兵庫県立芸術文化センター、人呼んで芸文センターと言う。
9月8日2時から、仲道郁代のピアノリサイタルだ。-オール・ショパン・プログラムー。
先ずプログラム。
第1部
<スタインウェイ>
幻想即興曲 嬰ハ短調op.66
ワルツ第7番 嬰ハ短調op.64-2
ワルツ第6番 変ニ長調op.64-1「小犬」
<プレイエル>
ワルツ第6番 変ニ長調op.64-1「小犬」
12の練習曲第1番 変イ長調op.25-1「エオリアン・ハープ」
12の練習曲第12番 ハ短調op.10-12「革命」
12の練習曲第3番 ホ長調op.10-3「別れの曲」
バラード第1番 ト短調op.23
第2部
<スタインウエイ>
ワルツ第2番 変イ長調op.34-1「華麗なる円舞曲」
バラード第3番 変イ長調op.47
12の練習曲第12番 ハ短調op.10-12「革命」
バラード第4番 ヘ短調op.52
ポロネーズ第6番 変イ長調op.53「英雄」
とても楽しませて貰ったコンサートだった。仲道郁代は、座るとすぐに弾き出す。それに、安心して聴ける。それは兎も角として、楽しい事を企画して聴かせてくれる。
プレイエルは1846年のピアノフォルテだ。ショパンが1810年から1849年の人だから、このピアノをショパンも弾いているかも知れない。
スタインウエイD-274との比較が面白い。つまり、スタインウエイで「小犬」を弾いて、そのすぐ後にプレイエルで「小犬」を弾いた。
プレイエルはチェンバロ寄りではなく、寧ろ今のピアノ寄りだ。音は、昔のアップライトのピアノのように、少し緩んだ音がする。あの、象牙のような黄ばんだ鍵盤が想像される。
88鍵のスタインウエイはピッチ442Hzで調律されているが、プレイエルは85鍵で430Hzに調整されている。やや音が低い。ヤマモトコレクション所蔵のプレイエルが運び込まれていた。
音のボリュームはスタインウエイには勝てないが、繊細で、音一つひとつがちゃんと聴き取れる感じだ。スタインウエイは、音が一緒に重なり篭って響き、完全に明瞭だとは言えない。今のホールの残響の素晴らしさも伴って、3階最後席の私にも、どちらも無理なく響いた。
この音が、ショパンが弾いていた音か、と渋い茶色系の小柄なプレイエルを双眼鏡で眺めた。これだけでも値打ちだった。
「時空を超えてタイムトリップ全3回」の第2回は、来年の1月26日(日)である。これは第3回目も同じく大ホールではなく小ホールで開催される。私は行かないが、もう完売している。その時は、シュタインとスタインウエイで聴くモーツアルトだ。
第3回は、ブロードウッドとスタインウエイで聴くベートーヴェンとなっている。これは6月7日(土)にある。
堪能した後は、JR西宮駅から10分程の所にある西宮市民会館アミティホールで、6時15分開演の「森下知子サクソフォンとオカリナの豊かな響き合い」を聴きに行く事になる。
森下知子さんからメールが来ていて、この催しを知らなかった。是非行きたいとメールを返すと、招待席を確保しておくとの事だった。
いつも開催を主催をされている松田さんに名前を言うと、封筒に入った私宛のチケットが手渡された。前から9列目の左側ブロックの席の右端っこだった。ピアノの鍵盤も見える、とてもいい席だ。
ピアノや編曲は、旦那様の大島忠則さん。ついこの前、オカリナフェスティバルでお会いしたばかりだ。
1部曲順は違ったが、プログラム通りに書いておきたい。
<第1部>
アイルランド民謡:庭の千草
H.マンシーニ:ムーン・リバー
高木東六:水色のワルツ
久石譲:海の見える街(映画「魔女の宅急便」より)
浦野直:冬が来る前に
J.コズマ:枯葉
P.イトゥラルデ:小さなチャルダッシュ
ガーシュウィン:優しき伴侶を
(休憩20分)
<第2部>
シューベルト:即興曲 作品90-3
ブラームス:ワルツ 作品39-15
ショパン:英雄ポロネーズ
(ピアノ独奏=上村雅美)
河島英五:酒と泪と男と女
中山晋平:雨降りお月さん
村松崇継:生命(いのち)の奇跡
オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」より
大島忠則編集:NHK朝ドラ メロディ・メドレー 略して「朝ドレ」
中島みゆき:糸
アンコールは、「ザ・ローズ」。
流石である。これぞプロフェッショナルだし、だからこそ1,000人近い人が毎回聴きに訪れる。息の合ったピアノとサックス&オカリナだ。
ピアノの絶妙なタッチ。サックスの天上から降りて来るような響き。誰にでも出せる音ではない。その中で、時にオカリナが語る。
全部聞き惚れるが、森下さんも大島さんも言うように、「小さなチャルダッシュ」は決して小さくはなかった。超絶技巧もあり、2人のピアノとサックスの響きには圧倒される。これぞプロにしか出来ない選曲の一つだ。
「天国と地獄」は、「天国とちょっと地獄」と言って大島さんが笑わせてくれた。オカリナがここで吼えた。とても老体の私には真似の出来ない技だ。こう言う曲を聴くと、深く静かに潜行するしか術を持たないのが常だ。
だが、オカリナはその人の今が全てであり、それが一番輝く時だと思っている私の逃げかも知れないが、そう思って今日までやって来た唯一無二の楽器なのである。向上心はあるが、決して比較されないものだと思っている。オカリナファンが増えるのも、そんな所にあるのかも知れない。
コンサートが終わると、いつもながら入り口に並んで、私達を見送ってくれる。
順番が来て、森下さんと大島さんと順番に話した。人が並んでいるので、長話は出来ない。初めて森下さんは、結構背の高い人だと実感した。
大島さんとも握手をして、どちらにもまた良い音楽を、良い音を聴かせて欲しいと言った。
ここで行われている「阪神大震災復興祈念コンサート」は、この春で終了になる筈だったが、もう2年延長される事となった。また暫く聴ける事になるが、幾らでも延びて欲しいと思っている。
最後に上村雅美さんと話した。
とてもいい音を奏でていたからだ。この日、仲道郁代さんのコンサートを聴いて、「英雄ポロネーズ」を2度聴いた事になる事を話した。私が仲道さんのコンサートを聴いた事に驚いていたが、私は、上村さんがいいピアノを聴かせてくれた事に驚いた事を話した。
森下さんも大島さんも、人柄がとても素敵だ。プロの音楽家が技術を持ってそれで魅了する事は当たり前の事なのだ。そこに人間性が加わる事で音楽に演奏者がくっついて我々に心をぶつける。だから、「もうあの人のコンサートには行かないが、この人のコンサートにはまた行きたい」と言う気にさせられるのである。
いつまでも心に残るコンサートを求め、私も心の篭もった演奏が出来るように精進したい。
ゆったりまったり爺さん、でいい。こんな爺さんでも、一人や二人は、私の音を聴いてくれる人もいよう。蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものである。
私がCDを作ろうとしているのは、オカリナは下手でも自分だけのオリジナル曲があるからで、先ず12曲を8月15日に一気に短時間で録音した。
そのミックスダウンのCDが9月7日に届いた。リバーブのかかり具合やピアノとのバランスをチェックする為だ。素人の私に、そんな指摘が的確に出来る訳もない。けれど、時間をかけて聴いてでも、返事をしなければ先へ進まない。ジャケットもデザインしないといけないが、これは娘が担当してくれる事になっている。
9月23日は出雲で30分だけ演奏する事になっているが、その時に故郷の写真を撮って来る積りだ。ファーストアルバムと言えば格好いいが、初めで終わりかも知れないのだ。このアルバムのタイトルだけは以前から決めていた。「望郷」と。
この名称のオリジナルも入っているから当然の事とも言えるが、故郷はいつまでも心にある、大きな位置を占める人それぞれの世界なのだ。
私は思い出す。出雲の住んでいた家を。斐伊川を。高瀬川を。出雲大社を。日御碕を。立久恵峡を。一の谷を。宍道湖を。松江城を。あの頃の町並みを。竹馬の友を。だが、何故かしら、故郷は人がいて思い出されるものだとしみじみと思わされた。
CDはいつになったら出来上がるのか、まだはっきりしない。1、2曲、おかしな音が目立つ曲がある。再びそれだけ録音するのにもかなりのお金を必要とする。だが、それはやっぱり再録する必要があると思った。そうすんなりと出来るものではない。制約との戦いは、完璧を要求しない。何処で妥協するか、である。
勿論SさんやS.Sさん、甥にも聴いて貰って、考えて行きたい。
私が作った曲ではあるが、これには大切な人達の協力や思いもある。編曲してくれたTさん。これなくしてCDの夢は叶わなかった。そしてS.Sさんのピアノ伴奏。これもなければ全くCDの用を成さない。Sさんのアドバイスも娘の指摘してくれた事も、時々演奏した自作の曲をいいと言ってくれた人も、そんな人達の協力がなければ、ここまで来る事も、CDにする事すら考えるにも及ばなかった。
そんな思いで、もう少し頑張ってみよう。そうして、私(達)の世界を、出来るだけ多くの人に聴いて貰えたらと思っている。
今からまた全部聴いて、どの曲を再録するか決めたいと思う。出来るだけ1、2曲に留めたいと思ってはいるけれど。
9月8日2時から、仲道郁代のピアノリサイタルだ。-オール・ショパン・プログラムー。
先ずプログラム。
第1部
<スタインウェイ>
幻想即興曲 嬰ハ短調op.66
ワルツ第7番 嬰ハ短調op.64-2
ワルツ第6番 変ニ長調op.64-1「小犬」
<プレイエル>
ワルツ第6番 変ニ長調op.64-1「小犬」
12の練習曲第1番 変イ長調op.25-1「エオリアン・ハープ」
12の練習曲第12番 ハ短調op.10-12「革命」
12の練習曲第3番 ホ長調op.10-3「別れの曲」
バラード第1番 ト短調op.23
第2部
<スタインウエイ>
ワルツ第2番 変イ長調op.34-1「華麗なる円舞曲」
バラード第3番 変イ長調op.47
12の練習曲第12番 ハ短調op.10-12「革命」
バラード第4番 ヘ短調op.52
ポロネーズ第6番 変イ長調op.53「英雄」
とても楽しませて貰ったコンサートだった。仲道郁代は、座るとすぐに弾き出す。それに、安心して聴ける。それは兎も角として、楽しい事を企画して聴かせてくれる。
プレイエルは1846年のピアノフォルテだ。ショパンが1810年から1849年の人だから、このピアノをショパンも弾いているかも知れない。
スタインウエイD-274との比較が面白い。つまり、スタインウエイで「小犬」を弾いて、そのすぐ後にプレイエルで「小犬」を弾いた。
プレイエルはチェンバロ寄りではなく、寧ろ今のピアノ寄りだ。音は、昔のアップライトのピアノのように、少し緩んだ音がする。あの、象牙のような黄ばんだ鍵盤が想像される。
88鍵のスタインウエイはピッチ442Hzで調律されているが、プレイエルは85鍵で430Hzに調整されている。やや音が低い。ヤマモトコレクション所蔵のプレイエルが運び込まれていた。
音のボリュームはスタインウエイには勝てないが、繊細で、音一つひとつがちゃんと聴き取れる感じだ。スタインウエイは、音が一緒に重なり篭って響き、完全に明瞭だとは言えない。今のホールの残響の素晴らしさも伴って、3階最後席の私にも、どちらも無理なく響いた。
この音が、ショパンが弾いていた音か、と渋い茶色系の小柄なプレイエルを双眼鏡で眺めた。これだけでも値打ちだった。
「時空を超えてタイムトリップ全3回」の第2回は、来年の1月26日(日)である。これは第3回目も同じく大ホールではなく小ホールで開催される。私は行かないが、もう完売している。その時は、シュタインとスタインウエイで聴くモーツアルトだ。
第3回は、ブロードウッドとスタインウエイで聴くベートーヴェンとなっている。これは6月7日(土)にある。
堪能した後は、JR西宮駅から10分程の所にある西宮市民会館アミティホールで、6時15分開演の「森下知子サクソフォンとオカリナの豊かな響き合い」を聴きに行く事になる。
森下知子さんからメールが来ていて、この催しを知らなかった。是非行きたいとメールを返すと、招待席を確保しておくとの事だった。
いつも開催を主催をされている松田さんに名前を言うと、封筒に入った私宛のチケットが手渡された。前から9列目の左側ブロックの席の右端っこだった。ピアノの鍵盤も見える、とてもいい席だ。
ピアノや編曲は、旦那様の大島忠則さん。ついこの前、オカリナフェスティバルでお会いしたばかりだ。
1部曲順は違ったが、プログラム通りに書いておきたい。
<第1部>
アイルランド民謡:庭の千草
H.マンシーニ:ムーン・リバー
高木東六:水色のワルツ
久石譲:海の見える街(映画「魔女の宅急便」より)
浦野直:冬が来る前に
J.コズマ:枯葉
P.イトゥラルデ:小さなチャルダッシュ
ガーシュウィン:優しき伴侶を
(休憩20分)
<第2部>
シューベルト:即興曲 作品90-3
ブラームス:ワルツ 作品39-15
ショパン:英雄ポロネーズ
(ピアノ独奏=上村雅美)
河島英五:酒と泪と男と女
中山晋平:雨降りお月さん
村松崇継:生命(いのち)の奇跡
オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」より
大島忠則編集:NHK朝ドラ メロディ・メドレー 略して「朝ドレ」
中島みゆき:糸
アンコールは、「ザ・ローズ」。
流石である。これぞプロフェッショナルだし、だからこそ1,000人近い人が毎回聴きに訪れる。息の合ったピアノとサックス&オカリナだ。
ピアノの絶妙なタッチ。サックスの天上から降りて来るような響き。誰にでも出せる音ではない。その中で、時にオカリナが語る。
全部聞き惚れるが、森下さんも大島さんも言うように、「小さなチャルダッシュ」は決して小さくはなかった。超絶技巧もあり、2人のピアノとサックスの響きには圧倒される。これぞプロにしか出来ない選曲の一つだ。
「天国と地獄」は、「天国とちょっと地獄」と言って大島さんが笑わせてくれた。オカリナがここで吼えた。とても老体の私には真似の出来ない技だ。こう言う曲を聴くと、深く静かに潜行するしか術を持たないのが常だ。
だが、オカリナはその人の今が全てであり、それが一番輝く時だと思っている私の逃げかも知れないが、そう思って今日までやって来た唯一無二の楽器なのである。向上心はあるが、決して比較されないものだと思っている。オカリナファンが増えるのも、そんな所にあるのかも知れない。
コンサートが終わると、いつもながら入り口に並んで、私達を見送ってくれる。
順番が来て、森下さんと大島さんと順番に話した。人が並んでいるので、長話は出来ない。初めて森下さんは、結構背の高い人だと実感した。
大島さんとも握手をして、どちらにもまた良い音楽を、良い音を聴かせて欲しいと言った。
ここで行われている「阪神大震災復興祈念コンサート」は、この春で終了になる筈だったが、もう2年延長される事となった。また暫く聴ける事になるが、幾らでも延びて欲しいと思っている。
最後に上村雅美さんと話した。
とてもいい音を奏でていたからだ。この日、仲道郁代さんのコンサートを聴いて、「英雄ポロネーズ」を2度聴いた事になる事を話した。私が仲道さんのコンサートを聴いた事に驚いていたが、私は、上村さんがいいピアノを聴かせてくれた事に驚いた事を話した。
森下さんも大島さんも、人柄がとても素敵だ。プロの音楽家が技術を持ってそれで魅了する事は当たり前の事なのだ。そこに人間性が加わる事で音楽に演奏者がくっついて我々に心をぶつける。だから、「もうあの人のコンサートには行かないが、この人のコンサートにはまた行きたい」と言う気にさせられるのである。
いつまでも心に残るコンサートを求め、私も心の篭もった演奏が出来るように精進したい。
ゆったりまったり爺さん、でいい。こんな爺さんでも、一人や二人は、私の音を聴いてくれる人もいよう。蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものである。
私がCDを作ろうとしているのは、オカリナは下手でも自分だけのオリジナル曲があるからで、先ず12曲を8月15日に一気に短時間で録音した。
そのミックスダウンのCDが9月7日に届いた。リバーブのかかり具合やピアノとのバランスをチェックする為だ。素人の私に、そんな指摘が的確に出来る訳もない。けれど、時間をかけて聴いてでも、返事をしなければ先へ進まない。ジャケットもデザインしないといけないが、これは娘が担当してくれる事になっている。
9月23日は出雲で30分だけ演奏する事になっているが、その時に故郷の写真を撮って来る積りだ。ファーストアルバムと言えば格好いいが、初めで終わりかも知れないのだ。このアルバムのタイトルだけは以前から決めていた。「望郷」と。
この名称のオリジナルも入っているから当然の事とも言えるが、故郷はいつまでも心にある、大きな位置を占める人それぞれの世界なのだ。
私は思い出す。出雲の住んでいた家を。斐伊川を。高瀬川を。出雲大社を。日御碕を。立久恵峡を。一の谷を。宍道湖を。松江城を。あの頃の町並みを。竹馬の友を。だが、何故かしら、故郷は人がいて思い出されるものだとしみじみと思わされた。
CDはいつになったら出来上がるのか、まだはっきりしない。1、2曲、おかしな音が目立つ曲がある。再びそれだけ録音するのにもかなりのお金を必要とする。だが、それはやっぱり再録する必要があると思った。そうすんなりと出来るものではない。制約との戦いは、完璧を要求しない。何処で妥協するか、である。
勿論SさんやS.Sさん、甥にも聴いて貰って、考えて行きたい。
私が作った曲ではあるが、これには大切な人達の協力や思いもある。編曲してくれたTさん。これなくしてCDの夢は叶わなかった。そしてS.Sさんのピアノ伴奏。これもなければ全くCDの用を成さない。Sさんのアドバイスも娘の指摘してくれた事も、時々演奏した自作の曲をいいと言ってくれた人も、そんな人達の協力がなければ、ここまで来る事も、CDにする事すら考えるにも及ばなかった。
そんな思いで、もう少し頑張ってみよう。そうして、私(達)の世界を、出来るだけ多くの人に聴いて貰えたらと思っている。
今からまた全部聴いて、どの曲を再録するか決めたいと思う。出来るだけ1、2曲に留めたいと思ってはいるけれど。