大相撲九州場所13日目を十両の取り組みの終わる頃から観て、東西力士の揃い踏みを観て、3横綱の土俵入りを観て、そろそろ勝ち越しか負け越しが気になる力士がいて、途中で下の孫が熱があるので少し早いけれど保育園に迎えに行って、帰って、残った梅酒に飲むヨーグルトを入れて飲み、ほろ酔い気分になりながら相撲の続きを観た。
1文を長くすると、丸までがこんなに長くなる。例に出すのには余りにも烏滸がましいが、文豪谷崎潤一郎の文が長かったのを思い出す。谷崎氏はこんなに下手では勿論ない。だが、こうして1文がなかなか終わらないと、その中に何時間かの行動が流れて行き、納まるのが面白い。
今日はテレビ三昧だ。
今日は珍しく夫婦で孫を我が家に迎えに来て、いきなり親子で「妖怪ウオッチ」にして、と言った。今日の妖怪は〔砂夫〕。昨日だったか初めてテレビで妖怪ウオッチを観た。その時は〔腹踊り〕。このアニメの構成がよく分かった。6時半を回っている。
孫達が帰って行って「吹奏楽バトル西日本」を観ていた。だが、もう許せない程に、体重が私の思う最高値を超えたので、明日(22日)から本気でまたダイエットをしようと考えた。なので、取り敢えずジョギングに出掛けた。
体重はあの減量出来た3年前の或る日から5キロ増え、ここで抑えなかったら更に6、7キロは、見る見るリバウンドするのが明らかだ。何故なら、始めた頃と同じように脂肪が国語辞書のようにくっ付いているからだ。
やっぱり体は重く、辛い。4キロ走るのに30分はかかるようになってしまっていた。
帰るとカラスの行水をして、すぐにテレビの前に炬燵越しに座った。まだ熱かったので、カーペットのスイッチは入れなかった。辛うじて「南極物語」に間に合った。この時間帯は「千と千尋の神隠し」はあるし「ぴったんこカン・カン」もある。
暫く「南極物語」を観ていたが、深刻になりそうなので、安住アナの出る「ぴったんこカン・カン」(8時から)に切り替えた。鈴木京香や高橋克実も出ているし、第一肩の凝らない番組でもある。
それが終わると「こんなところに日本人」(9時から)に切り替えた。これはよく観るプログラムだ。34年もアラスカのアリューシャン列島の漁港に暮らす男を訪ねる旅だが、その男に人生が滲み出ていて、とても好感が持てた。市民権を取っていないと言う。いずれ日本には帰りたいからだと言った。
それが終わると、10時。5チャンネルBS朝日に焦点を当てた。我ながら、こんなに続けて長くテレビを観る事は珍しいと思った。だが、シマさんに案内して貰った所なので、これは観たいと思っていた。「南極物語」を観ていたら、これも、それも、あれも観る事叶わなかったのだ。
「人生を変える7日旅ー奄美大島で号泣」と言うタイトルだ。そもそもこの番組は観た事がない。それでも、青い南国の海が見られたし、主人公は星や夕日の話もしていた。私は生憎天候の悪い冬に行ったので、海も星も夕日も見る事が出来なかった。三原色ではないが、赤色の夕日、黄色の星、青色の海は、私には感動の自然三原色なのだ。
それはさて置き、主人公は29歳のイチロー似の男、今井洋介だった。自分探しの旅に出たのだった。島に着くと時計も外し、スマートフォンも電源を切った。マングローブをカヌーで滑ると、その櫂の音だけが人工の音だった。その静寂さは私にも理解出来た。彼は、奄美大島の東中程にある集落「市」に辿り着き、そこで一人の男に出会った。67歳の男だ。
漁に出ようとの話になったが、台風16号の影響で2、3日は駄目だと、今は引退しているその漁師は言う。その間、加計呂麻島に行って来たいと今井洋介は言って出かけた。「またここに戻っていいか」と聞いて。
加計呂麻島から戻ると、洋介はこの元漁師の家に行った。次の日の朝6時に起こされ、船に乗る。左手に長い竿を持ち、その先に付いた大きな疑似餌を水面に這わせてハマチを誘う。右手に持つモリでハマチを突く、古来の漁法である。だが、1匹も獲れず、港で他の漁師に譲って貰った。ハマチは1匹7,000円で売れると言う。3匹獲れれば大漁だそうだ。
漁師は彼を洋介と呼んだ。人生の事や集落の事や色んな事を洋介に話して聞かせていた。また、彼の悩みにも、目をじっと見ながら本音で向き合ってくれた。それは、彼が帰る時になって、この漁師に書いた手紙を読んだ事で分かった。感極まっていた。読み終わると、漁師の目も潤んだ。2人は座敷テーブルを挟んで、手を握り合った。単なる握手ではなかった。そこに電流が通うのが、私にも分かった。
漁師は、自分の息子達は離れて暮らしているけれど、洋介も自分の息子のように思うと言った。洋介は、何か迷ったらまた来てもいいかと聞いた。
離婚した洋介には、ノルウエー人女性との間に3歳の女の子がいる。会いに行った時、自分のお父さんも目の色が自分と同じ茶色だと、嬉々として人に聞かせていたそうだ。
漁師は、間違っていたらご免だけれど、洋介の悩みが感じられると言った。そして、娘さんは必ず自分から会いに来ると言った。
洋介はこの旅で、この漁師と出会えた事を心から喜んでいた。彼が分かった事は、人は人と出会い、人に教えられ、人と繋がると言う事だった。これは私も全く同じ考えだが、私と彼と違う所、彼の方が断じて優れている所、それはその若さで感じられた事だ。私がそれに気付き確信を持ったのは、60を過ぎての事だったのだ。観念的には思っていても、実感が伴わないでいた。
彼は漁師に言う。
「今度会う時は、もっと成長した姿を見て貰いたい」
と。何と素晴らしいのだろう。彼の2倍以上歳の行っている私が、彼とそう変わらない感覚でいる。何と自分は成長していない事だろうか。
最初に出会ったサーファーの指導員が言った事も印象に残る。
「奄美で暮らすのに何の心配も要らない。食べられなくなると言う事もない。誰かが必ず助けてくれる」
私も洋介と一緒に追体験をさせて貰いながら、この「市」と言う自然ながらの集落から、とても大切な貴重なものを学んだ。余りにも騒々しい、雑音だらけの生活の中で、こののんびりとした自然の音と三原色とが織りなすアラベスクは、人に潜在的な心を引き出させ取り戻させると思った。移住など出来ない私は、ガーガー鳴っている煩いラジオの雑音を、せめて美しい音のする周波数に合わせる事の出来る自分でいたいと思った。
どこか演出された所があるにしても、それで何か感じるものがあるのは有り難い事だし、感じられる事に感謝したい。
なるほど。「人生を変える7日旅」、か。
1文を長くすると、丸までがこんなに長くなる。例に出すのには余りにも烏滸がましいが、文豪谷崎潤一郎の文が長かったのを思い出す。谷崎氏はこんなに下手では勿論ない。だが、こうして1文がなかなか終わらないと、その中に何時間かの行動が流れて行き、納まるのが面白い。
今日はテレビ三昧だ。
今日は珍しく夫婦で孫を我が家に迎えに来て、いきなり親子で「妖怪ウオッチ」にして、と言った。今日の妖怪は〔砂夫〕。昨日だったか初めてテレビで妖怪ウオッチを観た。その時は〔腹踊り〕。このアニメの構成がよく分かった。6時半を回っている。
孫達が帰って行って「吹奏楽バトル西日本」を観ていた。だが、もう許せない程に、体重が私の思う最高値を超えたので、明日(22日)から本気でまたダイエットをしようと考えた。なので、取り敢えずジョギングに出掛けた。
体重はあの減量出来た3年前の或る日から5キロ増え、ここで抑えなかったら更に6、7キロは、見る見るリバウンドするのが明らかだ。何故なら、始めた頃と同じように脂肪が国語辞書のようにくっ付いているからだ。
やっぱり体は重く、辛い。4キロ走るのに30分はかかるようになってしまっていた。
帰るとカラスの行水をして、すぐにテレビの前に炬燵越しに座った。まだ熱かったので、カーペットのスイッチは入れなかった。辛うじて「南極物語」に間に合った。この時間帯は「千と千尋の神隠し」はあるし「ぴったんこカン・カン」もある。
暫く「南極物語」を観ていたが、深刻になりそうなので、安住アナの出る「ぴったんこカン・カン」(8時から)に切り替えた。鈴木京香や高橋克実も出ているし、第一肩の凝らない番組でもある。
それが終わると「こんなところに日本人」(9時から)に切り替えた。これはよく観るプログラムだ。34年もアラスカのアリューシャン列島の漁港に暮らす男を訪ねる旅だが、その男に人生が滲み出ていて、とても好感が持てた。市民権を取っていないと言う。いずれ日本には帰りたいからだと言った。
それが終わると、10時。5チャンネルBS朝日に焦点を当てた。我ながら、こんなに続けて長くテレビを観る事は珍しいと思った。だが、シマさんに案内して貰った所なので、これは観たいと思っていた。「南極物語」を観ていたら、これも、それも、あれも観る事叶わなかったのだ。
「人生を変える7日旅ー奄美大島で号泣」と言うタイトルだ。そもそもこの番組は観た事がない。それでも、青い南国の海が見られたし、主人公は星や夕日の話もしていた。私は生憎天候の悪い冬に行ったので、海も星も夕日も見る事が出来なかった。三原色ではないが、赤色の夕日、黄色の星、青色の海は、私には感動の自然三原色なのだ。
それはさて置き、主人公は29歳のイチロー似の男、今井洋介だった。自分探しの旅に出たのだった。島に着くと時計も外し、スマートフォンも電源を切った。マングローブをカヌーで滑ると、その櫂の音だけが人工の音だった。その静寂さは私にも理解出来た。彼は、奄美大島の東中程にある集落「市」に辿り着き、そこで一人の男に出会った。67歳の男だ。
漁に出ようとの話になったが、台風16号の影響で2、3日は駄目だと、今は引退しているその漁師は言う。その間、加計呂麻島に行って来たいと今井洋介は言って出かけた。「またここに戻っていいか」と聞いて。
加計呂麻島から戻ると、洋介はこの元漁師の家に行った。次の日の朝6時に起こされ、船に乗る。左手に長い竿を持ち、その先に付いた大きな疑似餌を水面に這わせてハマチを誘う。右手に持つモリでハマチを突く、古来の漁法である。だが、1匹も獲れず、港で他の漁師に譲って貰った。ハマチは1匹7,000円で売れると言う。3匹獲れれば大漁だそうだ。
漁師は彼を洋介と呼んだ。人生の事や集落の事や色んな事を洋介に話して聞かせていた。また、彼の悩みにも、目をじっと見ながら本音で向き合ってくれた。それは、彼が帰る時になって、この漁師に書いた手紙を読んだ事で分かった。感極まっていた。読み終わると、漁師の目も潤んだ。2人は座敷テーブルを挟んで、手を握り合った。単なる握手ではなかった。そこに電流が通うのが、私にも分かった。
漁師は、自分の息子達は離れて暮らしているけれど、洋介も自分の息子のように思うと言った。洋介は、何か迷ったらまた来てもいいかと聞いた。
離婚した洋介には、ノルウエー人女性との間に3歳の女の子がいる。会いに行った時、自分のお父さんも目の色が自分と同じ茶色だと、嬉々として人に聞かせていたそうだ。
漁師は、間違っていたらご免だけれど、洋介の悩みが感じられると言った。そして、娘さんは必ず自分から会いに来ると言った。
洋介はこの旅で、この漁師と出会えた事を心から喜んでいた。彼が分かった事は、人は人と出会い、人に教えられ、人と繋がると言う事だった。これは私も全く同じ考えだが、私と彼と違う所、彼の方が断じて優れている所、それはその若さで感じられた事だ。私がそれに気付き確信を持ったのは、60を過ぎての事だったのだ。観念的には思っていても、実感が伴わないでいた。
彼は漁師に言う。
「今度会う時は、もっと成長した姿を見て貰いたい」
と。何と素晴らしいのだろう。彼の2倍以上歳の行っている私が、彼とそう変わらない感覚でいる。何と自分は成長していない事だろうか。
最初に出会ったサーファーの指導員が言った事も印象に残る。
「奄美で暮らすのに何の心配も要らない。食べられなくなると言う事もない。誰かが必ず助けてくれる」
私も洋介と一緒に追体験をさせて貰いながら、この「市」と言う自然ながらの集落から、とても大切な貴重なものを学んだ。余りにも騒々しい、雑音だらけの生活の中で、こののんびりとした自然の音と三原色とが織りなすアラベスクは、人に潜在的な心を引き出させ取り戻させると思った。移住など出来ない私は、ガーガー鳴っている煩いラジオの雑音を、せめて美しい音のする周波数に合わせる事の出来る自分でいたいと思った。
どこか演出された所があるにしても、それで何か感じるものがあるのは有り難い事だし、感じられる事に感謝したい。
なるほど。「人生を変える7日旅」、か。