もう人生の暮れた頃、田舎の友Om君の住む加古川の自治会民生委員の I さんに提案してくれていた記念会館に行って来た。19日の事である。
15日にはリハーサルにも行っているが、音響のとてもいい会館だった。スピーカーが両端に据え付けられていて音が頗る良く、私のラジカセデッキを持参する必要もなかった。
同じ友のKi君がCDの操作を自ら申し出てくれたが、これは本当に助かった。出し入れと、音の調整があるからだ。
係りの人達も聴いて下さる人達も、とても気持ちのいい人だった事を付け加えたいと思う。加古川が素朴で田舎だからと言う理由では全くない。何故なら、驚くほど都会になっていたからである。JR垂水駅から30分で加古川駅には到着するので、そんなに遠くはない。Om君がKi君と私を、車で迎えに来てくれていた。
12時45分の事だが、すぐ交番横に車は待っていた。交番の建物の上方には「KOBAN」と書いてある。どうしても小判としか読めない。
2時からの演奏だったが、途中で雨が降ったものの帰る頃には止んでいて、荒れた天候にはならなかった。1時間位で終わるような計画にしていたが、結局は1時間50分位かかった。私の話が曲毎に付け加えられたからであろう。 I さんは依頼の時2時間と言っていたのが頭に残っていた事もあるが。
前半が終わり10分の休憩の後、皆さんに7~8曲歌ってもらった。声が綺麗なのに驚いた。
アンコールは1曲演奏したが、スピーカーからの音がしっかり聞き取れない事と手拍子の為にリズムが少々狂い、終わりの挨拶をして貰った後に瞬時に判断して、「何だかずれてしまったようなのでもう1曲演奏してもいいでしょうか」と尋ねた。「リベンジの積もりなので、これでこけたらお仕舞ですね」と言ったが、その通りになった。
Om君が素敵な場所を予約してくれていて、自分の、名称は忘れたがフリスビーでのグランドゴルフのような競技仲間を誘ってくれていて、5人でしゃぶしゃぶを楽しんだ。一人は年配の女性だったが、とても精力的な美人だった。
こんなに食べてもいいかと言う程、満腹してしまった。次から次から、言えば言う程豚肉が運ばれて来る。この辺でもう分かった人もいると思うが、店名は「きんのぶた」。初めてだったが食べ放題だ。勿論お酒も、Om君と女性を除いて飲み放題にして飲んだ。ビール、焼酎で。元が取れる以上に飲んだ。
満足だったし、Om君の気配りがいつも感じられ、つくづく友に恵まれている自分がいる事に感謝した。
Ki君はカラオケが好きで、彼と会って飲むと必ず後で歌いに行く。私はもう歌わない事にしているが、この日は歌わされる恰好になってしまった。この5人にOm君の奥さんを途中から呼んで、6人で歌った。かつて彼の同僚だったKikさんも歌が上手かったが、この2人の女性は飛び抜けて上手かった。2時間なんてあっと言う間で、更に1時間延長した。それでも時は途切れなく和やかに流れた。
名残は尽きなかったが、駅まで送って貰い、Ki君と千鳥足で電車に乗った。Ki君は新長田まで行き地下鉄で名谷まで戻る形になる。私は彼より早く垂水で降りた。
5分前に最終バスは出ていた。両手に2つずつの荷物を持って歩き出した。結構重いので筋トレになると思ったが、上り坂の道は辛く忍耐を要した。1時間15分かかった事になるが、家に着くと11時55分だった。びしょびしょになったシャツなどを洗濯機に放り込み、湯船に浸かったのは言う間でもない。
筋トレにはなったかも知れないが、今こうして日記を書いている肩が滅法痛い。これを肩凝りと言うのだろうが、今私は、その凝りと共に、やや演奏に対しての欲望を失いかけている。確かにオカリナを吹く努力はして来たものの、私の吹くオカリナは音楽とは言い難いものだ。それだけ下手である事を実感している。それを打ち消そうと必死で来たものの、音楽と言われるものとの差は歴然としており、余りにもその隔たりは大きい。
今しかし、止める訳にも行かない。止めた途端に私の生涯青春の風船は、急速に萎んで行くだろうからである。
兎も角、また新たな発見があった。「きんのぶた」は、私のお気に入りとなったのだ。知る事と良き友のある限り、例えそれが妄想であったとしても、記憶に刻まれる事実として、生きる希望を与え続けるものとなるだろう。
15日にはリハーサルにも行っているが、音響のとてもいい会館だった。スピーカーが両端に据え付けられていて音が頗る良く、私のラジカセデッキを持参する必要もなかった。
同じ友のKi君がCDの操作を自ら申し出てくれたが、これは本当に助かった。出し入れと、音の調整があるからだ。
係りの人達も聴いて下さる人達も、とても気持ちのいい人だった事を付け加えたいと思う。加古川が素朴で田舎だからと言う理由では全くない。何故なら、驚くほど都会になっていたからである。JR垂水駅から30分で加古川駅には到着するので、そんなに遠くはない。Om君がKi君と私を、車で迎えに来てくれていた。
12時45分の事だが、すぐ交番横に車は待っていた。交番の建物の上方には「KOBAN」と書いてある。どうしても小判としか読めない。
2時からの演奏だったが、途中で雨が降ったものの帰る頃には止んでいて、荒れた天候にはならなかった。1時間位で終わるような計画にしていたが、結局は1時間50分位かかった。私の話が曲毎に付け加えられたからであろう。 I さんは依頼の時2時間と言っていたのが頭に残っていた事もあるが。
前半が終わり10分の休憩の後、皆さんに7~8曲歌ってもらった。声が綺麗なのに驚いた。
アンコールは1曲演奏したが、スピーカーからの音がしっかり聞き取れない事と手拍子の為にリズムが少々狂い、終わりの挨拶をして貰った後に瞬時に判断して、「何だかずれてしまったようなのでもう1曲演奏してもいいでしょうか」と尋ねた。「リベンジの積もりなので、これでこけたらお仕舞ですね」と言ったが、その通りになった。
Om君が素敵な場所を予約してくれていて、自分の、名称は忘れたがフリスビーでのグランドゴルフのような競技仲間を誘ってくれていて、5人でしゃぶしゃぶを楽しんだ。一人は年配の女性だったが、とても精力的な美人だった。
こんなに食べてもいいかと言う程、満腹してしまった。次から次から、言えば言う程豚肉が運ばれて来る。この辺でもう分かった人もいると思うが、店名は「きんのぶた」。初めてだったが食べ放題だ。勿論お酒も、Om君と女性を除いて飲み放題にして飲んだ。ビール、焼酎で。元が取れる以上に飲んだ。
満足だったし、Om君の気配りがいつも感じられ、つくづく友に恵まれている自分がいる事に感謝した。
Ki君はカラオケが好きで、彼と会って飲むと必ず後で歌いに行く。私はもう歌わない事にしているが、この日は歌わされる恰好になってしまった。この5人にOm君の奥さんを途中から呼んで、6人で歌った。かつて彼の同僚だったKikさんも歌が上手かったが、この2人の女性は飛び抜けて上手かった。2時間なんてあっと言う間で、更に1時間延長した。それでも時は途切れなく和やかに流れた。
名残は尽きなかったが、駅まで送って貰い、Ki君と千鳥足で電車に乗った。Ki君は新長田まで行き地下鉄で名谷まで戻る形になる。私は彼より早く垂水で降りた。
5分前に最終バスは出ていた。両手に2つずつの荷物を持って歩き出した。結構重いので筋トレになると思ったが、上り坂の道は辛く忍耐を要した。1時間15分かかった事になるが、家に着くと11時55分だった。びしょびしょになったシャツなどを洗濯機に放り込み、湯船に浸かったのは言う間でもない。
筋トレにはなったかも知れないが、今こうして日記を書いている肩が滅法痛い。これを肩凝りと言うのだろうが、今私は、その凝りと共に、やや演奏に対しての欲望を失いかけている。確かにオカリナを吹く努力はして来たものの、私の吹くオカリナは音楽とは言い難いものだ。それだけ下手である事を実感している。それを打ち消そうと必死で来たものの、音楽と言われるものとの差は歴然としており、余りにもその隔たりは大きい。
今しかし、止める訳にも行かない。止めた途端に私の生涯青春の風船は、急速に萎んで行くだろうからである。
兎も角、また新たな発見があった。「きんのぶた」は、私のお気に入りとなったのだ。知る事と良き友のある限り、例えそれが妄想であったとしても、記憶に刻まれる事実として、生きる希望を与え続けるものとなるだろう。