「知ったら迷い、知らなかったら迷わない。それが、恋」
ステージの上でスポットライトを浴びた十朱幸代は、語り聞かせている。
その主人公は新撰組副長土方歳三。非情で人に恐れられるその彼が恋に落ちたオリジナルの女、お雪。もうお分かりだろう。彼女は司馬遼太郎の「燃えよ剣」の台本を朗読しているのだった。文字を読んでいるのだから朗読なのだろうが、その声も表情も巧みに変わり、それは最早語りと言ってよかった。
20代の声。30代の声。40代の声。50代の声・・。彼女も七色の声を出せるのか。それは躍動し、暗くなった会場の客を惹き付ける。
着こなした和服はライトで白っぽく浮き上がっていたし、帯には、金色と銀色の菊とその半分の模様が施されていた。
男が力強く話す所では、座った脚の脛の方が開かれた。前から9列目だったので顔もまあまあ良く見えたが、細かい筋肉の動きや表情などは微妙に捉え得なかった。またしても、双眼鏡を持って来なかった事が悔やまれた。
その所為か、昔から見ている十朱幸代とそんなに変わっていなかったと感じた。いつまでも若いと思った。この人程老いたように見えない女優も少ないだろう。
好き嫌いは別として、昔から気になる女優の一人だった。今日(4日)は、念願の十朱幸代を生の実物大で見る事が出来た。
「燃えよ剣」を聴きに来たのではなく、十朱幸代を見に来たと言った方が本音に近い。特別な感情が沸く訳ではないものの、その演技力には大いに魅力を感じさせられた。
前半もそうだったが、休憩20分後の後半でも、最後は立ち上がり、まるで一人芝居のように台本なしで語った。これぞ真骨頂だったと思う。流石女優。迫真の会心の演技だったのである。
最後は五稜郭が出て来るが、颯爽と切り込みに行く、馬上の土方歳三を見た。馬が跳躍し、その脚が地面に着くと同時に落ち、赤い血が流れているのを見て初めて周りは彼が死んだ事を知る。射殺だったのだ。
それは明治2年5月11日の事だったと、十朱幸代の口は告げた。
十朱幸代が上手に消えると、宮川彬良の力強いピアノのタッチが、切り取ったかのような明かりの中で、暫く止まなかった。力強いのに切ない音だった。少し、瞼が曇った。これぞ芸術の成せる業だったのだろう。
土方歳三が、血みどろでお雪の前に現れた。そこから純愛は始まり、動乱の最中でその愛が育まれて行く。
私は何を見ていたのだろう。「燃えよ剣」の筋書きなのか。十朱幸代の語りなのか。それとも宮川彬良のピアノか。
十朱幸代を見に来た筈が筋書きとピアノに惹かれたり、それはコロコロと換わった。それはあの中ホールのステージ上で織り成された動く絵を、私は見聴きしていたのだろう。
私も十朱幸代の口から吐き出される何十本もの糸に絡まれながら、その「知ったから迷った道」を解こうとしていた。
こんな舞台を体験すると、現実が幻のように思えたり、幻が現実なのかと思えたり、それが渾然とした今の中を歩いている自分を発見して、一瞬たじろいだのだった。
ステージの上でスポットライトを浴びた十朱幸代は、語り聞かせている。
その主人公は新撰組副長土方歳三。非情で人に恐れられるその彼が恋に落ちたオリジナルの女、お雪。もうお分かりだろう。彼女は司馬遼太郎の「燃えよ剣」の台本を朗読しているのだった。文字を読んでいるのだから朗読なのだろうが、その声も表情も巧みに変わり、それは最早語りと言ってよかった。
20代の声。30代の声。40代の声。50代の声・・。彼女も七色の声を出せるのか。それは躍動し、暗くなった会場の客を惹き付ける。
着こなした和服はライトで白っぽく浮き上がっていたし、帯には、金色と銀色の菊とその半分の模様が施されていた。
男が力強く話す所では、座った脚の脛の方が開かれた。前から9列目だったので顔もまあまあ良く見えたが、細かい筋肉の動きや表情などは微妙に捉え得なかった。またしても、双眼鏡を持って来なかった事が悔やまれた。
その所為か、昔から見ている十朱幸代とそんなに変わっていなかったと感じた。いつまでも若いと思った。この人程老いたように見えない女優も少ないだろう。
好き嫌いは別として、昔から気になる女優の一人だった。今日(4日)は、念願の十朱幸代を生の実物大で見る事が出来た。
「燃えよ剣」を聴きに来たのではなく、十朱幸代を見に来たと言った方が本音に近い。特別な感情が沸く訳ではないものの、その演技力には大いに魅力を感じさせられた。
前半もそうだったが、休憩20分後の後半でも、最後は立ち上がり、まるで一人芝居のように台本なしで語った。これぞ真骨頂だったと思う。流石女優。迫真の会心の演技だったのである。
最後は五稜郭が出て来るが、颯爽と切り込みに行く、馬上の土方歳三を見た。馬が跳躍し、その脚が地面に着くと同時に落ち、赤い血が流れているのを見て初めて周りは彼が死んだ事を知る。射殺だったのだ。
それは明治2年5月11日の事だったと、十朱幸代の口は告げた。
十朱幸代が上手に消えると、宮川彬良の力強いピアノのタッチが、切り取ったかのような明かりの中で、暫く止まなかった。力強いのに切ない音だった。少し、瞼が曇った。これぞ芸術の成せる業だったのだろう。
土方歳三が、血みどろでお雪の前に現れた。そこから純愛は始まり、動乱の最中でその愛が育まれて行く。
私は何を見ていたのだろう。「燃えよ剣」の筋書きなのか。十朱幸代の語りなのか。それとも宮川彬良のピアノか。
十朱幸代を見に来た筈が筋書きとピアノに惹かれたり、それはコロコロと換わった。それはあの中ホールのステージ上で織り成された動く絵を、私は見聴きしていたのだろう。
私も十朱幸代の口から吐き出される何十本もの糸に絡まれながら、その「知ったから迷った道」を解こうとしていた。
こんな舞台を体験すると、現実が幻のように思えたり、幻が現実なのかと思えたり、それが渾然とした今の中を歩いている自分を発見して、一瞬たじろいだのだった。