宍道湖の西側が淡く燃えていた。山を覆うように燃えている。「モーゼの十戒」の映画の一場面の、まるで柴が燃えているような印象だった。その景色に向かって、宍道湖沿いに出雲に着いた。21日の夕方だった。

私は三種の神食(器)を妹にお願いしていた。私のブログを読んで貰っている人には、何の事かよく分かって頂いていると思う。牛肉の甘辛く煮たもの。分厚い玉子焼き。茄子の味噌炒め。これがあれば幸せなのだ。勿論南瓜の煮つけとか切り干し大根とか色々あるが、そんなに要求出来ない。それに、シジミの味噌汁を作ってくれていた。宍道湖のシジミが有名だろうが、今は差海のシジミが上等だ。粒も大きい。

殻を他の器に出さなければならない位、凄い量がお椀に入っている。

ビールを飲みながら食べ、話している内に眠くなった。意識を失う位に熟睡し、それは気持ちのいい眠りだったと思う。深い眠りの心地良さを、久し振りに味わった気がした。

22日は、1時から明日(23日)の「弥生の森お月見コンサート」の為のリハーサルを、くるみ市をお借りして、ピアノ伴奏をして下さる内山朱さんと練習した。くるみ市のオーナー兼、明日のコンサートの総元締めの鐘推さんも加わってお話タイムとなり、そこを後にしたのが4時前だった。

ちょっと休み、7時前にスナック「輝子」に行った。ママも同級生である。そこに仲間が集まった。女性4名男性2名の、こじんまりしているが楽しい会となった。11時を過ぎていたから、気の置けない友との懐かしい会でもある。蒜山高原サービスエリアにしかないと言うジャージー牛乳で作られたハート形のビスケットを買って来ていた。

「僕の気持ちだけだけど」

と言って他のスナックの上にばらばらと乗せると、意外な好評に驚いた。22日の夜もこうして過ぎた。

23日はいよいよコンサートの日だ。1時から現場でのリハーサル。開演の6時まで時間があり、妹の友達のお宅で休ませて貰った。

昨年は300名位だったが、今年は50席増やしていた。年々聴衆が多くなっているようだ。

コスモスと薄で鏤められている舞台での演奏が始まった。先ず合唱があるが、ギターの伴奏者が指を怪我したので、急遽私がオカリナでピアノと伴奏する事になった。

「少年時代」「知床旅情」「大津讃歌」を吹いた。それから私の演奏が始まった。「愛の悲しみ」はじめ7曲の演奏をした。ピアノは4曲伴奏して貰った。仮設ステージは明るく熱い。聴衆席は暗く、誰が何処にいるか良く分からない。その見返りにか、緊張はしなかった。

30分の持ち時間は終わり、次はプロと言ってもいい桑原知穂さんのヴォーカルだった。マスカーニのアヴェ・マリアなど、その歌唱力は素敵だった。鐘推さん曰く、森摩季さんより好きだとの事。確実に出雲のホープだ。ピアノ伴奏の望月美希さんの伴奏も上手かった。

休憩を挟んで、カルテットが始まった。第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロである。「情熱大陸」よし「モルダウ」良しだ。

内山朱さんのピアノ独奏はどれも美しく演奏されていた。ドビュッシーの「アラベスク」やリストの「愛の夢3番」等。

突然の今頃のアンコールで、私は「いのちの記憶」を内山さんのリコーダーに手伝ってもらって演奏した。いい思い出になった。

最後はヴァイオリンとピアノの伴奏で、望月さんんが「レット・イット・ゴー」を歌った。一際大きな拍手があったのも、今正に旬の曲だったからだろうか。

私は皆さんに気持ち良く聴いて貰えたら何の見返りも要らないが、評価などは何人かに聞かなくては分からない。良かったか良くなかったかは別にして、30分の演奏は瞬間に終わったことだけは事実だった。

何人かの人や友達と喋れたのが何よりだ。

飾られていたコスモスを好きなだけ頂いて、妹の車で帰った。すぐにビールと焼酎で喉を潤した。あては、勿論三種の神食。お腹はパンパンだった。良く眠れるだろうと、布団の上に倒れた。吉と出るか凶と出るか。動物のパレードのような、不思議な夢を見た。

24日は9時頃に朝食を。勿論三種の神食。食べない事に決めていたが、またいつ食べられるか分からない。南瓜の煮つけも切り干し大根もトマトもブロッコリーも食べてしまった。もう今日は何も要らない。恐ろしい程の膨満感である。

午後から妹と外に出た。先ずはお墓参り。次に鐘推さんに挨拶に。実は、帰る前に来てくれと言われていた。2回も出させて頂いたので来年はないが、お土産を頂く事に。くるみ市の食べ物飲み物はとても新鮮で美味しい。それを惜しげもなく集めて、お土産に頂いた。葡萄にうどんに果汁100%のジュース。葡萄はアキクイーンと言うが、こんなに美味い葡萄は初めてだ。

用事を済ますと出雲大社に行った。車を降りると雨が降って来た。私が来るからでは勿論ないだろうが、歓迎して貰っているのか、大抵晴れていてもちょっとだけ雨が降る。慌てて2人とも傘を取り出して拝殿に向かったが、直ぐに止んでしまった。

高円宮典子さんと千家国麿さんとの婚礼の儀が10月5日にあるからなのか、境内のあちこちが工事中だった。

帰りは島根ワイナリーに寄って、少しばかりの土産を買った。ここは本当に楽しく買い物が出来る。車を運転していなかったら、ワインの試飲をしていたのは間違いない。ああ勿体ない。試飲で酔い潰れてみたいものだ。

葡萄のソフトクリームが食べたいと言ってここに来たが、もうこの時間では終了していた。私は残念でも何でもなかった。もう何も食べられない程のお腹の膨張状態だったからだ。何も食べたくないと思うのは、そう何度もあるものではない。明日も明後日も何も要らないとさえ思っていた。

それでも、妹は私と同じ状態ではない。夕食にくるくる寿司を食べようと言っていたが、意を決してディナーに相応しい「かつ蔵」に行った。不思議とトンカツはお腹に納まった。しかし、このしっぺ返しは25日の夜中に神戸に着いた私に起こった。朝は何も食べなかった。昼も食べたくなかった。だが、3時頃に作ってくれた焼きそばを食べた。量はかなりのものだったが、食べない訳には行かないだろう。

夕食は食べない積もりでいたが、くるみ市で頂いた細目のうどんを湯掻いてソーメン出汁に入れ、ネギを加えて食べた。これも地元の美味いうどんだった。後はジョギングをするだけだが、それがすんだら、ワインを飲んで、ブログを書いて今日が終わる。


斐伊川までウオーキングをしたが、河原にヒガンバナが10本から20本が束になって咲いていた。終わりかけている花はくすんだ桃色を呈し、勢いのあった花の色と比較させた。

出雲では、どこへ行くのにも、背の高いコスモスが秋の空の青さと融合して、美しく優しい。昔から、誰にも好まれる花だ。自分の記憶の箱を開けると、そこにはコスモスの花が占める割合が非常に大きい。何故こんなに純真で明るい花なのだろう。

こうして、コスモスに所縁のある「弥生の森お月見コンサート」が終わった。