた。彼の車に乗り込んだ。小雨が降っていた。
「ちょっと遠いから」
と言いながら、暖かそうな毛糸のセーターを着た彼は、予約している店に車を走らせる。15分程だっただろうか。彼の家に車を置いて、更に10分程歩いた。私は歩く事は一向に構わなかった。
1度6人で行った事のある店で、3時半を予約してあった。その時と同じ席に案内され、3人はゆったりと座った。
店名を言っていなかった。「和豚もちぶたフルサービスしゃぶしゃぶバイキングきんのぶた」。これが看板の店名である。普通、「きんのぶた」と呼んでいる。
O君は手慣れたもので、食べ放題と飲み放題を組み入れてくれた。生ビールから始まった。しゃぶしゃぶの豚は、四角の白い器に5切れ位ずつ入っている。しゃぶしゃぶ用だから、厚くはない。運んで来たのを見ると、いつも驚く。その白い皿が15皿位、どんと重ねられて置かれた。
鍋の中は2つに仕切られていて、しゃぶしゃぶの場所と、野菜などの煮る場所が違った。サラダから豆腐からつくねや豚の角煮に至るまで、注文するとすぐに持って来る。これも食べ放題なのである。しゃぶしゃぶのタレは、味噌とポン酢ダレに分かれている。結構な品数で、言えばすぐに運ばれる。
生ビールから黒糖焼酎レントに替わった。豚を6皿追加した。豚だけでも、鱈腹食べようと、昼は何も食べずにいた。しゃぶしゃぶしながら上品に食べる事はしないで、鍋に入れた豚の固まりをを頬張った。だが、とても食べ切れるものではなかった。胃がぱんぱんに膨れて行くのが分かった。こんな無茶な食べ方を、この数年間はやった事がない。勿体ないとか損だとかの考えは、とっくに捨てていた。体のコンディションを考える事が第一で、常にダイエットを考えていたから、この無茶食いがどんな悲劇を齎すかは、容易に想像が出来た。だが、美味いのと、いつまた来れるか分からない事を理由に、入るだけ詰め込んだ。
「人間の食べる量なんて大体決まっているから、これで損しないように出来てるよ」
と、O君が言った。シルバーは更に安くなるので、最初にKi君と私は歳を1歳繰り上げる事にしていた。最初の注文の時に、
「シルバー2人」
とO君が言ったけど、すんなり認めてくれた。彼は2か月で、私は4か月でシルバーだし。ま、ええか。
1人前2700円ちょっとだから、もう少し安くなった筈だ。飲み放題を入れて4000円位だったと思う。それでこの充実感と満足感と満腹感は凄い。リピーターが多いと聞く。
「きんのぶた」と「シルバー」が重なり、唐突に問うた。
「金はゴールド。銀はシルバーだよな。じゃあ、銅は何て言うんだろう」
私は分からなかった。Ki君も首を捻っていた。O君が口を開いた。
「ブロンズじゃない?」
そうかも知れないと思った。
「そうか」
と言ったものの、ゴールド、シルバー、ブロンズと復唱した時、何か違和感があるのが感じられた。そこへ来た男の店員に聞いてみた。すると、即座に「ブロンズ」と言った。彼もそう言うので、それなら間違いないだろうと思ったが、仕方がない、帰ってから調べる事にした。その結果、ブロンズは青銅で、銅とスズの合金だと言う事が分かった。では、銅は何と言うのだろう。それはコパー(copper)と言った。
金(gold)、銀(silver)、銅(copper)。これですっきりした。
1時間半が経った頃、ラストオーダーを聞いて来た。デザートを注文した。杏仁豆腐とかヴァニラアイスとか。これらは、するっと胃に入った。が、鍋に残った豚を食べなければならない。3人の手が渋った。後まだ30分の時間はある。もう、胃が悲鳴を上げていた。もうこれ以上入らない。自分が、子を孕んだ二十日鼠のように思われたのが情けない。
時間切れを見て取り、私達は自ら席を立った。入った時は殆ど人がいなかったのに、もうどの6人掛けテーブルも満員だった。外に出ると、数組の人達が並んで待っていた。階段を降りる時も、私はお腹を抱えて降りる始末だ。もう、はち切れそうだった。美味しく、期待通りだったのに、もう誰かが胃を押しでもしたら、金の豚は散って行くだろう。
15分位歩く事になった。「腹八分」と言う言葉が、その間中私に付き纏った。2人は何故か早足だった。私はそれに付いて行けなかった。「ああ苦しい、ああはち切れそう」。出て行く言葉はその2つしかなかった。
やっと着いたのが、東加古川駅だった。すぐ横の2階に、カラオケボックスがある。15分位待っただろうか、眠っていた私は起こされ、部屋に入った。すぐにソファーに体を投げ出し横になったが、苦しさは一向に納まらない。2人の歌声も、耳に入らなかった。
30分程して起き上がり、歌に仲間入りした。
「何歌う?」
と言いながら、勝手に私に歌わせようとする歌を転送していた。「横浜たそがれ」が鳴り出した。私は演歌など歌の声の出し方を知らない。すぐに喉が痛くなる。そこで、のど飴を頻繁に嘗めた。立って歌ってみたりしたが、胃の中のはち切れそうなのは納まってはいない。
2時間頼んでいたらしく、そのタイムリミットが迫っていた。最後は「高校三年生」を順番に歌って終わりにした。
今日は久し振りに楽しい時間が持てた。明日からまた、腹八分を心掛けよう。そう考えながら、東加古川駅でO君と別れ、Ki君と私は普通電車に乗った。色んな話をしながら、私は垂水で降りた。
「きんのぶた」なんて、どうしてこんな名前にしたのだろう。どう考えても、その謂れは分からない。今まで考えた事もなかった。はち切れそうなお腹はやや落ち着き、膨満感が残っている。こんな時は頭も朦朧とするものだ。そんな中で書いたブログは、何とも面白くないものになった。
「きんのぶた」は、しゃぶしゃぶの豚ではち切れそうになった胃から、間違いなく黄金になって行く豚の末路を予言したものではなかろうかと思う。
明日は朝9時に、大腸の検査に行かなければならない。20時頃からは何も食べてはいけないと言われている。すると、今日のはち切れそうなお腹は、明日の日の反動であったかも知れないのである。
2月22日
Ki君が電話を寄こして来た。
「何処にいる?」
「車両の真ん中辺」
「そんなら、そこに行くわ」
と彼が言ってから、私が座っている車両に前から入って来るのか後ろから入ってくるのか分からずに、前は良く見えるから、後ろは振り返って見たりした。だが、中々姿を認める事が出来ずにいた。痺れを切らし始めた頃、携帯が鳴った。
「何処にいる?」
「真ん中辺」
この返答もいい加減なものだった。先頭に近いのか、後部に近いのか、自分でさえそこまで把握していなかった。そうだ、この事を言えば、前から来ても後ろから来ても分かる筈だ。
「帽子を被っているよ。鼠色の」
これは確かな目印になる。しかし、前から来ていたらすぐに私が気付くし、後ろから来て通り過ぎても、私が声を掛ける事が出来る。何故出会えないのかが不思議である。私なら最先端まで行ってそこから歩くか、最後尾まで行ってそこから歩くかするだろうと考えていた。それは空想での事だから、立場が違っても彼と同じ事をしていただろうと思う。
「進行方向のどっち側?」
いい質問をして来たと思った。
「左側だよ」
暫くすると、後方から歩み寄って来た。
彼は須磨駅からJRの快速に乗った。私は、彼が乗っている快速に、5分後に垂水駅で乗った。私が乗ったのは2時20分だ。
話していると早いもので、すぐに加古川駅に着いたと思われた。垂水からは25分位掛かったようだ。加古川でO君と待ち合わせた。彼の車に乗り込んだ。小雨が降っていた。
「ちょっと遠いから」
と言いながら、暖かそうな毛糸のセーターを着た彼は、予約している店に車を走らせる。15分程だっただろうか。彼の家に車を置いて、更に10分程歩いた。私は歩く事は一向に構わなかった。
1度6人で行った事のある店で、3時半を予約してあった。その時と同じ席に案内され、3人はゆったりと座った。
店名を言っていなかった。「和豚もちぶたフルサービスしゃぶしゃぶバイキングきんのぶた」。これが看板の店名である。普通、「きんのぶた」と呼んでいる。
O君は手慣れたもので、食べ放題と飲み放題を組み入れてくれた。生ビールから始まった。しゃぶしゃぶの豚は、四角の白い器に5切れ位ずつ入っている。しゃぶしゃぶ用だから、厚くはない。運んで来たのを見ると、いつも驚く。その白い皿が15皿位、どんと重ねられて置かれた。
鍋の中は2つに仕切られていて、しゃぶしゃぶの場所と、野菜などの煮る場所が違った。サラダから豆腐からつくねや豚の角煮に至るまで、注文するとすぐに持って来る。これも食べ放題なのである。しゃぶしゃぶのタレは、味噌とポン酢ダレに分かれている。結構な品数で、言えばすぐに運ばれる。
生ビールから黒糖焼酎レントに替わった。豚を6皿追加した。豚だけでも、鱈腹食べようと、昼は何も食べずにいた。しゃぶしゃぶしながら上品に食べる事はしないで、鍋に入れた豚の固まりをを頬張った。だが、とても食べ切れるものではなかった。胃がぱんぱんに膨れて行くのが分かった。こんな無茶な食べ方を、この数年間はやった事がない。勿体ないとか損だとかの考えは、とっくに捨てていた。体のコンディションを考える事が第一で、常にダイエットを考えていたから、この無茶食いがどんな悲劇を齎すかは、容易に想像が出来た。だが、美味いのと、いつまた来れるか分からない事を理由に、入るだけ詰め込んだ。
「人間の食べる量なんて大体決まっているから、これで損しないように出来てるよ」
と、O君が言った。シルバーは更に安くなるので、最初にKi君と私は歳を1歳繰り上げる事にしていた。最初の注文の時に、
「シルバー2人」
とO君が言ったけど、すんなり認めてくれた。彼は2か月で、私は4か月でシルバーだし。ま、ええか。
1人前2700円ちょっとだから、もう少し安くなった筈だ。飲み放題を入れて4000円位だったと思う。それでこの充実感と満足感と満腹感は凄い。リピーターが多いと聞く。
「きんのぶた」と「シルバー」が重なり、唐突に問うた。
「金はゴールド。銀はシルバーだよな。じゃあ、銅は何て言うんだろう」
私は分からなかった。Ki君も首を捻っていた。O君が口を開いた。
「ブロンズじゃない?」
そうかも知れないと思った。
「そうか」
と言ったものの、ゴールド、シルバー、ブロンズと復唱した時、何か違和感があるのが感じられた。そこへ来た男の店員に聞いてみた。すると、即座に「ブロンズ」と言った。彼もそう言うので、それなら間違いないだろうと思ったが、仕方がない、帰ってから調べる事にした。その結果、ブロンズは青銅で、銅とスズの合金だと言う事が分かった。では、銅は何と言うのだろう。それはコパー(copper)と言った。
金(gold)、銀(silver)、銅(copper)。これですっきりした。
1時間半が経った頃、ラストオーダーを聞いて来た。デザートを注文した。杏仁豆腐とかヴァニラアイスとか。これらは、するっと胃に入った。が、鍋に残った豚を食べなければならない。3人の手が渋った。後まだ30分の時間はある。もう、胃が悲鳴を上げていた。もうこれ以上入らない。自分が、子を孕んだ二十日鼠のように思われたのが情けない。
時間切れを見て取り、私達は自ら席を立った。入った時は殆ど人がいなかったのに、もうどの6人掛けテーブルも満員だった。外に出ると、数組の人達が並んで待っていた。階段を降りる時も、私はお腹を抱えて降りる始末だ。もう、はち切れそうだった。美味しく、期待通りだったのに、もう誰かが胃を押しでもしたら、金の豚は散って行くだろう。
15分位歩く事になった。「腹八分」と言う言葉が、その間中私に付き纏った。2人は何故か早足だった。私はそれに付いて行けなかった。「ああ苦しい、ああはち切れそう」。出て行く言葉はその2つしかなかった。
やっと着いたのが、東加古川駅だった。すぐ横の2階に、カラオケボックスがある。15分位待っただろうか、眠っていた私は起こされ、部屋に入った。すぐにソファーに体を投げ出し横になったが、苦しさは一向に納まらない。2人の歌声も、耳に入らなかった。
30分程して起き上がり、歌に仲間入りした。
「何歌う?」
と言いながら、勝手に私に歌わせようとする歌を転送していた。「横浜たそがれ」が鳴り出した。私は演歌など歌の声の出し方を知らない。すぐに喉が痛くなる。そこで、のど飴を頻繁に嘗めた。立って歌ってみたりしたが、胃の中のはち切れそうなのは納まってはいない。
2時間頼んでいたらしく、そのタイムリミットが迫っていた。最後は「高校三年生」を順番に歌って終わりにした。
今日は久し振りに楽しい時間が持てた。明日からまた、腹八分を心掛けよう。そう考えながら、東加古川駅でO君と別れ、Ki君と私は普通電車に乗った。色んな話をしながら、私は垂水で降りた。
「きんのぶた」なんて、どうしてこんな名前にしたのだろう。どう考えても、その謂れは分からない。今まで考えた事もなかった。はち切れそうなお腹はやや落ち着き、膨満感が残っている。こんな時は頭も朦朧とするものだ。そんな中で書いたブログは、何とも面白くないものになった。
「きんのぶた」は、しゃぶしゃぶの豚ではち切れそうになった胃から、間違いなく黄金になって行く豚の末路を予言したものではなかろうかと思う。
明日は朝9時に、大腸の検査に行かなければならない。20時頃からは何も食べてはいけないと言われている。すると、今日のはち切れそうなお腹は、明日の日の反動であったかも知れないのである。
2月22日