依頼された時間が10分でも、それを拒む理由はない。

最初は20分と言う事だったが、中心になっていない人を介すると話が違ったりする。

MDを使うなら、自分のコンポを持って行けば電気屋さんが配線すると言う。CDなら音響は全て準備出来ると言う話だった。私は、CD持参に決めた。

上高丸自治会45周年記念が、今日4月21日、団地の広場で行われた。出掛けに霧のような雨が降り、慌ててビニール傘を車に積んだ。卓球を11時半に切り上げ、思いもしなかった汗をシャワーで流した。2曲の練習と、もしかしたらの曲1曲を練習して、アルトCとソプラノCのオカリナとCDを鞄に入れた。

風が強い。寒い。霧雨の流れは去った。

12時半過ぎに着くと、広場で音出しをした。運動会の時のような拡声器が両側に2つある。そこからCDの音が出る。オカリナ演奏のスタンドマイクはワイヤレスだ。リハーサルと言っても、係りの人は素人である。拡声器から音が出ない。電気屋さんが呼ばれると、CDを預けた。

3曲の伴奏にオカリナを重ね、係りの人達に聴いて貰った。音量とバランスが上手く行かないと、とても聴いて貰えない。室内ならいざ知らず、この、時折吹く強風に煽られ、しかも寒い中で演奏するのは神経を使う。

音響の様子が大体分かったので、一安心だった。だが、特にアルトCのオカリナが響き過ぎて、後方の拡声器から流れる伴奏が聞き難い。リズムの音をしっかり集中して聞きながら演奏する事になりそうだ。

もう一つ考えなければならないのは、戸外で風が強い事を想定すると、譜面台に楽譜を乗せて演奏する事はご法度だ。トラブルが発生すると思われるからである。だから、暗譜出来る曲を選んでいる。

早めに着いて、リハーサルのような事をしておいて良かった。それも、エンジニアなどがいる訳でもなく、自分の中で安心感がないとお粗末な演奏で終わってしまう可能性が大だ。もう20人位の人達が私のオカリナの音を聴いていた。何人かの女性に、音がとっても綺麗だと言われ、強ち嘘だとも思えず、安心感の上に、ホッと一息吐いた。

10分間だとか1、2曲だけだとかは余り問題ではない。私にしてみれば、却って集中して心を込めながら演奏出来ると思うからだ。

当日(今日)の3日前位にファックスが届き、聞いていた20分が10分になっていたので確認の電話を入れた。確認しなくたって、10分と書いてあれば10分なのだが。

1時半から空手の演舞や瓦割りの実演があり、それが40分要るそうだ。その後オカリナが10分。それから神戸朝鮮高級学校のブラスバンドと舞踊が30分だ。

全体の流れを見ると、これで良かったような気がする。10分が良かったのだ。繋ぎだと思えたとしても、なるように身を任せる事はとても大切な事のように思えて来る。

電話で話をするにつけて担当者は、

「10分しかないのが勿体無いですねえ。もう一度・・」

私はそこで話を遮って、

「そんなご心配はいいですから、この決められた流れでお願いします」

と言った。リハーサルの時にとても満足そうな顔をしてくれていたので、もうそれで十分だった。私のリサイタルではないのだ。この百人近い45周年記念に参加した人達が、流れを通して満足してくれなければならなかった。

美味しい弁当をご馳走になって、大内流気心会の空手道・演舞が始まった。小さい子が可愛くて、皆温かい目で見つめている。白、青、黄、橙、茶、黒の帯が綺麗だ。女性の回し蹴りや試し割りが迫力があった。

それが終わると私の番だ。ちょっと挨拶と曲目の紹介を入れて、宗次郎さんの曲の中では特に好きな「リュブリャーナの青い空」を吹いた。元気がいい曲なので、最初に吹くのもいいだろうと思って。

「次は最後の曲になりますが、と言っても2曲目ですが、こんなに素晴らしい演歌もないと思います。阿久悠さんの作詞が素晴らしいです。三木たかしさんの作曲がこれまた素晴らしく、私の好きな曲となっています」

と言う事で、これを吹き始めた。風は幾分止んでいるが、伴奏の音がやっぱり聞き辛い。でも、外れていなかったのか、ワンコーラス終わる毎に、拍手が来た。リュブリャーナの青い空の時もそうだったが、その度に頭を下げた。

ツーコーラス半の半。ソプラノCが泣いた。♪さよならあなた 私は帰ります 風の音が胸をゆする泣けとばかりに あ~あ 津軽海峡冬景色・・・。

拍手の後は「アンコール」と言う声がそこここから聞こえた。

「では、こんな事は滅多にありませんから、落差のある『みかんの花咲く丘』を聴いて下さい」

そう言って、吹いた。何とか拡声器の音に付いて行けたと思う。

私の役割は終わった。ほっとして勝手に座っていた来賓席に戻ると、司会者が慌てて花束を持って来てくれた。有り難く受け取って、次のブラスバンドを聴き、舞踊を観る事にした。一度花束が風で飛んだ。

朝鮮の民族舞踊を高級学校のブラスバンドが奏で、9人の生徒が踊った。それは華麗で、とっても素敵だった。皆、顔は日に焼けて白くはないが、口紅を塗った顔は鮮やかで美しかった。踊っている時は終始笑みを湛えている。表情が堪らない。扇子を広げ、滑らかに踊る。

ブラスバンドはとてもいい演奏をしている。40人位の編成か。迫力もあり踊りと溶け合っている。これこそずっと観て聴いていたいと思った。いつか、この神戸朝鮮高級学校を訪ねてみたい思いに駆られた。どこかで演奏して踊って欲しい。それをもう一度観たい。

4人が朝鮮の歌やふるさとを歌った。ブラスバンドだけの演奏もあった。最後は12人のチャンゴを肩から掛けた女性が12人出て来て、「チャンゴの舞」を踊った。こんなに寒いのに、何だか体が熱くなって行くようだった。

私は北朝鮮の民族ではないが、民族衣装や踊りは人を熱くするものが内在しているのではないかと思うほどだ。久し振りに観た朝鮮舞踊。韓国でも北朝鮮でもいい。いつかまた近い内に、是非観る事が出来たらと思う。

オカリナ所の騒ぎではない。私だけではなかっただろう、オカリナは別に聴かなくても良かったのでは、と思ったのは。皆、素敵な掛け声と拍手を惜しみなく送っていた。

全てが終わった。何人かの人が私に、聴けて良かったと言って来た。知っている人もいた。暫く彼ら4、5人と話した。

では、と言う事になり、帰ろうとすると2、3人のブラスバンドの高級学校生が傍を歩いていた。たどたどしい韓国語で、「演奏、素晴らしかった。とっても良かったよ」と言った。どう思っていただろうか。まさかのオカリナ吹きが韓国語(朝鮮語)を話すのだから。思わず一人に手を出して握手をした。

実は、後から彼等の所に行けたら、ちょっとだけでも良かったと言おうと考えていたのだ。これはいつか、学校に行くしかないだろうか。皆人間だもの。日本の土俵ではなく、私が朝鮮学校の土俵に上がって話せたらと思っている。

ボランティアでお願いしますと言われていたのに、花束とクッキーの入った結構大きな箱と、僅かだと言ってお礼も頂いた。交通費の積もりだったのかも知れない。

オカリナの事など、とっくに飛んでしまっていた。流れに従って流れ、流されて行くのがいいと思える2時間半だった。信念を持つのはいいが、頑固なのは頂けないと思う。

大木は強い。だが、私は柳の枝になりたいと思った。とてつもない強風が吹いた時、大木は折れる。だが、柳の枝葉はその強風にさえ身を預け、凄まじい勢いで靡いているのだから。

今日はいい日。寒さに反して、この地域には人懐こい人情味ある温かさがあった。この団地の上の空は、リュブリャーナ以上に青く澄んでいるだろうと、私はまじまじと眺めていた。