昨日(16日)三田の介護施設「ひなたぼっこ」に行って来た。

シマさんにも応援を頼んで15時から16時までの1時間、オカリナと三線を半分ずつ演奏した。

シマさんは北区だから、そのどこか近くで待っている彼を私が乗せていけば良いと言う提案だった。考えてみれば、考えなくても尤もな話で、私の家まで車で来てそれを置いて私の車で行くと言うのは、シマさんに取っては往復1時間以上の時間等のロスになる。

が、孫の保育園への迎えがあると言うので、全くこちらの勝手で、シマさんに私の送り迎えをして貰う嵌めになった。行きも帰りも遠いのに、面倒と迷惑を掛けてしまった。申し訳ない。

目的地周辺に40分位前に着いたので、JR三田駅で少し時間を潰す事にして駅に向かった。そこで2人共用を足して、まっ早くてもえっかと言ってすぐに「ひなたぼっこ」に到着した。

30人以上集まったお歳寄りが何かを楽しんでいた。この日は敬老会をやっていたのだ。

施設長は女性。事務長は若い男性。取締役とは初めて会ったと思う。私は以前3回位来ているので、取締役は私の演奏は聴いた事があると言った。この3人は家族である事が名刺や言葉の端々から判明した。

取締役はシマさんの三線について、珍しそうに話を聞いていた。人の気持ちを逸らせない所は人生経験を積んでいる人だなと思った。

息子の事務長が私達を紹介した。そんな中で、

「この前は、美味しいお蕎麦屋さんに行きましょうと言っていましたが、今日はもう食べて来ておられるので、今度行きましょう」

なんて言ったものだから吃驚したが、シマさんと顔を見合わせた。実は来る途中シマさんに、この前(1年半位前)は若い事務長がそんな事を言っていたと話題にしていたからだった。よく覚えていたなと思ったし、以前は適当に言っていたのではない事が分かり、真面目で誠意のある人だなと思った。

私は殆ど話はしないで演奏した。沢山聴いて貰う方がいいだろうと思ったからだ。目の前の介添えの職員が顔に黒い皺を書いていて、時々その顔が演奏中に目に入って可笑しかった。

デイサービスなのだが、ここに来るお年寄りたちは結構元気で、しっかりした人達が多い。幾らお年寄りだからと言って、気楽に演奏出来た訳ではない。これもワンステージだと思いオカリナを吹いた。

三線とシマ唄は黙って演奏する性格のものではない。話とミックスして初めてその良さが増幅される。その塩梅がとても良く、話も聴衆を惹き付けていた。お年寄りたちが頷いたりしてしっかり彼の話に耳を傾けているのがとても印象的だった。私が喋ったら、押し付けのアンコール曲を入れた8曲が、3曲か4曲になってしまうだろう。極端な話、オカリナ演奏は一つもなかったと言う事に。

奄美のシマ唄を殆どの人が、職員も含めて聴いた事がないと思うので、新たな感慨を持って聴いた事だろう。こんな機会は滅多にないから、この出会いはラッキーである。

終わると、おばあちゃんが2人立って杖を突きゆっくり前に出て、クッキーの詰まった洒落た箱を手渡してくれた。そう言えば、初めは私たちの苗字が平仮名の飾り文字で書かれた画用紙大のカードを前列の人達が持って、こちらに向けて歓迎してくれていた。

またお楽しみが始まったようだ。取締役と暫くお酒や食べ物の話しなどをして、頃を見計らって片付けをして「ひなたぼっこ」を離れた。車の置いてある所まで来て、取締役は私達を送ってくれた。今までは彼がいなかったものだから、こんな事はなかった。それは利用者さん達の世話と車での送りとで施設長までが大忙しで、そんな余裕はなかったからだ。

ボランティアが出来てよかったと思った。オカリナやシマ唄を聴いて何か感じて貰えたら、それが一番だからだ。私からして見れば、そこに至るまで何を演奏しようとかと曲目を決め練習する事が重要で、その機会を与えて貰えた事に感謝なのだ。

壁に貼ってある祝いの歳が目に付いた。殆ど知ってはいたが、特に超高齢は何と言うか分からなかった。それで、書き写した。職員の人がそんな私を珍しそうに見ていた。

還暦(60才) 古稀(70才) 喜寿(77才) 傘寿(80才) 米寿(88才) 卒寿(90才) 白寿(99才) 百賀(100才) 大還暦(120才) 珍寿(120才以上)

珍寿、珍寿・・。何度も頭の中に上らせて、一人繰り返し喜んでいた。

後で、お茶を運んでくれた職員と話した。

「何歳に見えますか。還暦ですよ」

「そうなんですか」

「いや、古稀ですよ」

「古来稀な歳です」

とシマさんが付け足した。

「私達より年下の人いますか」

と聞くと、

「ええ、いますよ。お二人ともお若く見えますね」

とお世辞かどうか分からぬ答えが跳ね返って来た。自分では若いと思っているし、歳の話になると初めて、何? 自分がもう70だって? と思い、考え込んでしまう。歳なんてなくてもいいんじゃないかと思う。そうすれば、思い込まなくてもいいし、もう少し自由に生きられるのではないか。もう10年もしたら80才?! そう思ったら、シマさんの運転する車の中で倒れそうになった。幸い背凭れがあるので、倒れるまでは行かなかったが。

シマさんの良く知っている道の話を聞きながら、珍寿ならぬ珍道中となった。