月1回の神戸シティコンサートは、もう132回目となる。私如きが出させて貰ったのが、暑い夏の110回目だった。

ヴァイオリンとピアノの演奏と言う事で、行ってみたいと思っていた。

結論から言えば、無料のホールコンサートだが、今回はワンコインでも、1,000円でも聴いたと思う。再び結論を加えるならば、それは素晴らしかったから。感動したからである。

ヴァイオリンは南部れいな。ピアノは井手智佳子。全く知らない2人だった。ヴァイオリンは細くて美人。ピアノは左程細くなくて美人。表現は悪いが、太い訳ではない。

ヴァイオリンは個性的と言うか、独特の癖と弾き回しが見られた。ピアノは私が伴奏して頂いているS.Sさんのように上手くて、融合する所も一緒だ。S.Sさんの素晴らしさを重ね合わせてみたりした。

いつだってそうだが、神戸市役所の1号館1階のホールはよく響く。そして、椅子は40人位、立ち見の人は2~30人だ。すぐ耳の傍で、ヴァイオリンの生音が際立ち、ピアノはそれを引き立てるように演奏している。

満足の35分。私は何を気にする事もなく、惜しまず拍手を送っていた。大ホールでもそんな事ない事だってある。自分でも珍しい現象だった。

演奏についてはこれ以上語る言葉を持たないので、プログラムについてオカリナ演奏と重ねてみたい。

6曲の演奏だが、何と私が吹いているものが4曲、上から並んでいた。下手だけどね。

それに、ヴァイオリンとオカリナが同じ曲を演奏すると言う事に、今更ながら目を見張り、感動を覚えたのだった。しかしこれが私の方向性では決してなく、本当の所は童謡唱歌が基本にある。

だからと言ってクラシックは吹かない。演歌は演奏しないと言うのも寂しいものがある。

さてさて、プログラム。


愛の挨拶(E.エルガー)

チャルダッシュ(V.モンティ)

「四季」から『春』第1楽章(A.ヴィヴァルディ)

タイスの瞑想曲(J.マスネ)

カンタービレ(N.パガニーニ)

チゴイネルワイゼン(P.サラサーテ)


「春」の第1楽章は、私が終えてから後が物凄い。ここを目標にしながら、演奏出来るようにしたい。願いだけ口だけで、ここまで行けるとは思わない。問題は、出来ると思わなければ進展出来っこないと言う事だ。

願いは叶うと安易に言うが、願っても叶わない事はある。それでも、私は願っていたいと思う。

当然のアンコールだ。これも吹いた事のある「情熱大陸」だった。

満足したコンサートの一つとなった。ヴァイオリンでもピアノでも、皆自分を作っている。高齢者となった私が自分を作れるものは最早存在しない。だが、完結しなくても、完結する筈もないが、私は私自身がこの先未踏のオカリナと言う小さな民族楽器に、思いを掛けてみようと思っている。