神戸電鉄で北上すると、俄かに森が迫る。緑がこれ程に違ったアラベスクを見せるのに出会った事は久しくない。機会があっても、きっと見ようとしなかったからだろう。

ローカル色のある電車は、勾配を上って行く。間延びしたような社内アナウンスに、突然混線した歌が混じる。乗り合わせた球児達も笑っている。黒に近いような緑、濃ゆい緑、薄緑の緑、日に透けて鮮やかに明るい緑。兎に角、4、5色所ではなく、緑を表す彩度が無限に近い。

鈴蘭台駅に到着すると、三田方面と三木方面に分かれる。この各駅停車のローカル電車は三木方面の志染駅まで行くので、このまま乗っていればいい。鈴蘭台西口、西鈴蘭台、藍那と行けば次が木津駅である。

神戸市には、海あり山あり、こんな森や田園風景もみられる。

シマさん夫婦、そらの陽さん、伊吹夏彦さんと落ち合い、シマさん夫婦は車に便乗し、3人はそう遠くない会場へ、歩いて向かった。草いきれと共に、その匂いは眼下に見える稲の匂いを伴って、郷愁を誘う。

もうお昼に近かった。日よけ代わりのテントが立てられ、テーブルが並んでいる。準備が整っていて恐縮だった。私は竹の話をすると、シマさんがこの会場の提供者のNさんに口添えをしてくれ、私の好みの竹を切って頂いた。竹のオカリナを作ってみたいと思ったからだ。土は年期を入れなければならないが、竹もそれに準じるものであっても、土程の歳月は要らないように思われる。それに、竹は存分に持って行っていいとのお墨付きも頂いたのだ。

愈々料理も並び、会長のシマさんの音頭でビールで乾杯だ。煮物、鹿肉、豚足、ソーメン、西瓜等々が並び、焼酎も存分にあり、アルコールも絶える事はなかった。

これから三線や唄が始まろうとする時、先ずは私とそらの陽さんと伊吹さんの独奏が始まった。オカリナ、タケリーナ、リコーダーである。その後3人で「故郷」を合奏した。

シマさんの準備が出来て、彼は自慢の喉と腕前を披露した。ここには、彼が教えている弟子が集まるのだ。だが、その子供の為が最初の趣旨だったそうだ。時が流れ、子供も大きくなり、今では殆ど子供の姿はない。

しかしこの日(24日)は、小学1年生の女の子を筆頭に、3歳にまだなっていない子、0歳の子が加わっていた。皆女の子だ。

彼が相方と唄っている時、三線の音に混じって提げ太鼓の音が聞こえて来た。正確で、はっきりしていて、それは溶け込んでいる。なんとこの1年生の女の子が合わせて叩いていたのだった。私は時構わず、上手い、を連発した。

何と上手い事だろう。私は唸ってしまった。性格もとてもいい子で、話すのも楽しかった。他の人もこの子達とよく遊んだ。

そうこうしている内にまさかのまさか、矢庭に天は曇り、強い雨が降って来た。小屋と言うには立派過ぎるが、皆はそこに入った。私は少しだけ入って来る雨にも拘わらず、数人の者とテントの下に座っていた。気持ちがいいのと、他に理由は2つあった。

1つは、飯盒炊爨が始まる前に竹を切り分けて、汗でびっしょりになっていたからだ。シマさんが殆ど切ってくれたのだが、暑い日だったから出だしたら暫く止まる事がなかった。

2つは、椅子ごと地面に倒れ、水を含んだ土に塗れたからだった。Nさんは親切にその背中を拭いて下さったが、申し訳ない気がした。

皆、楽しく、明るく、優しい。こんな会はいつまでも続くものなのだ。

部屋からまた太鼓の音がする。そっと覗いてみると、1年生の女の子が叩いていた。上手いと声を投げて、またテントの下に戻った。唄も歌っていたと言うが、それなら聴いてみたかった。初めて会うお母さんの声は素晴らしかったから、きっとこの子も上手いだろうと思う。

いつしか雨も止み、焼酎を飲んだ。帰る者も現れ、4時は解散の時間となった。紐で括った竹を持ち帰ろうとしたが、荷が嵩む。シマさんが、また持って来てくれる事になった。鞄とビニル袋に入ったお土産だけ持って、奥さんは駅まで車で送って貰い、シマさんとそらの陽さんと伊吹さんと私で、山道を駅へと歩いた。どれだけ飲んだと言うのだろう。私はふらふらしているのが自分でもよく分かった。

木津駅から神戸電鉄に乗ると、はっきりとは記憶がなかった。終点新開地駅の一つ前の湊川公園駅で降りたのだろう。そこから地下鉄に乗って名谷駅にいたのだから。

だが、飲み過ぎは怖い。駅の構内にベンチを見付けると、そこに座り込み眠ってしまった。バス停もすぐそこだから家には6時には着いている筈だった。しかし、腰は持ち上がらなかった。鞄と袋はその2時間近くの間どうしていたのだろう。持っていたのか、ベンチの横に置いたのか、それすら覚えていない。

眠りから覚めてバス停まで行くと、出発寸前のバスが、扉を開けてくれた。8時過ぎに着いたのはそんな訳で不覚だった。鞄を取られていたらどうだっただろう。ここが日本で良かったと思った。



朝になっても起き上がれなかった。珍しい事に、目覚ましの音を聞いたのだった。

誰かに起こされるのではないかと思いながら、25日(今日)の10時半位に腰を上げ、床を上げた。ご飯は流石に入らない。娘が買って来ていたブルーベリーを頬張った。

暫くするとシマさんが爽やかな顔をして、竹を持って来てくれた。暫くタケリーナの話をして別れた。ぼちぼち作って行こうと思っている。昨日は20人近い人に見られながら竹を切っているから、その秘密はばれない訳がなかった。作りたいと言う人、欲しいと言う人。皮算用か、青田買いか。上手く行けば、皆で作ったり吹いたり楽しんだりしたい。

来年の飯盒炊爨に、持って行ける程のものが出来ていればいいのだが。



昨日は、観られると思っていたバレーボールの対ブラジル戦は、テレビを点けた時には試合後の情景が映し出されていた。今日の朝日新聞には「日本、完敗の銀」と書かれている。

今日は、高校野球の1時からの決勝戦は観る事が出来た。ドラマチックな展開はなかったが、三重も大阪桐蔭も接戦のいい試合だった。4-3で大阪桐蔭が優勝したが、どちらが勝ってもおかしくない試合だった。2日遅れて始まった高校野球も、今日終わった。