これは何だろう。
What is this?
中学1年生で習った英語。あの頃が妙に懐かしい。
こんな事を言っているから、ホワイト・イン・プライズに蝕まれてしまうのだ。
尤も、こんな言葉はない。最後まで言わないでおこうとも思ったが、種を明かしてしまえば白内障である。
総合病院に着いてから駐車場を離れるまで、3時間かかった。その間、視力検査から暗室検査。眼圧を調べたり目の内部の写真を撮ったり移動する赤い光線の点の上に緑色の光線の点を重ねたりする検査があった。
「網膜は綺麗だし、これは白内障です」
写真を見ながら、その医者は言った。
名前を呼ばれる度にその場に行くと、こちらの名前をフルネームで言うように言われ戸惑う。
「呼ばれたから来たのです」
と、そんな野暮な事は言う筈がない。本人確認以外の何ものでもないだろうから。
「今日は車ですか。次いつか瞳孔を広げる検査をします。右目はそうですが、左目もその傾向があります。白内障ですから、手術をすると思っていて下さい」
そうかと思っただけで、何の動揺もなかった。
最近、明らかに視力が落ち、周りが特に右目の為にぼやけて見える。ものが二重に見える。PCの文字が薄く感じられ、今までのようにはっきり見えないのだ。だから、眼鏡のレンズを入れ替えればよいと言ったレベルを超えていると思っていた。
45歳までは、視力が1.2位だったから眼鏡を掛けるなど考えた事がなかった。時には1.5あったりして、まさか自分が眼鏡の助けを借りるようになるとは想像だにしていなかった。北斗七星の柄杓の水を汲む方から6番目の星の横に小さく見える連星があるが、それさえ見えていた。これが見えると視力は1.5以上だと、ものの本に書いてあったのを覚えている。それが今は、星を見ると雪だるまのように見えてしまう。串を刺せば美味いかも知れないが、星の焼き鳥なんか聞いた事がない。
そうして、私は眼鏡が当たり前になった。それでも、眼鏡を掛けていたら、それこそ1.2はあってなんら不便はなかった。国語辞典の小さな字など、普通に見えていたのだ。いまは左右の目の度数が違うので、ぼやけて見えてしまう。
かつての記憶にある木々の緑。満天に広がる星の輝き。美女の顔。そんな当たり前の美しさがもう一度見えるようになりたい。まるでピンボケの写真のように、前を走る車のナンバーさえ碌にはっきりとは見えない。
顕著な辛さは、遠くから歩いて来る人の顔がはっきり分からない事。何ぼなんでも、目の前にいれば分かるけれど、誰か分からなければ挨拶だって出来ないのが困る。ブルーベリーやアロニアの錠剤も期待をして飲んでみたが、改善されなければお金の無駄遣いである。昨日電話で中止する旨を伝えた。何か月かは継続して飲まなければ効果は出ないのだろうが、つい体験談をテレビや新聞やパンフレットで見て、その凄い効果にすがってしまった。「効果は個人によって違います」と書いてあるのにだ。
白内障の手術をしたら、恐ろしいほど良く見えるようになったと言う話はよく聞く。そうなったらいいのだが、片目を先ずやって、もう一つの目は1週間後にやるのが殆どだ。水に映るぼやけた景色もいいものだが、四六時中ぼやけていては生活にも困るようになるだろう。
白内障の手術を行う医師は言わないと思う。「効果は個人によって違います」なんて。
以前は暗譜でオカリナを吹いていた。神戸のオカリナフェスティバルが始まる1年前の2000年には、宗次郎さんを迎えて5組だけが文化ホールで演奏した。その時は当たり前のように暗譜だった。無伴奏ではあったが、「シチリアーノ」を吹いた自分に驚いている。
今はとても恐ろしくて、そんな事は出来ない。楽譜を見ながら演奏すると安心する。年寄りの特権でもないだろうが、折角楽譜を譜面台に乗せて吹こうとしても、それがはっきり見えなかったらどうにもならない。
暗譜で吹こうが楽譜を見ながら吹こうが、それは本来どちらでもいい事で、気持ちが表現出来ればいいのである。そんな私が見ようとした楽譜がぼやけていたら、それこそ一大事だ。その為にも、考えてもいなかった手術を早くしたいと思っている。ホワイト・イン・プライズの手術だ。
先日京都の圓光寺に行って来たが、早朝1時間だけ1,000円で見せてくれる紅葉はさぞかし美しい事だろう。ピントの合った自然の美しさが、再び蘇る日の近からん事を想う。
What is this?
中学1年生で習った英語。あの頃が妙に懐かしい。
こんな事を言っているから、ホワイト・イン・プライズに蝕まれてしまうのだ。
尤も、こんな言葉はない。最後まで言わないでおこうとも思ったが、種を明かしてしまえば白内障である。
総合病院に着いてから駐車場を離れるまで、3時間かかった。その間、視力検査から暗室検査。眼圧を調べたり目の内部の写真を撮ったり移動する赤い光線の点の上に緑色の光線の点を重ねたりする検査があった。
「網膜は綺麗だし、これは白内障です」
写真を見ながら、その医者は言った。
名前を呼ばれる度にその場に行くと、こちらの名前をフルネームで言うように言われ戸惑う。
「呼ばれたから来たのです」
と、そんな野暮な事は言う筈がない。本人確認以外の何ものでもないだろうから。
「今日は車ですか。次いつか瞳孔を広げる検査をします。右目はそうですが、左目もその傾向があります。白内障ですから、手術をすると思っていて下さい」
そうかと思っただけで、何の動揺もなかった。
最近、明らかに視力が落ち、周りが特に右目の為にぼやけて見える。ものが二重に見える。PCの文字が薄く感じられ、今までのようにはっきり見えないのだ。だから、眼鏡のレンズを入れ替えればよいと言ったレベルを超えていると思っていた。
45歳までは、視力が1.2位だったから眼鏡を掛けるなど考えた事がなかった。時には1.5あったりして、まさか自分が眼鏡の助けを借りるようになるとは想像だにしていなかった。北斗七星の柄杓の水を汲む方から6番目の星の横に小さく見える連星があるが、それさえ見えていた。これが見えると視力は1.5以上だと、ものの本に書いてあったのを覚えている。それが今は、星を見ると雪だるまのように見えてしまう。串を刺せば美味いかも知れないが、星の焼き鳥なんか聞いた事がない。
そうして、私は眼鏡が当たり前になった。それでも、眼鏡を掛けていたら、それこそ1.2はあってなんら不便はなかった。国語辞典の小さな字など、普通に見えていたのだ。いまは左右の目の度数が違うので、ぼやけて見えてしまう。
かつての記憶にある木々の緑。満天に広がる星の輝き。美女の顔。そんな当たり前の美しさがもう一度見えるようになりたい。まるでピンボケの写真のように、前を走る車のナンバーさえ碌にはっきりとは見えない。
顕著な辛さは、遠くから歩いて来る人の顔がはっきり分からない事。何ぼなんでも、目の前にいれば分かるけれど、誰か分からなければ挨拶だって出来ないのが困る。ブルーベリーやアロニアの錠剤も期待をして飲んでみたが、改善されなければお金の無駄遣いである。昨日電話で中止する旨を伝えた。何か月かは継続して飲まなければ効果は出ないのだろうが、つい体験談をテレビや新聞やパンフレットで見て、その凄い効果にすがってしまった。「効果は個人によって違います」と書いてあるのにだ。
白内障の手術をしたら、恐ろしいほど良く見えるようになったと言う話はよく聞く。そうなったらいいのだが、片目を先ずやって、もう一つの目は1週間後にやるのが殆どだ。水に映るぼやけた景色もいいものだが、四六時中ぼやけていては生活にも困るようになるだろう。
白内障の手術を行う医師は言わないと思う。「効果は個人によって違います」なんて。
以前は暗譜でオカリナを吹いていた。神戸のオカリナフェスティバルが始まる1年前の2000年には、宗次郎さんを迎えて5組だけが文化ホールで演奏した。その時は当たり前のように暗譜だった。無伴奏ではあったが、「シチリアーノ」を吹いた自分に驚いている。
今はとても恐ろしくて、そんな事は出来ない。楽譜を見ながら演奏すると安心する。年寄りの特権でもないだろうが、折角楽譜を譜面台に乗せて吹こうとしても、それがはっきり見えなかったらどうにもならない。
暗譜で吹こうが楽譜を見ながら吹こうが、それは本来どちらでもいい事で、気持ちが表現出来ればいいのである。そんな私が見ようとした楽譜がぼやけていたら、それこそ一大事だ。その為にも、考えてもいなかった手術を早くしたいと思っている。ホワイト・イン・プライズの手術だ。
先日京都の圓光寺に行って来たが、早朝1時間だけ1,000円で見せてくれる紅葉はさぞかし美しい事だろう。ピントの合った自然の美しさが、再び蘇る日の近からん事を想う。