中国自動車道のパーキングエリア安富で3台の車に分乗した12人が落ち合う。10時の予定だったが、20分も早く集まった。

私ともう一人Oさん(女性)が幹事となっていて、そこでどの車に乗るか抽選をした。わくわくする旅の始まりだった。

運転手は私、シマさん、Mさん(男)だ。4人ずつに分かれるが、Mさんの車に乗ったのは3人とも全部女性だった。私の車は全部男性だ。明日も朝、抽選を予定している。

1時間半で米子道の蒜山サービスエリアに着いた。勿論トイレ休憩だが、殆どがジャージー牛乳入りのソフトクリーム(350円)が目的だった。まるで子供の頃に戻ったように嘗めながら、目に入って来る大山を眺めていた。それをバックに全員の記念写真を撮った。

堺港で海鮮丼を食べる事にしていたが、予約で一杯だった魚山亭は諦めて、すぐ近くの漁港に行った。それが簡単に行けた訳ではなかった。最初からその場所や店を知っていたのではなく、何処か食べられる店を探しながら車を走らせていた。

道端の幟旗を見付け、その指示で車を走らせた。真っ直ぐに走って行くと何処にももう表示がない。仕方なくナビを入れて走ると、元来た通に戻って行く。あれは逆方向を示した旗だったのか・・。また魚山亭に戻るのではないかとの不安が過ぎった。私が先頭、2番目がMさん、最後がシマさんで、責任も重い。だが仲間の気楽な旅になったらいいと皆もそう思っているから、苦情などはない。

魚山亭に戻る前にナビは右折するように指示し、無事に魚山亭に戻らないでこちらの店に辿り着けた。でも、紛らわしい旗での表示だ。私がUターンをすると後の2台もUターンをする。後から後からそんな状況は頻発するので、私の名誉の為に、以後のそんな様子はナビの所為にして割愛する。

トイレの横に並んでいるから誤解を招くが、その長い列は食堂への列だった。20分も待たなかったと思う。海鮮丼もあったが、皆カニとろ丼に決めて、カニみその付いているのを注文した。そこで、思わぬ満足感を得た。

その後、松江へと行くが、距離としては20キロ程である。駐車場は並んで待った。全員駐車した所で堀川遊覧船の大手前乗船場に行った。定期便で15分毎に出ているが、時間は船次第と言う事もあって正確ではない。予定していた14時15分はとっくに過ぎていて、次は3時30分。それが駄目なら45分があると言われた。30分のに乗れそうだったので乗船時間5分前には戻る事にして、暫く自由時間にした。

ぶらぶらしていた私達は10数分前に戻り、暫くすると名前が呼ばれた。皆、屋根のある伝馬船を大きくしたような船に乗った。12人乗りで、私達12人、水入らずで乗る事が出来た。船内で靴を脱いで炬燵に足を入れた。暖かさと寒さとのアンサンブルが心地いい。

女の舵取り兼案内人はとても語り口が上手く優しく、50分のお堀一周があっと言う間に済んだ。堀端には木々が茂り鴨が泳ぎ鳥の囀りが聞こえた。水は穏やかで、片方の岸の上には民家や店が見え、武家屋敷が見えた。テラスでコーヒーブレイクをしている女性たちが手を振った。皆も手を振り返した。旅は人を開放的にする。

途中船の屋根が4回低くなり、私達も炬燵に頭がくっつく程に体を屈めた。橋の下をこの4か所だけはそのままでは船が通れないからだ。私とシマさんは何度か経験があるが、他の仲間は喜んでくれただろうか。

予定の時間より1時間以上ずれている。この後に予定している松江城、武家屋敷通り散策、八重垣神社は、どれか1つにしなければ、それこそ旅館でゆっくり温泉に浸かれない。船からお城は見られたしライトアップとなった時間にも近くから眺められたし、これはパス。八重垣神社も、遠いし遅くなると折角の壁画も観られない。だとすると、散策。即座にそれに決まった。

武家屋敷もラフカディオ・ハーンの旧居も見学料が要る。どちらかに入ってみようと言う事で、ハーンの旧居にした。

300円だが堀川遊覧の乗船券を見せたら、140円になった。節さんと2人の暮らしと息遣いが迫って来るようだった。400年前からの堀を歩きながら見て、駐車場に戻った。

湯元湯の川温泉はそこから15キロ程。6時に到着。7時まで、温泉に浸かって寛ぐ事にした。日本三大美人の湯と言われているだけあって、肌がすべすべする。いつか甥と2人で、ここに浸かるだけに来た事がある。玄関の大輪の菊の群れが、私達を歓迎してくれた。

1000円アップになったが、島根和牛数切れを加えていて良かったと思う。宍道湖の七珍は全部は出て来なかったが、鱸、鰻、蜆はあった。エビはモロゲエビではないが1尾。アマサギとコイとシラウオがないだけだった。やっと飲めたビールと焼酎だった。

シマさんの三線を鳴らしながらの唄。誰かが言っていた。「益々上手くなっている」と。私も、この日のシマさんの声は、いつになく張りがあり、プロの真髄を見た気がした。

何度か交代で、私は1本鞄に入れていたソプラノのC管を鳴らした。オカリナだけでは面白くないだろうと思いハーモニカ(A)を持って来ていたのに、この宴会場に持って来るのを忘れていた。

シマさんのお仕舞の曲は、いつも2つの内のどちらかをやってくれるように注文する。今回彼は「ワイド節」をやってくれた。

終わり間近になって、景品もOさんと買に行っていたものを並べ、ビンゴゲームをした。私がずっと前に買っていた、ガラガラ回すと番号の付いた玉の出るものを使った。リーチになっても中々ビンゴにならなかったが、1番にビンゴになったのは、体の調子が悪くなって、来ること叶わなかったNさんだった。私は、お土産にもなって良かったなと思った。

私は4番目にビンゴ。Oさんが番号の穴を開けてくれていた。

部屋に帰ると、私達の寝る部屋に全員が集まって、2本ほど仲間たちが買っていた日本酒で酒盛りとお喋りをした。ウイスキーをポケットに入れて来ている者が2人いたが、それも加わった。女性は11時に部屋に帰って行った。男性は1時過ぎに解散し、2部屋に分かれた。



目はずっと前に覚めていたが、何となく雨だと感じていた。1週間前の天気予報と同じだった。それも仕方がないと思っていたら、障子が光り雷が鳴った。昨日(16日)はあんなに晴れていたのに。これが昔懐かしい出雲の天気かと思った。雨なら雨でいいと思った。6時前に大浴場に行った。名称はそうだが、大浴場なんかではない。でも家族風呂よりは大きな、人参や大根の銀杏切りのような形の風呂だ。お尻まで沈めると、顎から口にかけて漬かる程の深さだ。1人だが、何度か稲光がした。

上がる頃、Tさんが入って来た。彼も出雲地方出身だ。

7時半から朝食にしていた。そんなに珍しいものがあるのでもないが、旅先で食べる朝食はいつでも不思議と美味く、お代わりをしてしまった。蜆の味噌汁は、私に取っては昔の日常の母の味である。厚く焼いた玉子焼きも美味かった。

8時半過ぎには玄関で集合写真を撮ってから出発した。荒神谷遺跡を見る為だった。雨が嘘のように止んでいた。荒神谷には直ぐに着いた。それでも、車を降りると少し降り出した。皆、傘を差した。

虹が見えた。二重の虹で、上の方の虹は薄かった。雷と雨と虹のコラボは、歓迎のコラボだったなと思えるものだった。雨も凄くはなく、傘を差して見下ろす銅剣や銅矛や銅鐸はまた、風情がある。博物館の女性がいて、少し話が聞けた。だが、次を急がなければならなかった。次は、出西窯である。9時20分に着き、陶器を見たり、登り窯を見たり、コーヒーを飲んだりした。

何人か器を買っていて、私はご飯茶碗を買った。今手許にある以外の出西窯のご飯茶碗を、いつも買いたくなる。コーヒーは沸かしてあって、どのコーヒーカップで飲んでもいい。無料だが、頗る美味しいのは、カップも愛でながら飲めるからだろう。

愈々出雲大社だ。大駐車場の辛うじて空いているスペースに止めて、歩いて参道の入口の鳥居の前に戻った。そこで集合写真。誰かが2人の女性の1人に、撮ってくれるように頼んだ。

参道を歩く。浄めの社にお参りし、更に進む。400年は経つ松林の間を抜けて行く。真ん中は神様の通り道で、通行出来ないようにしてある。

柄杓で手を洗い、口を漱ぎ、有名な注連縄のある拝殿に。ここが本殿だと思っている人は多いと思う。その向こうに大国主命の鎮座する本殿がある。普段は中に入る事が出来ないエリアだ。因幡の白兎の話で有名な大黒様はこのお社に西を向いて鎮座する。この本殿で賽銭を入れて礼拝するが、実はその横向きの姿を拝んでいる事になるのだ。

ぐるっと一回りするが、60年の遷宮が昨年終わり、社の桧皮葺が清々しい。

また鳥居まで戻り、満員でなかなか食べられない出雲そばを、やっと違う店を見付けてそこで食べた。三段重ねの割りご蕎麦である。いつも食べているものとはちがって薄く平べったい蕎麦で、出汁も味が少し違うが、それは時間の関係もあり、止む無くここで食べた。だが、観光の一団が入って来ると途端で満員になった。3~40人は入っている。だが、仲間には胸を張って食べて貰った蕎麦ではない事が残念ではあった。ここ大社ではなく出雲で食べて貰いたかったが、流れに組み入れる事が出来なかったのだ。

そのあと南に下がり、店の続く道にあるぜんざい屋さんでぜんざいを食べた。これも焼いた餅を入れたもので、皆白玉ではなくこれを食べたいと言った。並ぶのに時間。餅が焼き終わるのに時間。時間をいささか浪費した旅となった。誰かが、もう日御碕はいいと言ったが、私は計画した手前もあり、ここにも行ってこそ案内した気がすると思っているので、ここは有無を言わさず強行した。

日御碕神社は日御碕灯台と目と鼻の先である。ここには天照大神と素戔嗚尊が祀ってある。皆それぞれの形で拝んだりおみくじを引いたりしていた。私が推薦するおみくじを200円で引いている人もいた。中に金色の稲穂やカエルやお多福などが入っていて、それぞれに意味があった。

すぐ灯台に行った。凄い風だ。灯台に上ったものは3人いた。1人は男、後は女だ。螺旋階段が急で、上り詰めるとはあはあするが、天辺のでっかいレンズや光源が見られるし、なにより見晴らしがいい。海抜100メートル、実際の高さは46メートル程だが、下よりもっと風がきつかったと言っていた。

いよいよ旅も終盤を迎えた。車に乗った面々は、最後の島根ワイナリーに到着。ここで40分の時間を取って、3時30分に集合する事にした。午前4時過ぎには目が明いていた私は睡眠時間は3時間程でとても眠かった。ここは土産を買うには最適で、結構満足出来る場所である。おまけにワインが種類別に試飲出来る。私は運転をするので、葡萄汁を小さな使い捨てのカップで2杯飲んだ。

お薦めのお菓子は何か聞かれ、美味しいお菓子を2、3を知らせておいた。その後車に戻り、出来るだけ眠るように努めた。少しだったが、運転中にうとっとするような事はなくなっていると思った。

帰り道はそんなに眠くはならなかった。ワイナリーに来るまでは、誰かが欠伸をしたら必ず欠伸が移った。だが、今度はその欠伸が移らなかったから少し回復したなと思った。

最後は中国自動車道のサービスエリア勝央に集合する事にした。M号は出雲を超えたら山陰道に入ってしまった。私は9号線を走っている。シマさんはどこを走っているのか、ばらばらになった。後で聞くと、Mさんが山陰道に入ったのは分かったが、私はきっと9号線を走るだろうと思い、彼も9号線を走ったらしい。松江を過ぎた辺りから山陰道に入ったから、最終的には時間的なずれが生じた。

私達は蒜山でトイレ休憩。それから少しスピードを上げ、勝央に着いた。

「集合場所を決めていただけで、こうしてまた皆が会えるのね」

と不思議そうに、感激したように言った人がいた。

ここでは、自腹で好きなものを食べて夕食とした。最後に、私は感謝の意を述べて解散とした。初めの日に誘って乗って貰った人に車を乗り換えて貰った。これで一路神戸に、1台だけで好きに運転して帰れる事になった。

皆が喜んでくれたかどうかは分からないが、今年は幹事に当たって企画した旅だった。この旅が無事に終わった事を喜びたい。皆を無事に送り届けられた事が何よりだったからだ。

人それぞれだから、何かに不満はあるだろう。だが、流れに沿って流れた気儘な12人の旅だった。仲間と思うからこそ12人が一緒になって流れに乗れた旅だったのではないだろうか。色々なハプニングは省略するが、これぞちょっと多い12人の珍道中だったと思う。気儘な旅に、また協力してくれた皆さん、参加してくれた仲間に感謝したい。

行けなかった人、行けなくなった人は残念だが、仲間が全て参加して行動出来るのは至難の業である。高齢者だと言う事に気付かずにはしゃいだ旅だったが、もう終わってしまった。何事もなかったかのように、こうして何の不思議もなくパソコンの前に座っている自分を不思議に思う。