佐川急便ではないが、かと言って名称が変更された飛脚宅急便でもない。
神戸の中心街三宮の夕暮れの、客引きの若い兄ちゃんやミニスカートの女の子が並ぶ歩道を、速くもなく遅くもない足取りで、東門の入口を横目に見ながら、東急ハンズの角を右に曲がった。すぐに生田神社の前を左に曲がり、その横を右に曲がると、西門前にライブハウス「CHICKEN GEORGE」はある。
6時15分だったが、男女の後ろにKi君が重装備で並んでいた。頻りに寒いと言ったが、そうでもなかった。首筋はスースーしても、雪が降っている訳でもなく、慣れたらそんなに寒くもなかった。昨夜、鳥取砂丘の猛吹雪をテレビで観ていたばかりなので、余りの違いに呆気に取られていた位だった。
何人か並び出した。開場は6時30分だった。遮断されていたハードルが移動されると、階段を降りて行った。私は何年か前から、このコンサートには行く事にしていた。今回はKi君を誘っていた。
私には葉書の案内が来るので、その葉書を持参すれば前売り料金で入る事が出来る。
丸い小さなテーブルが30ばかり数はまちまちに6列に並び、小さな折り畳みの椅子が4客ずつくっ付いていた。前から3列目の、やや左寄りの席を確保した。並んで待ったのだから、選び放題だった。
ぎちぎちに座ったら120人が溢れる。だが、それでは相撲の4人座りの桝のように、とても窮屈で座ってはいられない。満員に見えるが、4人で座っていたり3人で座っていたりするものだから、100人位の入りだった。
「Emi Kobayashi Birthday Live 2015」
Ki君と交互にビールとあてを貰いに行った。すぐになくなって、今度はジンライムと、カレーライスの注文札を貰って、テーブルに戻った。後ろのコーナーにある飲食物の販売所のすぐ近くのコーナーに、見慣れた顔があった。「今は幸せかい」でヒットした、佐川満男がいたのだ。
小林エミと彼とは音楽友達で、随分前に須磨駅の前に櫓を組んで、2人で歌ったのを聴きに行った事がある。また、それこそ昔だが、彼が紅白歌合戦に出た時から見ているし、最近もたまにテレビで見る事がある。その所為か親しく感じられ、話してみる事にした。向こうは、私の事など全く知らない。
「佐川さん、よくテレビなどで見かけるので、何か親しさを感じていました。須磨駅の櫓の上でエミさんと歌われた時も、聴いていましたよ」
「そうですか」
話を続ける為に、自己紹介をした。
「私はもう古稀で70歳です。佐川さんは?」
と、恐る恐る聞いてみた。そうは言っても、恐れている訳でも何でもない。この歳になると、何故か怖いものなしになってしまっているのだ。
「75歳です」
「えっ、私より先輩! 55歳位にしか見えませんね」
「そんな事ないでしょう」
笑いながら、彼は私の手の甲を叩いた。
「いえ、本当に」
彼の家は私の家の近くにあると、前に誰からともなく聞いていた事があった。
「私は、〇○〇に住んでいますよ」
と言ってみた。
「どの辺ですか」
「〇丁目です」
「ふーん。私は○○〇に住んでいます。近くですね」
そう彼は言った。それに、彼の口から或る医院の名前が出た。それは私が降圧剤を貰いに月一で行っている医院だった。
「佐川さんとお話が出来たのも、一生のいい思い出になります」
と言うと、
「いやあ」
と笑った。これでも良かったが、もう2度とない事だろうから、テーブルに戻って鞄から名刺を出して渡した。必要のない事だったかも知れないが、何もしなければ今後会う事はゼロだ。別に会おうと思った訳でもないのだが、皆無の筈の可能性が、1パーセント以上にはなるのだ。エミさんを交えて会えたら面白いだろうなと思った。
7時30分から開演だが、いつものように40分から始まった。
もう59回目の誕生日だと言った。いつもながら、トークが面白い。歌はジャズ風で、パンチの効いた声は衰えていない。彼女は高校生の頃から歌っている。
小林エミ(ボーカル)
松下誠(ギター、ボーカル)
宮崎まさひろ(ドラムス)
藤岡敏則(ベース)
倉田信雄(ピアノ、キーボード)
春名正治(サックス)
皆同年齢で、こんな事は珍しいと言った。1部の終わりに特別ゲスト参加で、天野翔がベースを弾きながら歌った。皆10代後半からそんな世界に入り、今日までそれで人生を生き抜いている。素晴らしい生き方ではないかと思う。
サックスの春名正治はテナーサックスをメインに吹いていたが、時にはソプラノサックスも吹いた。ボンゴも叩けばフルートも吹いた。色々出来るのは羨ましい。
大抵がカバー曲だけれど、スティービーワンダーの曲もあり、難しいと言いながら何ともないように演奏し、そして歌う。
「難しい曲と易しい曲があるのだけど、いや、易しい曲なんてないわね」
と彼女は言った。
「これで最後の曲になります」
と言ったのが10時10分だった。高速バスは10時30分が最終だ。そごうデパートの北側のバス停に間に合わなかったら、垂水までJRで、それからはタクシーか徒歩になる。タクシーは勿体ないから、1時間坂道を歩く事は覚悟しなければならないだろう。アンコールもあるだろうし、きっと10時30分を越えると思った。
心は揺れていた。歩く事はしたくない。最後の曲が終わるとすぐに立ち上がり、階段を上って行った。Ki君は残ると言った。バス停に着くと、22分のバスは出発していた。並んでいると、軈て30分発最終の高速バスが来た。私は、間に合って良かったと思った。1時間歩く事を思えば、どんなにか楽だろう。55分には着いたから、25分で帰って来た事になる。便利で快適なバスだ。
恵那の娘から携帯に電話があったようだ。丁度11時に掛かって来ていた。私はお湯を沸かし、インスタントの味噌汁を飲んだ。それから掛けて、暫く話した。
「よく〇〇ちゃんを最終のバス停に迎えに行った事を思い出すけど、何時頃に着くかがいつもはっきりしなかった。でも、こうして自分が最終に乗って帰ったら、時間の事がとてもよく分かったよ。もっと早く分かっていたら、何十分も待ったり、家を出ようとしたら〇〇ちゃんが家の前にいたりした事なんてなかったのに」
と言った。
「今日ライブに行っていて、佐川満男と話したよ」
と言うと、
「誰?」
と言った。知らないんだなあ、と思った。
「雪が凄くて、もう何処にも出られないわ」
「いいなあ。でも、ちゃんと買い置きはしてあるだろ」
「うん、ちょっとは。今日から水が出なくなった」
「水道を出しっ放しにしておかないからだよ」
「うん」
「でも、雪を溶かして飲んだらいいし、風呂だって雪を一杯入れて沸かしたらいいよ」
「あ、そうか。頭いい」
こんな事で、そのように言われるなんて思いもしなかった。
「恵那は、良い所が一杯あるみたいだ。景色は日本一だし、寒天の80パーセントは作っているし」
「あっ、それBSで観たでしょう。知っていたけど観れなかった」
「たまたま観たんだけどね」
いつかまた、日本一の田舎の風景を見たいし、寒天を作っている所も見たいし食べたいし、満天の星空も見たい。
♪遅かったのかい 君の事を 好きになるのが 遅かったのかい・・・
佐川満男と話せたなんて夢のようだし、いつかきっとエミさん繋がりで会える事もあろうとは思っていた。それが、こんな日に出会えるなんて何だか不思議だし、嘘のようにさえ思われる。
「この歳になると、人恋しくなるなあ」
とKi君は言った。
「それでこそ人生じゃないのかなあ」
と私は言った。
2015.2.10
神戸の中心街三宮の夕暮れの、客引きの若い兄ちゃんやミニスカートの女の子が並ぶ歩道を、速くもなく遅くもない足取りで、東門の入口を横目に見ながら、東急ハンズの角を右に曲がった。すぐに生田神社の前を左に曲がり、その横を右に曲がると、西門前にライブハウス「CHICKEN GEORGE」はある。
6時15分だったが、男女の後ろにKi君が重装備で並んでいた。頻りに寒いと言ったが、そうでもなかった。首筋はスースーしても、雪が降っている訳でもなく、慣れたらそんなに寒くもなかった。昨夜、鳥取砂丘の猛吹雪をテレビで観ていたばかりなので、余りの違いに呆気に取られていた位だった。
何人か並び出した。開場は6時30分だった。遮断されていたハードルが移動されると、階段を降りて行った。私は何年か前から、このコンサートには行く事にしていた。今回はKi君を誘っていた。
私には葉書の案内が来るので、その葉書を持参すれば前売り料金で入る事が出来る。
丸い小さなテーブルが30ばかり数はまちまちに6列に並び、小さな折り畳みの椅子が4客ずつくっ付いていた。前から3列目の、やや左寄りの席を確保した。並んで待ったのだから、選び放題だった。
ぎちぎちに座ったら120人が溢れる。だが、それでは相撲の4人座りの桝のように、とても窮屈で座ってはいられない。満員に見えるが、4人で座っていたり3人で座っていたりするものだから、100人位の入りだった。
「Emi Kobayashi Birthday Live 2015」
Ki君と交互にビールとあてを貰いに行った。すぐになくなって、今度はジンライムと、カレーライスの注文札を貰って、テーブルに戻った。後ろのコーナーにある飲食物の販売所のすぐ近くのコーナーに、見慣れた顔があった。「今は幸せかい」でヒットした、佐川満男がいたのだ。
小林エミと彼とは音楽友達で、随分前に須磨駅の前に櫓を組んで、2人で歌ったのを聴きに行った事がある。また、それこそ昔だが、彼が紅白歌合戦に出た時から見ているし、最近もたまにテレビで見る事がある。その所為か親しく感じられ、話してみる事にした。向こうは、私の事など全く知らない。
「佐川さん、よくテレビなどで見かけるので、何か親しさを感じていました。須磨駅の櫓の上でエミさんと歌われた時も、聴いていましたよ」
「そうですか」
話を続ける為に、自己紹介をした。
「私はもう古稀で70歳です。佐川さんは?」
と、恐る恐る聞いてみた。そうは言っても、恐れている訳でも何でもない。この歳になると、何故か怖いものなしになってしまっているのだ。
「75歳です」
「えっ、私より先輩! 55歳位にしか見えませんね」
「そんな事ないでしょう」
笑いながら、彼は私の手の甲を叩いた。
「いえ、本当に」
彼の家は私の家の近くにあると、前に誰からともなく聞いていた事があった。
「私は、〇○〇に住んでいますよ」
と言ってみた。
「どの辺ですか」
「〇丁目です」
「ふーん。私は○○〇に住んでいます。近くですね」
そう彼は言った。それに、彼の口から或る医院の名前が出た。それは私が降圧剤を貰いに月一で行っている医院だった。
「佐川さんとお話が出来たのも、一生のいい思い出になります」
と言うと、
「いやあ」
と笑った。これでも良かったが、もう2度とない事だろうから、テーブルに戻って鞄から名刺を出して渡した。必要のない事だったかも知れないが、何もしなければ今後会う事はゼロだ。別に会おうと思った訳でもないのだが、皆無の筈の可能性が、1パーセント以上にはなるのだ。エミさんを交えて会えたら面白いだろうなと思った。
7時30分から開演だが、いつものように40分から始まった。
もう59回目の誕生日だと言った。いつもながら、トークが面白い。歌はジャズ風で、パンチの効いた声は衰えていない。彼女は高校生の頃から歌っている。
小林エミ(ボーカル)
松下誠(ギター、ボーカル)
宮崎まさひろ(ドラムス)
藤岡敏則(ベース)
倉田信雄(ピアノ、キーボード)
春名正治(サックス)
皆同年齢で、こんな事は珍しいと言った。1部の終わりに特別ゲスト参加で、天野翔がベースを弾きながら歌った。皆10代後半からそんな世界に入り、今日までそれで人生を生き抜いている。素晴らしい生き方ではないかと思う。
サックスの春名正治はテナーサックスをメインに吹いていたが、時にはソプラノサックスも吹いた。ボンゴも叩けばフルートも吹いた。色々出来るのは羨ましい。
大抵がカバー曲だけれど、スティービーワンダーの曲もあり、難しいと言いながら何ともないように演奏し、そして歌う。
「難しい曲と易しい曲があるのだけど、いや、易しい曲なんてないわね」
と彼女は言った。
「これで最後の曲になります」
と言ったのが10時10分だった。高速バスは10時30分が最終だ。そごうデパートの北側のバス停に間に合わなかったら、垂水までJRで、それからはタクシーか徒歩になる。タクシーは勿体ないから、1時間坂道を歩く事は覚悟しなければならないだろう。アンコールもあるだろうし、きっと10時30分を越えると思った。
心は揺れていた。歩く事はしたくない。最後の曲が終わるとすぐに立ち上がり、階段を上って行った。Ki君は残ると言った。バス停に着くと、22分のバスは出発していた。並んでいると、軈て30分発最終の高速バスが来た。私は、間に合って良かったと思った。1時間歩く事を思えば、どんなにか楽だろう。55分には着いたから、25分で帰って来た事になる。便利で快適なバスだ。
恵那の娘から携帯に電話があったようだ。丁度11時に掛かって来ていた。私はお湯を沸かし、インスタントの味噌汁を飲んだ。それから掛けて、暫く話した。
「よく〇〇ちゃんを最終のバス停に迎えに行った事を思い出すけど、何時頃に着くかがいつもはっきりしなかった。でも、こうして自分が最終に乗って帰ったら、時間の事がとてもよく分かったよ。もっと早く分かっていたら、何十分も待ったり、家を出ようとしたら〇〇ちゃんが家の前にいたりした事なんてなかったのに」
と言った。
「今日ライブに行っていて、佐川満男と話したよ」
と言うと、
「誰?」
と言った。知らないんだなあ、と思った。
「雪が凄くて、もう何処にも出られないわ」
「いいなあ。でも、ちゃんと買い置きはしてあるだろ」
「うん、ちょっとは。今日から水が出なくなった」
「水道を出しっ放しにしておかないからだよ」
「うん」
「でも、雪を溶かして飲んだらいいし、風呂だって雪を一杯入れて沸かしたらいいよ」
「あ、そうか。頭いい」
こんな事で、そのように言われるなんて思いもしなかった。
「恵那は、良い所が一杯あるみたいだ。景色は日本一だし、寒天の80パーセントは作っているし」
「あっ、それBSで観たでしょう。知っていたけど観れなかった」
「たまたま観たんだけどね」
いつかまた、日本一の田舎の風景を見たいし、寒天を作っている所も見たいし食べたいし、満天の星空も見たい。
♪遅かったのかい 君の事を 好きになるのが 遅かったのかい・・・
佐川満男と話せたなんて夢のようだし、いつかきっとエミさん繋がりで会える事もあろうとは思っていた。それが、こんな日に出会えるなんて何だか不思議だし、嘘のようにさえ思われる。
「この歳になると、人恋しくなるなあ」
とKi君は言った。
「それでこそ人生じゃないのかなあ」
と私は言った。
2015.2.10