シマさん夫婦が迎えに来てくれた。朝9時に出発。
明石海峡大橋を渡り、徳島、香川の地を越えて、一路愛媛へ。西条市の船屋を目指す。5月31日の事だった。
甘味処すだち。兼ねてからの念願のお店だった。
番頭さん(ご主人)に迎えられ、案内された家が、先代が残された昔ながらの屋敷だった。格式の高さを感じた。書院造風の床の間。豪華なソファ。目に付く所々に沢山の楽器がある。ギター、マンドリン、三線。女将さんともすぐに会った。買い物に行っていた、と。
「すっぴんですよ」
と言われたけれど、十分に綺麗だ。「番頭」「女将」は、ブログ上での名前である。ご主人を番頭さん。奥様を、いつも呼び慣れているすだちさんと言う事にする。
番頭さんとは初対面だが、すだちさんのブログで時々お見かけしていた。会った瞬間、初めて会ったとは思えない親しさを感じた。肩肘張らない乗りも良かったかも知れないのだった。
すだちさんとは2年近く前に神戸のオカリナフェスティバルで初めてお会いした。それまではちょっとの期間、ブログで交流していた。フェスティバルには私が呼びかけたのだが、態々聴きに来て下さった。
「ボレロ」を吹いたが、とんでもない演奏で、最後は立ち往生してしまう状態だったのである。すぐその後に声を掛けられたものだから、私は顔面蒼白、落胆の状態での悪印象の出会いだったと思う。
この母屋の隣が甘味処すだちである。天井の高い、立派な梁がどんと通っている素晴らしいお店だ。中央の長方形の囲炉裏が、ブログで見たままだった。周りの通路や景色もブログで見慣れたものだったが、こうして眺めると写真のように部分的ではなく、数段素敵で連続的な実物大のものとして認識されて行った。
酢橘の木もあり、白い花が咲き、揚羽の幼虫がその葉を蝕んでいた。店の奥に開設された駐車場からの眺めは、飽きることのないであろう四季折々の姿を想像させるのに難くはなかった。
田んぼには苗が植えられ、すぐ向こうにはそんなに高くない山がやさしく連なっている。鷺が2羽遠くに窺えた。大きな木のグミの実が鈴生りだ。
シマさんと、島の人ではないが奄美の三線をやっていて、シマさんとの出会いを楽しみにして来ていたJ さんと3人で写真に納まった。すぐ後で、私は番頭さんと写った。
300キロメートル弱の道程を1時頃に着いたのだろうか。暫くすだちさん達の音楽仲間と言う方々数人とも会い、寛いでいた。
それからお店の方ででリハーサルをした。
すだちさんは音楽には造詣も深く、オカリナのみならずピアニカなども堪能だった。オカリナを聴いた時、上手いと思った。そのオカリナに対する息の量が的確だった。
この日限定のお客さんが集まった。囲炉裏の横や手前に座布団が敷かれ、20数名の方々が召集されたような感じだった。すだちさんがこの日の為に誘って下さっていた。と言う事は、今日は臨時休業なのである。
ここまでして準備して下さっていた事に、感嘆の声が漏れそうだった。
すだちさんの流暢で身に余る2人の紹介が終わると前半、紬に着替えたシマさんが登場し、山がバックの位置から演奏を始めた。私はずっと後方の敷居の手前から聴いていた。勿論自らのMCで歌詞の解説を混ぜながら演奏して行く。聴衆の視線は温かで優しかった。
今日聴くシマさんの声に、特に落ち着きと張りがあるのを感じた。後で自らも言っていたが、満足していたようだった。演じる者と聴く者とが作り出す演奏だと言う事が実感出来た、嬉しい1時間弱の時間だったと思う。アンコールではワイド節を演奏した。
1.徳之島一切節
2.亀津朝花節
3. 黒だんど節
4. ヨンカナ節
5. 阿室ぬ慢女節
6.しゅんかね節
7.まんこい節
殆どが女性の方で、男性は1名だったと思う。年齢幅は広かった。数人の音楽仲間だと言う男の人達は、外から聴いていた。J さんは写真を撮ってくれていた。
15分の休憩で母屋に行き、私はステージ衣装に着替えた。と言っても、半袖を長袖に、地味なグレー系のズボンを黒のズボンに換えただけだった。シマさんは、紬を脱いだ。
ガラス戸を開けて前方から入場する。
私は手垢の着いた曲を集めて演奏する事にしている。もうプログラムが配ってあるので何が演奏されるかは予め分かっている。このカラー仕様のプログラムは、シマさんが丹精込めて作ってくれたものだ。
「HIKARI 愛媛コンサート」のタイトルがある。
最初はラフに着替えたシマさんと2曲コラボをした。春の小川、旅愁である。その後彼は下がり、後半の私の時間となった。
甘味処すだちと場所が書いてなかったが、これは余り意識していなかった。
後ろから見ていた聴衆と、前から見た聴衆は全然違う。はっきり表情が分かるからである。いい表情の人ばかりだ。
「皆さんの手元にプログラムがあって曲はもうバレていますが、演奏場所を書いていません。何処かはっきりしなかったからです。甘味処と書かなくて良かったです。こうして眺めると、綺麗処ばかりだったからです」
これが最初に受けてしまったようだ。閉じようとしても私の口はどうしようもなく開いて行く。曲も演奏しなければ。限りなく開きっ放しでなくて良かったと思う。だが、結果から言えば、常にMCがお笑いになってしまったのか、その度に笑いを誘ってしまっていた。
つい調子に乗って話が長くなっていたのだが、話に夢中で時計も見る事にも気が付かず、シマさんが巻きの合図をしていたのにも気が付かなかった。
この事が言いたいと思って話した前置きが、ただ長くなったばかりで意味不明に終わってしまった話もある。それでもにこにこ聴いて下さる方々には、心から感謝をしたい。
真ん中辺りでサプライズだ。まさかすだちさんんとオカリナのコラボをするなど、誰も思ってみなかったのではないだろうか。
故郷と夕焼け小焼け変奏曲を演奏した。最初の曲はアカペラで、後のは音源入りで。
大怪我でまだ痛い左手を抱えているにも関わらず、素晴らしいコラボ演奏をして下さったすだちさんに心から感謝したい。コラボが出来て本当に良かった。ありがとう。
リベンジの筈のボレロも、またまた音が外れてリベンジならず。トラウマになっているのか。練習ではちゃんと出来ているのにだ。まあ、えっか。笑わすしかない。笑って貰うしかない。それしかない。そう思って私のオカリナ曲の後半を終えた。
演奏しながら目が合った人悉く微笑んで、いい顔でいて下さる。なかなかこのような聴衆に出会う事も稀であるが、西条は最上だ。また機会があったら来たいと、紛れもなく思った。
津軽海峡冬景色が終わったら、アンコールがあった。その場で色々考えたが、皆に親しまれているものがいいだろうと、コンドルは飛んで行くにした。アカペラでの演奏が初めてだったので、喜んで貰えたと勝手に思っている。
5時までには十分終わると考えていたが、後2曲を残した時点で5時15分位ではなかったか。番頭さんの声が聞こえてきて、最後まで時間超過のまま演奏出来た。お客さんの中には5時に終わるものだと思って、予定を立てて来ている人もある筈なのに、これは大きな反省点の一つとなった。
満足の行く演奏とはならなかったが、とても気持ちよく演奏出来た事が、時間を超過させてしまったのだろう。ただ、この聴衆の皆さんの聴いて下さっている顔を見ていると、本当に楽しく、素直に嬉しかったのだ。
1.リュブリャーナの青い空
2.荒城の月
3.さとうきび畑
4.ここに幸あり
5.かあさんの歌
※サプライズ
6.ボレロ
7.万華鏡
8.故郷の山や海
9.津軽海峡冬景色
終わると、オカリナに興味のある人が前に出て来たので、少し喋ったりオカリナを見てもらったりした。こうして、長い筈の演奏が、瞬間に過去へと押し流されて行った。
汗でシャツは濡れている。脇に塗るパウダーかスプレーを娘に頼んでいるのに、まだ買って来てくれていない。汗かきではないのだが、今度からの対策として、早く娘を急かす事と、アンダーシャツをランニングシャツではなく半袖シャツにする事だと思った。
チェロを持参している単身赴任のKさんが、すだちさんの車で近くの「ひうちの湯」に連れて行ってくれた。4人で出掛けた。水で有名な西条には、海のすぐ傍に弘法水があると言う。ちょっとお参りしてその水を飲ませて貰った。どことなく甘い感じがして、美味しい水だった。甘味処すだちでは、この水を使っていると言う。そう言う所にも、細かな気遣いがあるのだろう。
気持ち良く汗を流す事が出来たし、漢方の濁った湯にも浸かった。程よいドライブをして甘味処すだちに帰り、母屋に上がった。
ここに繋がる道は車1台が通るのには技術を要する程の道幅で、車種を聞かれていた意味が分かった。シマさんの車は、駐車場まで行かずに甘味処すだちに左折する手前の家の、1ヶ所だけある駐車スペースに停めさせて貰っていた。
時間は時計を確認した訳ではないので分からないが、多分7時過ぎだっただろう。囲炉裏を囲んで懇親会と言うのか、宴会が始まった。総勢11名。囲炉裏には炭が赤々と燃え、網の上では鮎やアマゴが焼かれていた。大きな鞘付きの豆も。
ビールで乾杯。何でも良かったのだが、高価で余り飲んだ事もないプレミアムの缶が回って来た。久々にそれは喉に押し流された。スーパードライやノンアルコールもあった。島ラッキョウや豆や煮物が回って来て、その度に取り皿に分けて味わった。況してプロの作る料理だから、どれもこれも美味いものばかりだ。
四国で一番美味いと言って持参していたKさん持込みの日本酒。シマさんの持参黒糖焼酎煌めきの島奄美。私はマッコリを持って来ていた。
奄美の島唄をやっていると言うJさんの演奏を聴く。いい感じの青年だが、ずっと正座をしている姿が印象的だ。痺れが切れない人もいるのだと思った。
シマさんと同じ曲を唄っても、島の北と南では唄い方が違うものだと言う事がはっきり分かる。シマさんはJさんの唄を受けて唄って行く。また返す。と言った演奏だった。
シマさんは、盛んに昔の徳之島や奄美大島の話をする。島津藩との関係や話になると皆耳を集中させる。初めて聞く歴史話だったからでもあろうが、このような話は聞かなければ分からないし、とても興味深いものだ。
オカリナを始めて2ヶ月と言う I さんと言う若い女性がいて、プラスチックのオカリナを吹いた。すだちさんが初心者のお弟子さんに最初に薦めているオカリナなのだ。感じた事を言ってすぐに吹いて貰ったが、コツが掴めたのか、とてもしっかりした音になった。金継ぎと言う、珍しい仕事をしているそうだ。
隣の年配の人も吹いて、この人は音がとても綺麗だった。何か言わせて貰ったと思うが、心地良い酔いに任せて、忘れてしまった。
私は鮎を食べた。久し振りだったが、やっぱり酒にはあゆ(合う)?!
時はどんどん過ぎ、時計は次の日を告げた。真夜中を過ぎて、ここら辺りで散会となった。番頭さんにもすだちさんにも、こんなに遅くまで楽しく過ごさせて頂いた。明日の朝も早いと言うのに、この歓待振りは何に例えたら良いのだろう。私は、ただ真心だけを感じていた。
シマさん夫婦は母屋に移った。私とチェロのKさんとは、この囲炉裏を挟んで泊まる事になった。寝床まで用意して頂いて。私は甘えさせて貰って、何にもしなかった。高い天井と立派な梁を見つめながら、すぐに目蓋は閉じて行った。
どちらを頭にするかにも気を配って頂き、恐縮している。演奏したガラス戸の際は東の方角だろう。そちらに足を向けるようにして寝たのだ。目が覚めた時、朝焼けや朝日や景色がすぐ見えるようにとの配慮だったのだ。ちょっと涙もんだなあ。
明石海峡大橋を渡り、徳島、香川の地を越えて、一路愛媛へ。西条市の船屋を目指す。5月31日の事だった。
甘味処すだち。兼ねてからの念願のお店だった。
番頭さん(ご主人)に迎えられ、案内された家が、先代が残された昔ながらの屋敷だった。格式の高さを感じた。書院造風の床の間。豪華なソファ。目に付く所々に沢山の楽器がある。ギター、マンドリン、三線。女将さんともすぐに会った。買い物に行っていた、と。
「すっぴんですよ」
と言われたけれど、十分に綺麗だ。「番頭」「女将」は、ブログ上での名前である。ご主人を番頭さん。奥様を、いつも呼び慣れているすだちさんと言う事にする。
番頭さんとは初対面だが、すだちさんのブログで時々お見かけしていた。会った瞬間、初めて会ったとは思えない親しさを感じた。肩肘張らない乗りも良かったかも知れないのだった。
すだちさんとは2年近く前に神戸のオカリナフェスティバルで初めてお会いした。それまではちょっとの期間、ブログで交流していた。フェスティバルには私が呼びかけたのだが、態々聴きに来て下さった。
「ボレロ」を吹いたが、とんでもない演奏で、最後は立ち往生してしまう状態だったのである。すぐその後に声を掛けられたものだから、私は顔面蒼白、落胆の状態での悪印象の出会いだったと思う。
この母屋の隣が甘味処すだちである。天井の高い、立派な梁がどんと通っている素晴らしいお店だ。中央の長方形の囲炉裏が、ブログで見たままだった。周りの通路や景色もブログで見慣れたものだったが、こうして眺めると写真のように部分的ではなく、数段素敵で連続的な実物大のものとして認識されて行った。
酢橘の木もあり、白い花が咲き、揚羽の幼虫がその葉を蝕んでいた。店の奥に開設された駐車場からの眺めは、飽きることのないであろう四季折々の姿を想像させるのに難くはなかった。
田んぼには苗が植えられ、すぐ向こうにはそんなに高くない山がやさしく連なっている。鷺が2羽遠くに窺えた。大きな木のグミの実が鈴生りだ。
シマさんと、島の人ではないが奄美の三線をやっていて、シマさんとの出会いを楽しみにして来ていたJ さんと3人で写真に納まった。すぐ後で、私は番頭さんと写った。
300キロメートル弱の道程を1時頃に着いたのだろうか。暫くすだちさん達の音楽仲間と言う方々数人とも会い、寛いでいた。
それからお店の方ででリハーサルをした。
すだちさんは音楽には造詣も深く、オカリナのみならずピアニカなども堪能だった。オカリナを聴いた時、上手いと思った。そのオカリナに対する息の量が的確だった。
この日限定のお客さんが集まった。囲炉裏の横や手前に座布団が敷かれ、20数名の方々が召集されたような感じだった。すだちさんがこの日の為に誘って下さっていた。と言う事は、今日は臨時休業なのである。
ここまでして準備して下さっていた事に、感嘆の声が漏れそうだった。
すだちさんの流暢で身に余る2人の紹介が終わると前半、紬に着替えたシマさんが登場し、山がバックの位置から演奏を始めた。私はずっと後方の敷居の手前から聴いていた。勿論自らのMCで歌詞の解説を混ぜながら演奏して行く。聴衆の視線は温かで優しかった。
今日聴くシマさんの声に、特に落ち着きと張りがあるのを感じた。後で自らも言っていたが、満足していたようだった。演じる者と聴く者とが作り出す演奏だと言う事が実感出来た、嬉しい1時間弱の時間だったと思う。アンコールではワイド節を演奏した。
1.徳之島一切節
2.亀津朝花節
3. 黒だんど節
4. ヨンカナ節
5. 阿室ぬ慢女節
6.しゅんかね節
7.まんこい節
殆どが女性の方で、男性は1名だったと思う。年齢幅は広かった。数人の音楽仲間だと言う男の人達は、外から聴いていた。J さんは写真を撮ってくれていた。
15分の休憩で母屋に行き、私はステージ衣装に着替えた。と言っても、半袖を長袖に、地味なグレー系のズボンを黒のズボンに換えただけだった。シマさんは、紬を脱いだ。
ガラス戸を開けて前方から入場する。
私は手垢の着いた曲を集めて演奏する事にしている。もうプログラムが配ってあるので何が演奏されるかは予め分かっている。このカラー仕様のプログラムは、シマさんが丹精込めて作ってくれたものだ。
「HIKARI 愛媛コンサート」のタイトルがある。
最初はラフに着替えたシマさんと2曲コラボをした。春の小川、旅愁である。その後彼は下がり、後半の私の時間となった。
甘味処すだちと場所が書いてなかったが、これは余り意識していなかった。
後ろから見ていた聴衆と、前から見た聴衆は全然違う。はっきり表情が分かるからである。いい表情の人ばかりだ。
「皆さんの手元にプログラムがあって曲はもうバレていますが、演奏場所を書いていません。何処かはっきりしなかったからです。甘味処と書かなくて良かったです。こうして眺めると、綺麗処ばかりだったからです」
これが最初に受けてしまったようだ。閉じようとしても私の口はどうしようもなく開いて行く。曲も演奏しなければ。限りなく開きっ放しでなくて良かったと思う。だが、結果から言えば、常にMCがお笑いになってしまったのか、その度に笑いを誘ってしまっていた。
つい調子に乗って話が長くなっていたのだが、話に夢中で時計も見る事にも気が付かず、シマさんが巻きの合図をしていたのにも気が付かなかった。
この事が言いたいと思って話した前置きが、ただ長くなったばかりで意味不明に終わってしまった話もある。それでもにこにこ聴いて下さる方々には、心から感謝をしたい。
真ん中辺りでサプライズだ。まさかすだちさんんとオカリナのコラボをするなど、誰も思ってみなかったのではないだろうか。
故郷と夕焼け小焼け変奏曲を演奏した。最初の曲はアカペラで、後のは音源入りで。
大怪我でまだ痛い左手を抱えているにも関わらず、素晴らしいコラボ演奏をして下さったすだちさんに心から感謝したい。コラボが出来て本当に良かった。ありがとう。
リベンジの筈のボレロも、またまた音が外れてリベンジならず。トラウマになっているのか。練習ではちゃんと出来ているのにだ。まあ、えっか。笑わすしかない。笑って貰うしかない。それしかない。そう思って私のオカリナ曲の後半を終えた。
演奏しながら目が合った人悉く微笑んで、いい顔でいて下さる。なかなかこのような聴衆に出会う事も稀であるが、西条は最上だ。また機会があったら来たいと、紛れもなく思った。
津軽海峡冬景色が終わったら、アンコールがあった。その場で色々考えたが、皆に親しまれているものがいいだろうと、コンドルは飛んで行くにした。アカペラでの演奏が初めてだったので、喜んで貰えたと勝手に思っている。
5時までには十分終わると考えていたが、後2曲を残した時点で5時15分位ではなかったか。番頭さんの声が聞こえてきて、最後まで時間超過のまま演奏出来た。お客さんの中には5時に終わるものだと思って、予定を立てて来ている人もある筈なのに、これは大きな反省点の一つとなった。
満足の行く演奏とはならなかったが、とても気持ちよく演奏出来た事が、時間を超過させてしまったのだろう。ただ、この聴衆の皆さんの聴いて下さっている顔を見ていると、本当に楽しく、素直に嬉しかったのだ。
1.リュブリャーナの青い空
2.荒城の月
3.さとうきび畑
4.ここに幸あり
5.かあさんの歌
※サプライズ
6.ボレロ
7.万華鏡
8.故郷の山や海
9.津軽海峡冬景色
終わると、オカリナに興味のある人が前に出て来たので、少し喋ったりオカリナを見てもらったりした。こうして、長い筈の演奏が、瞬間に過去へと押し流されて行った。
汗でシャツは濡れている。脇に塗るパウダーかスプレーを娘に頼んでいるのに、まだ買って来てくれていない。汗かきではないのだが、今度からの対策として、早く娘を急かす事と、アンダーシャツをランニングシャツではなく半袖シャツにする事だと思った。
チェロを持参している単身赴任のKさんが、すだちさんの車で近くの「ひうちの湯」に連れて行ってくれた。4人で出掛けた。水で有名な西条には、海のすぐ傍に弘法水があると言う。ちょっとお参りしてその水を飲ませて貰った。どことなく甘い感じがして、美味しい水だった。甘味処すだちでは、この水を使っていると言う。そう言う所にも、細かな気遣いがあるのだろう。
気持ち良く汗を流す事が出来たし、漢方の濁った湯にも浸かった。程よいドライブをして甘味処すだちに帰り、母屋に上がった。
ここに繋がる道は車1台が通るのには技術を要する程の道幅で、車種を聞かれていた意味が分かった。シマさんの車は、駐車場まで行かずに甘味処すだちに左折する手前の家の、1ヶ所だけある駐車スペースに停めさせて貰っていた。
時間は時計を確認した訳ではないので分からないが、多分7時過ぎだっただろう。囲炉裏を囲んで懇親会と言うのか、宴会が始まった。総勢11名。囲炉裏には炭が赤々と燃え、網の上では鮎やアマゴが焼かれていた。大きな鞘付きの豆も。
ビールで乾杯。何でも良かったのだが、高価で余り飲んだ事もないプレミアムの缶が回って来た。久々にそれは喉に押し流された。スーパードライやノンアルコールもあった。島ラッキョウや豆や煮物が回って来て、その度に取り皿に分けて味わった。況してプロの作る料理だから、どれもこれも美味いものばかりだ。
四国で一番美味いと言って持参していたKさん持込みの日本酒。シマさんの持参黒糖焼酎煌めきの島奄美。私はマッコリを持って来ていた。
奄美の島唄をやっていると言うJさんの演奏を聴く。いい感じの青年だが、ずっと正座をしている姿が印象的だ。痺れが切れない人もいるのだと思った。
シマさんと同じ曲を唄っても、島の北と南では唄い方が違うものだと言う事がはっきり分かる。シマさんはJさんの唄を受けて唄って行く。また返す。と言った演奏だった。
シマさんは、盛んに昔の徳之島や奄美大島の話をする。島津藩との関係や話になると皆耳を集中させる。初めて聞く歴史話だったからでもあろうが、このような話は聞かなければ分からないし、とても興味深いものだ。
オカリナを始めて2ヶ月と言う I さんと言う若い女性がいて、プラスチックのオカリナを吹いた。すだちさんが初心者のお弟子さんに最初に薦めているオカリナなのだ。感じた事を言ってすぐに吹いて貰ったが、コツが掴めたのか、とてもしっかりした音になった。金継ぎと言う、珍しい仕事をしているそうだ。
隣の年配の人も吹いて、この人は音がとても綺麗だった。何か言わせて貰ったと思うが、心地良い酔いに任せて、忘れてしまった。
私は鮎を食べた。久し振りだったが、やっぱり酒にはあゆ(合う)?!
時はどんどん過ぎ、時計は次の日を告げた。真夜中を過ぎて、ここら辺りで散会となった。番頭さんにもすだちさんにも、こんなに遅くまで楽しく過ごさせて頂いた。明日の朝も早いと言うのに、この歓待振りは何に例えたら良いのだろう。私は、ただ真心だけを感じていた。
シマさん夫婦は母屋に移った。私とチェロのKさんとは、この囲炉裏を挟んで泊まる事になった。寝床まで用意して頂いて。私は甘えさせて貰って、何にもしなかった。高い天井と立派な梁を見つめながら、すぐに目蓋は閉じて行った。
どちらを頭にするかにも気を配って頂き、恐縮している。演奏したガラス戸の際は東の方角だろう。そちらに足を向けるようにして寝たのだ。目が覚めた時、朝焼けや朝日や景色がすぐ見えるようにとの配慮だったのだ。ちょっと涙もんだなあ。