森の国オカリナフェスティバルが酣の頃、私はエスペランサの演奏を聴いていた。今年は落選で、山崎で演奏出来なかったのだ。

娘が香港からちょこっと帰っていた10月、私が演奏しようと考えていた2曲をCDに入れて貰って、出演する気満々だったのである。

残念ではあったが、私とて抽選に漏れる事だってある。宝くじなど、いつでも抽選漏れだ。
お陰でこの日、エスペランサ今日は、台風のような風に悩まされたが、晴れていたのは幸いだった。フルートとオカリナの奥田良子さんは、自称晴れ女だそうだ。

4、50人位入っていただろうか。初めての「里夢(さとむ)」は、阪急六甲駅を降りて5分位の所にある。感じのいい店だった。

2時になると、旦那の勝彦さんと一緒に登場した。旦那? ベースのカリスマだ。何度か聴いているが、特に今日は感動していた。良子さんの話が上手いし、楽しい。いつの間にか時間が過ぎて行く。2時間はあっと言う間だった。

旦那は殆ど喋らない。そんなコンセプトなんだろうけれど、それがまた絶妙な雰囲気を醸し出す。フルートをベースが支える。それは、心に語りかけて来る。

この4月に行く沖縄で、やっと全国制覇だと言った。全国で演奏するなんて凄い行脚だと思った。また、2人はそれによって喜びに満ちた瞬間や人生を感じる事が出来る。

依頼されて行く演奏会が殆どだが、今日は違った。自らのリサイタルである。ファーストアルバムのCDを去年の10月にリリースした為に、言わばそのキャンペーンでもあったのだ。

CDは6曲収録で、

1.夜空ノムコウ
2.放課後の音楽室
3.めぐり逢い
4.明日
5.未来予想図
6.情熱大陸~ESPERANZA

の曲の群れである。30分前に入った時にすぐ手に入れたこのCD。後で聴くのが本当に楽しみだ。

オカリナはほんの数曲だった。フルートが中心だが、オカリナもフルートの演奏技術があるので、感動を齎す演奏になる。竹のオカリナもとてもいい音を出していた。

オカリナはたった1個だけで演奏する。沢山持つプロもいるが、たった1個で演奏するプロは珍しい。アケタの5Cが、様々な音色を紡ぎ出す。これは正に私には出来ない理想的な形である。生き様にも関連した、羨ましい程の生活形態なのだ。

「花は一輪でいい。一輪にこもる命を知れ。文字は一字でいい。一字にこもる命を知れ」と書いた詩人がいたのを思い出す。好き放題買い漁って莫大な浪費をして来た私などとは、人間が違うと思った。私は、とんでもない放蕩息子なのだ。

フルートで奏でられる「ダッタン人の踊り」や「情熱大陸」などの超絶技巧は、流石と思わせるものがあった。

アンコールも終わって、帰り際にちょっと挨拶したが、あっけないものだった。「素晴らしかったです。凄く感動しました」と言って帰りたかったし握手の一つもして帰りたかったが、「また会いましょう」と言って去ってしまった。何て私はシャイなのだろう。

演奏での、惹き付ける決め手は何だろうと考えた。私は思う。それは、ビブラートなのだと。これだけは、人に依って掛け方が違う。全くビブラートは必要ないと言うオカリナ教師もいるが、どちらが正しいかは別にして、ビブラートのないフルートやオカリナは、おかずのないご飯のようなものだと私は思った。ヴァイオリンだって、盛んに左指で弦をを震わせている。

良子さんのビブラートは、また個性的で独創的で経験的なものだった。つまり、誰にも真似の出来ない、彼女の人生そのものから生み出されるビブラートだと思った。ベースも然りである。

この「里夢」は、私のピアノ伴奏をして貰っているS.Sさんが演奏した所でもあり、ここで録音をしたらどうかと紹介して貰った所でもある。

今日、CD作成の為に録音からマスタリングまでやっていると言う人に色々尋ねてみた。感じのいい人であったし、費用も安そうだ。一度考えてみたいと思った。

川は、川下に向って、流れるように流れるのである。どのように進展するか分からないが、なるようになるのではなかろうか。

色々な事を考えながら阪急六甲駅へ急いだが、今日はエスペランサの演奏を聴けて幸せであった。音楽は、結局は人と人との関係で成り立つものである。

風は幾分止んではいたが、道端の桜は散り、もう既に葉桜と化していた。