暑苦しくもなく、クーラーも要らない出雲での目覚め。私はガラケーに入れた目覚まし(6時15分)より、かなり早く目が明く。5時過ぎに起きたが、立ち上がったらもう寝る気はない。

真夜中過ぎまで話していたメインの集合場所、台所に繋がったテーブルの部屋に行ってみる。誰もいないテーブルには、箸立てに箸がぎっしりと林立している。僅かに残った六条麦茶の大きなペットボトルやグラス、皿も重ねられてある。

これらは人がいる証拠だが、人のいないテーブルは閑散としていて寂しい。人には人が良く似合うものだ。

何度か斐伊川までジョギングをしたいと思ったが、運転の疲れがあるのか体がすっきりとは反応しない。そうこうしている内に出雲の妹が起きて来て、台所で朝食の準備を始めた。

10時頃には今日28日の予定のコースに踏み出す筈だったが、その時間位から起き出して来るので、時間の予定は未定となる。横浜の4人は2階で寝ているから、かなり自由でいられるのではないだろうか。それが2階で寝ている理由でもあるが、3時4時まで起きていたら、それは若い程無理だ。

細かい事は割愛しよう。さあ朝食だ。11時を過ぎているから朝食兼昼食となる。

私の3種の大好物が並ぶ。牛肉の甘辛煮。茄子の味噌炒め。葱入りの玉子焼き。内心わくわくした。だが量は僅かで、肉と茄子は小鉢に入っている。茄子など初めは凄い量だと思っていたが、料理すると途端に縮んでしまう。まあ、がつがつ食べても少量食べても味は変わらない。玉子焼きは皿に載せられていて、これは満足の量である。

これにシジミの味噌汁が付く。大満足の、朝食がディナーのようだ。

宍道湖のシジミは今余り良くないとの噂がある。それで近くの差海のものが好まれている。出雲だけでの話だが、これは差海のものである。兎に角ぎっしりと入っていて、殻を皿に出していたら貝塚が出来た。

美味い! ごっつぉーさん。


午後からの出発になったのは言う間でもない。

出雲ドームを左手遠方に見、島根ワイナリーをすぐ左手に見て、只管出雲大社の駐車場に向かう。そこからは直接に神殿に入るようになるが、私が思っていた事と同じ事を横浜の妹が言った。

「参道を通ってお参りしてみたい」

と。

今日も暑いが、そこは我慢。歩いて参道の入り口、大鳥居の前まで来た。身長などよりずっと高い石塔に「出雲大社」と掘られている。

序でに一畑電鉄大社駅まで行ってみようと言う事になったが、その参道とは反対の道には食堂や土産物屋などが並んでいる。遠くにもう一つ大きな鳥居が聳えている。竹内まりやの生家である旅館竹野屋もある。

暑さの中、皆引き返したがった。それでそのようになった。

参道の真ん中は神様の通り道なので、我々は右か左の道を通る。途中右手に清めの社があり、そこで先ず2礼4拍手1礼をして穢れを清める。神木の並木道を通り抜けると柄杓で手を洗い清め、口を漱ぐ。それから銅の鳥居を、真ん中を避け1礼して潜る。

出雲大社の大きな注連縄の掛けられている象徴的な拝殿で同じ所作をして、本殿に回る。そこでも所作は同じだ。その後ろをぐるりと回ると、本殿に向かって左側に通り過ぎてしまいそうな拝殿がある。こここそ大国主命に面と向かって拝謁出来る場所なのである。本殿で当たり前のように賽銭を入れて拝んでいる所では、大国主命の左側に向かって拝んでいる事になる。

昨年、60年に一度の遷宮を終え、桧皮葺の屋根は美しく輝いている。今年の10月には、出雲大社の祢宜千家邦麿さんと高円宮典子さんの婚礼の儀が行われる。このパワースポットは、今年も大賑わいになる事だろう。

次に向かったのが、日御碕神社だ。眼下から遠方まで日本海が沁みる。ずっとくねくねした上り坂である。日御碕灯台のすぐ近くに在り、下に天照大神、石段の上に素戔嗚尊が祀られている。今、大掛かりな改築工事中である。

かなり年配の巫女さんがいたが、自分も同じように歳を重ねている事に気付いた。普通朱色の袴だが、この巫女さんの袴の色は小豆色で、余計に年輪を感じさせた。

日御碕灯台に来た。海抜100メートルの東洋一の灯台と言われているが、実際の高さは50数メートルだ。上まで上がれるが、その螺旋階段は結構ハーハーする。私は何度も上っているので今回は、悠介と弟が上った。上からこちらを向いて手を振った。風はきついだろうが、景色はそれに勝るものがある。

再び2台の車に乗ると、後は島根ワイナリー直行だが、少し急いだ。5時までだからだ。入ってしまえば少し長くいられるが、もう4時半だから10キロ近い道のりは5時に間に合うかが問題だった。

そこはワインの試飲が出来る。私は飲む訳には行かない。葡萄ジュースを1杯飲んだだけだった。それも余り口に合わない。数種類のワインを飲んで回ると、気持ち良く酔えるような気がする。隠し持ったあてを口に入れながら飲めば、スリルも酔いも満点だろう。

私は「にんにく赤貝」などあてになるものを買った。勿論帰ってから皆で飲む時の為に。

土産も買った横浜組はもう満足げだった。私も楽しめて、それも車で案内出来て役に立っていると思った。

家の近くになると買い物に付き合って、それから家に帰った。休む間もない充実したコースだったから、飽きる事はなかった。


夕食は横浜の妹の作る、私もブログにアップしたカレーだった。久々にその味を堪能した。だが、そこからが太り旅の始まりだったのである。大盛り2杯も食べてしまったからだ。貯金なら大歓迎だけどなあ。世の中、そう上手くは行かないのが定説である。

その後は私は発泡酒のビール。2人の男はノンアルコールのビール。もう1人は麦茶。まあどれも麦だからいいとしよう。女2人は瓶に入ったジーマ(リキュールのようなもの)にレモンの切れ端を入れて飲んでいた。私も貰って飲んだが、結構美味かった。いつかライムを入れて飲むのが楽しみになって来た。アルコールも4度位だから、ジュース感覚で飲める気がする。

またまた夜の集いが始まった訳だが、キャンプファイヤーのように火を囲んで話し合ったら、もっとしんみりした話になったかも知れない。まあ、なんだかんだ話して、絵の部分の1枚目が終わった。正月三が日は家にじっとして飲んでばかりいるが、出雲での中3日はまるで外出の夏の正月三が日のようである。

言い忘れていたが、27日に出雲に帰った時は、全員ですぐに墓参をした。

歓談雑談の後は、凌ぎ良い出雲の眠りに就いた。飲んだ後は驚くほどすぐに眠れる事に驚く。昼間動いているから尚更なのだろう。