こんなに威風堂々とした山があるのかと思う。恵那山は岐阜県と長野県を跨ぐ山だ。

名神高速道路を走り、京滋バイパスを抜け、再び名神高速道路小牧ジャンクションから中央自動車道に入る。

途端に道路は山々に囲まれ、その葉も紅より黄が俄然多く、早冬の季節に入ろうとしていた。時々綺麗だと思う事はあるが、それは全盛を過ぎていたからだろうと思う。それにしても雄大で広大で美しい。こんな迫りくる燃えた自然を、JR線の黒白の地図記号のようにでも、ずっと見ながらの運転はそうそうはない。

朝7時半に出て、凡そ300キロを運転した。恵那に着いたのが12時を過ぎた頃だった。私と嫁と一番下の娘夫婦と孫2人。定員5人にちょっとはみ出す。子供は3人で2人に勘定するからだ。後ろは入るだけ入れた荷物で一杯である。そこで11月1日に結婚した娘夫婦と会った。

家の事はまた書く機会があるかと思うが、よくこんな家が見付かったものだ。天井は高く暖炉があり、ハンモックを吊るしていた。それに穏やかな、民族を感じさせる音楽が流れている。ここまで安くなかったら、手が出ない所だ。自然さながらの土の歪な階段を上るが、家の入口で私はハーハーした。

今度は2台の車で馬籠に出掛けた。そんなに遠くはない。久し振りだったが、覚えている石段があったりした。満員だったが、ほんの少し待って「まつや」に入った。総勢8人である。

私は鶏蕎麦にした。900円だが、結構な美味さだった。美味しい葱に一口大の鶏の切り身が4個入っていた。

御幣餅ならぬ丸い串刺しの団子を頬張りながら歩いた。藤村記念館まで来て、誰も入る気配がないので私も触手は動いたものの、500円だったので止めにした。そこからまた踵を返し下り坂となる。

途中で、甘栗ではないが栗を焼きながら売っている老夫婦がいた。味見の栗があったので食べると殊の外美味い。1袋600円だったが、もう少し欲しいと思い、財布を車に忘れてポケットに1,000円しかなかった。

「後半分位足して貰えませんか」

と言うと、その袋にぱんぱんに詰めて、

「じゃあ200円貰えますか」

と言って来た。

「ああ、いいですよ」

と言って1,000円出すと、お釣りを200円くれた。そうると即座にもう100円手に渡してくれた。合計700円だから1袋600円が100円高くなっただけの事だ。それなのにこのはち切れて零れそうになっている袋はどう言う事だろう。随分得をした。

次は、静かな通り岩村に向かった。そこには商家があり勝川邸に入ってみた。藩士も出入りしたと言う佇まいで、米俵3,000俵が入る蔵が奥に並んでいた。部屋にも自由に上がれるが、無料だ。回り廊下があり、立派な屋敷だった。2階には、娘の部屋があり、景色のいい日当たりのいい部屋だった。余程大事にされていた事だろう。

水琴窟もあり、手水鉢から水を汲んで石の欠片の重なった部分に掛けた。小さい音だったが、澄んだガムランのような音がした。

車の中からも見て気になっていた名称の酒のある岩村醸造に入った。その酒の銘柄は「女城主」と言った。織田信長のおばに当たる岩村城の悲劇の女城主をそのまま名称にしている。ここには渡辺美佐子さんや小泉元首相も来ていて、首相の写真は数枚飾ってあった。

一渡り見て帰りに試飲をさせて貰った。もう車の運転はしないと言う意思表示も兼ねて。

店の人は「女城主」を勧めた。それはここの目玉商品だろう。少し飲んだが、他の新酒が3本あり、それも飲んだ。濁り酒は流石に濃い惹かれる味だったが、私はしぼりたて原酒の「ゑなのほまれ」にした。瓶は緑でラベルも緑で統一され、何の変哲もないものだったが、これは私の口に合った。「女城主」は、ラベルがいい。女城主が描かれていて美しい。だが、今回はラベルに惑わされなかった。次回、きっとこの原酒(720ml)と「女城主」を買うだろう。

皆が満足の行く旅だったし、老若男女思い思いに楽しめたと思っている。

漬物屋さんに入って、私は20袋が小分けしてある「とうがらし入り梅茶」を買った。

もう4時半を回っている。もう一度娘達の家に行った。広いから、孫達の遊び場にもなる。ハンモックが特に気に入ったようで、2人でくるまっては楽しんでいた。横から押すと随分揺れて、それが面白かったらしい。キャッキャッ言って騒いでいた。

旦那に抱っこして貰ったり肩車をして貰ったりするのが好きだが、彼の事が本当に好きのようだった。下の孫はお父さんに同じようにして貰って喜んでいた。

ミカンや柿を食べ、酒粕に砂糖を塗しバタ-を縫って暖炉で少し暖めたものを食べた。これは初食いだった。バターを塗る発想はなかった。

暫く不思議な空間で不思議な時を過ごし、6時半に車を走らせた。孫のお父さんが運転した。その頃から雨が降り出し、高速に入ると本格的になった。

サービスエリア養老で8時に夕食。私はかなり辛いカツカレーを食べた。このカレーは美味かった。

ここからは嫁の運転となり、景色の何も見えない道路をまっしぐらに走った。帰り着いたのは11時40分だった。

それから「ゑなのほまれ」を飲んだ。娘が2つ馬籠で買ってくれていたお猪口に注ぎながら。杉の匂いが鼻と口の中に充満した。その香りを楽しむのには最高だ。だが、明日はそのままの味を味わってみよう。

11月30日の終わりに辛うじて家に到着し、腰を据えて飲んでいる内に12月1日となった。時間も3時に近い。ブログを書こうとしたが、もう限界に近かった。寝る事にしたが、6時15分に携帯の音が鳴った。それを止めると起き上がった。血圧を測定し、朝ご飯を食べ、降圧剤を飲んだ。

7時30分には孫達を迎えに行き、夫婦は私の家で降り、高速バス停に向かった。今日は土曜日で、孫は我が家で一緒に遊ぶことになる。流石に眠くちょっと眠ってから、このブログに昨日の事を記録した。

今から、昼食としよう。

恵那の娘が言っていた言葉が私の頭から離れない。

「夜の星は凄く綺麗で、見ている間に幾つもの流れ星が流れるよ」

来年は正月に来るから賑やかになるが、私は来年はこの星を観に出掛けよう。私には願ってもないとても幸せな事実が判明したのだから。

恵那山を望めるこの家に来れば、きっと見られる降るような星を想像しながら、次に行ける日を楽しみにした。

恵那山は2,191メートルの山だそうで、百名山の一つでもある。なだらかな、それでいて威容を誇っている木曽山脈の南端の山だ。くっきりと、しかも厳かに感じられるのは、ここに天照大神が降臨したからであろうか。