S.Sさんからお誘いがあり、第19回リトルコンサートに行って来た。

実はS.Sさんのお母様が私のCDを聴いて下さり、コンサートの後でお話がしたいと言う事もあったと思う。コンサートの後は、Sさんも一緒で、4人でホールのすぐ近くの中華中心のお店で歓談した。その上、ご馳走になってしまった。


お昼前のバスで三宮まで行き、元町まで歩いて戻り、ヤマハで楽譜を買った。その後元町から阪神電車に乗り、次の三宮で普通に乗り換えた。4つ目の大石駅で降りた。灘区民ホールは1度行った事があるが、その時は阪神電車ではなかった。

駅にある地図を見ると、ホールは北に都賀川沿いに行けばある事が分かった。神戸の北は、山を目指せば北である。大変便利な地形だ。だが、真っ直ぐ行っていたら道が左にカーブした。これでは行けないと思い、都賀野橋を東側に渡った。そして、体を動かしている日に焼けたおじさんに聞いた。

「川に下りて暫く行くとスロープがあり、それをまた上がればあの建物に行くよ」

と指差しながら、気持ち良く説明してくれた。目の先には絶対に見逃す事のない、大きな建物が立ちはだかっていた。それが灘区民ホールだ。

川縁はコンクリートになっていて、ソウルの清渓川(チョンゲチョン)とよく似ていた。鯉幟が10匹川の上を泳いでいる。川の中に入っている家族連れ。バーベキューをしている男2人。散策している人。最後の連休を、そんな形で楽しむ人達もいた。

私は、流れが左程でもない川を遡行して行った。

2時からだが、15分時間がある。すぐ傍の中華中心の店でラーメンを食べた。味噌ラーメンかと思った程汁が濁っていたが、食べるとさっぱりしていてとても美味しかった。すぐに出ると、5階のホールにドンピシャで入った。

S.Sさんにピアノを習っている、所謂お弟子さん達の発表会だ。習っている者達に取っては晴れ舞台だし、S.Sさんに取っては大事業だ。S.Sさんには、凄いパワーがあると改めて思わされた。

「リトルコンサート」の意味を聞き逃したが、もし謙遜の意味で名付けられていたのなら、それは違う。私が名付けるなら紛れもなく「グレートコンサート」にするだろう。

階段席の後ろ半分の場所に座った。すると入口に座っておられたS.Sさんのお母様が私の方に振り向き私は初めて気が付き、お互いに頭を下げ遠くに向かって挨拶した。

するとお母様の隣に座っていた女性が、私に分厚い封筒を持って上がって来た。私も行けばよかったが、後で会える安心感から、じっとしていた。2人はすぐに外に出て行った。

コンサートは4部に分かれていて、その人数の多さが分かるが、これだけのお弟子さんがいると言うのはS.Sさんの人柄が先ず挙げられる。誰が見ても素敵な人なのである。そうでなければ、私のオカリナの伴奏などして貰える筈がない。もう1つは、言わずもがな、その実力だ。それは知る人ぞ知るで、私はその凄さを疑わない。

第一部 元気一杯 さあひこう(小学3年生まで)

第二部 リズムをからだで感じてみよう(小学4・5・6年生)

第三部 音に気持ちをこめてみよう(中学生・高校1年生)

第四部 表情ゆたかにピアノで歌おう(高校2年生以上)

大体1時間ずつ位で、その間に5分程度の休憩がある。第一部は小学生ではない子もいる。年齢なりの曲だが、例えば、あまちゃん「オープニングテーマ」とか「イン・ザ・ムード」など。年齢が低いからと言うが、それなりの選曲でとても楽しめた。ここまでよく指導がされていると感心する方が大きかった。孫に素質がなくても、近かったら是非習わせたいと思うのだが、それがとても残念だ。

第二部は、「小さな黒人」とか「天国と地獄」。オカリナでも吹きたい曲である。小学生も高学年になるとここまで弾けるのかと感動する。上手くなって行く過程がよく分かる。

第三部となると聴き応えも上昇する。「英雄ポロネーズ」や「悲愴」に「軍隊ポロネーズ」。家族の人はどんなにかその成長振りに目を細めている事だろう。

第四部ともなれば、もう自分の世界を持っている。ここまで育てたS.Sさんの力を偉大と言わずして何と言えばいいのだろう。このクラスになると、もうリサイタルをしても十分に惹き付ける実力を備えていると思った。どうしたらこんな凄い人達が育つのだろう。それこそS.Sさんの類まれな指導に依るのではなかろうか。天才とも思える程だが、左手と右手の指が別々に動くのが、私にはとても理解出来ないのである。

「幻想即興曲」「愛の夢」「テンペスト」「雨の庭」「鐘」「バラード1番」など。素晴らしい演奏だった。ここでは内緒だが、只で聴けて儲けたと思った。何度でも言うが、つまりS.Sさんが素晴らしいのだ。

後、演奏者とS.Sさんの記念写真が撮られた。


私は封筒の中身が読みたくて、第一部が始まった頃この人生の大先輩であるお母様からの封筒を丁寧に開けた。封筒には若輩者の私に先生などと宛ててあり、その横に机下とも筆ペンで美しく達筆で記してあった。

中には、3通の手紙が入っていた。分厚い筈である。

ここに私宛の手紙の文面を悉く書き写す事は憚られるが、1通目では、CDの事を褒めて下さっていた。恥ずかしいけれど、「オカリナの美しい音色」や「『望郷』の筆致にロマンと力強さが溢れている」などと書かれていた。

天文学的数字の確率で現世で邂逅させて貰ったと。また、1,000%楽しませて貰ったとまで。何度も聴いたと書いてあった。私の作曲や演奏は、はっきり言って大した事はない。それをS.Sさんに伴奏して貰えて、このような便りになったのだと思う。S.Sさんなくして、私のCDは作れなかった。

読んだ順番で2通目は、曲毎の所感が書き記してあった。1例だが「万華鏡」に就いては、「子供の頃、美しくて何べんもグルグルまわしました。鮮やかで懐旧の念にとらわれるよう」と書かれている。

3通目は、息子さんの方のお孫さんが今は高校の2年生だが、3歳前頃の可愛い絵が印刷された便箋に書かれている。お母様による絵だが、とても上手い。それには、CD「望郷」を聴きながら様々な思いや思い出が巡る中で書いている事。ある曲では筆が止まり思いに耽り・・。

ここまで文学的な表現で書かれた手紙を手にしたのは久し振りだった。また、こんなに感想を頂く事など滅多にない。真心の感じられる便りは、私に取って宝物だ。


S.Sさんも、一大イベントが終わり、ほっとしている事だろう。終わった足で4人は昼私がラーメンを食べた中華中心のその店へ向かった。

7時半過ぎだったがあっと言う間に2時間が経った。昼のラーメンもそうだったが、ここの店はどの料理も美味いと言う事が分かった。

ここに書けない事まで話したり、久し振りに会えて話は尽きなかった。S.SさんともSさんともお母様とも久し振りだったが、気持ちのいい人達と会い談笑するのは楽しいものだ。

「成功おめでとうございます」。「お疲れ様でした」。「今日はありがとうございました」と、心からそう言いたい。