今朝、横浜の妹からメールが入っていた。返事を書いている時に、もうすぐ6時15分である事に気が付いた。目覚ましの音楽が鳴る前に携帯を持って来ておこうと、隣の部屋に行った。いつも置いている畳の上にない。就寝中は手を伸ばせば触れる所に置いているのだが。床は上げているので、無いのは一目瞭然だった。

不審を隠せないまま、台所の椅子に座ってメールを書き続けようとした。その時、それこそが携帯だった事に気が付いた。その驚きは、不安に変わった。ひょっとして、ボケの兆候ではないかと思ったからだ。

外は雨。激しい風。一昨日がこんな日ではなくて良かったと安堵した。

すると、音楽が鳴った。「ペール・ギュント第1組曲 朝」である。私の目覚めには気持ちのいい曲だが、いつでも鳴る前に起きているから、聞いたらパッと止めてしまう。暫く聴いていたいといつも思うが、止めるには惜しい曲ではある。

昨日も約束の時間を思い込みで違えていて、どうしたのかと電話が掛かって来た。自信を持って時間の事を告げたが、カレンダーを見ると、ちゃんと時間を書いている。時間は変更になったが、融通の利く約束で良かったと胸を撫で下ろした。

忍び寄る廊下の曲者め。如何にして退治してやらん。

海苔を炙って、ご飯を巻き込んで食べた。ちょっとおかず不足だと思い、瓶詰の荒磯のりも載せて食べた。ノリノリの気分だと言う訳ではない。

外の風は収まらないが、雨は止んで白い大きな雲が、少し覗いた空の青さの発展を予感させていた。

8時30分頃だっただろうか。バスに間に合うか間に合わないかの時間に娘がこの部屋に飛び込んで来て、

「お父さん、おめでとう」

と言った。私の誕生日位、私は知っている。でも、言われるのは照れ臭くて仕様がない。

「うん」

と言った切りだった。何故か天下の宝刀を抜けない。「ありがとう」が言えないのだ。

すると、袋に入ったハンドボール位の大きさのものを差し出した。バスの時間が気になるのだろう。

「早く開けてみて」

と慌てる様子で催促した。

「うーん、何だろな。食べ物かな」

ポチポチに包まれてそれから顔を覗かせたものは、想像すら付かなかった。小さな菰酒だったのである。普通の、大きなものは何度も見ているが、こんなミニチュアのものは、かつてみた事がない。

早口で手に入れた経緯などを喋って、娘は家を飛び出して行った。

灘には酒蔵が多いが、神戸酒心館(福寿)は元より、沢の鶴資料館、白鶴酒造資料館、菊正宗酒造記念館、櫻正宗記念館などがある。それ以外の、浜福鶴吟醸工房は聞いた事がなかった。この小さな酒は、樽の形の瓶にビニール製の菰が被されていて、旭日に金の鶴がデザインされている、浜福鶴と言った。

300ミリリットルだから2合もないが、一度に飲んでしまうのは勿体ないので、せめて2回に分けて飲もうと思う。誕生日に酒と言うのも、酒に強くもなく、呑兵衛でもなく、晩酌もしない私が、誰にでも飲もう飲もうと言うその姿を、娘はしっかりと見ていたからだろう。実際家に来た娘の友達と飲んだ事もある。

今日は私が生まれた記念日なんだ。こんな日の朝生まれたのだなあと、さして感慨もなく窓の外を見ながら、心で呟いてみた。厚かった白い雲も、薄い青空に細く千切れている。木の葉が激しく揺れているのは変わらない。

今日位しっかりジョギングをして、昼からこの菰酒をチビリと飲んでみたい。自分で自分の記念日を感じてみようと考えた。それが相場だし、そう思ったら善は急げだ。

古稀の集まりを出雲でやってきたばかりだとは言え、まだ60代である。今日からの1年をどう過ごすかは勝手だが、気負っても仕方がない。飲んで、食べて、オカリナ吹いて、ちょっとだけの幸せがあったら、それでいい。

それで、いい。