「米のささやき」飲んだからね。正気でブログ書けるかな。短い短い文章になる予感がする。だったら、自分でも初めて見る才能の発掘かも。
マフラーをしたのが正解な気温だ。神戸シティホールコンサートに出掛けた。
「愛・絆、新しい年への希望」
井上晴美、驚きのソプラノだった。ピアノ伴奏は渡辺千津。何が驚きか。ザ・シンフォニーホールでも芸文センターの大ホールでも、十分に通用する声だったからである。そこで演じられるだろう歌声と同じものを、ここで届けてくれたのだ。今日もまた寒かったのに。
2000人のホールでも、300人のホールでも、50人程のこのホールでも、或いは5人程の前でも、視線の方向や目配りは違っても、真摯な優しさが大事だと言う事を学んだ気がする。
PROGRAM
1.La promessa 約束 / ロッシーニ作曲
2.Ave Maria アヴェ・マリア / カッチーニ作曲
3.Sposa son disprezzata 私は蔑ろにされた妻 / ヴィヴァルディ作曲
4.O luce di quest’anima ああ、遅すぎたわ この心の光 オペラ「シャモニーのリンダよ り / ドニゼッティ作曲
5.Regnava nel silenzio 暗い夜更けに辺りは静まりかえり オペラ「ランメルモールのルチ ア」より / ドニゼッティ作曲
6.Ave Maria アヴェ・マリア / マスカーニ作曲
目を閉じると、そこはシンフォニーホールだったり芸文ホールだったりした。最初の「約束」の途中から、波長が合って来た。目を開けて、この50人ばかりのホールを意識して聴くには、余りにも勿体無かった。
ミラノスカラ座、ウイーン国立歌劇場、ボローニャ歌劇場でも活躍する、ベルカントの名手ウィリアム・マテウッツィが来日中に才能を見出し、それからイタリアに留学している。その後2000年には、京都コンサート大ホールで彼とのDuo Concertを行っている。
ピアノの渡辺千津は神戸市出身で、2人共、桐朋学園大学音楽学部演奏学科を卒業している。
やっぱり長いブログだ。何でだろ?
「ああ遅すぎたわ この心の光」。意味は全く分からないが、この高音はホールを何度もつんざいた。スミ・ジョーに肉薄している感がある。スミ・ジョーは4オクターブ出せると言うが、井上晴美も負けてはいない気がする。
声とは、あらゆる楽器に勝るのではないだろうか。ピアノが7オクターブちょい。それでも凄いが、男性と女性の声を合わせると、7オクターブ所の騒ぎではない。そう思った時、改めて人体楽器の凄さを思い知らされた。
2曲もオペラが聴けた。本格的に歌ってくれた。感激した。カッチーニのアヴェ・マリアはオカリナでも吹くが、それをここで歌声で聴けたのは儲けものだった。
(中略)
ミントの9階に上がった。どうしても観たい映画があったからだ。
ここからは短くするぞ。見てくれている人達に、無駄な時間を与えてしまいそうだから。
「レ・ミゼラブル」。
兎に角、よかったら観て頂きたい。これでお終い。とは、やっぱり良心が咎める。
ジャン・バルジャンのヒスー・ジャックマンの演技は光った。ゴールデングローブ賞の男優賞を貰っただけの事はある。ファンティーヌのアル・ハサウェイの演技も流石で、助演女優賞を貰うに相応しかったと思う。
ヴィクトル・ユーゴーの作品をミュージカルにして、それを元に映画化されている。差別と貧困に喘ぐフランス市民の19世紀の戦いが描かれているのだが、不覚にも、最後の最後に涙が零れた。すぐに眼鏡の間に指を入れ素早く拭いたが、また流れてしまった。画面が暗くなるのを待って、眼鏡を外して拳で拭った。
場内が明るくなってからいつもは出るのだが、この日は終わる前に出た。
前から4番目に座っていたから、見上げるような見方になったが、前も迫力があっていいものだ。音楽も素晴らしく、CDを買わなかったのがやや悔まれる。いつかもう一度買いに来るか、来ないか。「それは秘密です」。
2時間40分程の、長い、私のブログのような映画だった。5時前に終わり、ゆっくりと高速バスに乗り、帰路へ。
若い女性が私の横に座った。動き出すと余程眠かったのだろう。何度も私の方に傾いて来た。どうする術もなく、そのままにしていた。同じ周期で元の真っ直ぐな姿勢に戻るのだが、すぐに傾いて来る。あのアルファー波の出ている時の気持ち良さはよく分かる。
もし私が逆の立場で傾いていたら、きっと厭な顔をしながら、私を元の体勢に何度でも押し戻していただろう。余程厭なら、席を変わっていたかも知れない。スッテンと、横に倒れ込んだ自分を想像すると、かなり情けない気がした。
空は鈍色をしている。その先に、もう終わってしまったかのように、申し訳なさそうな、とても夕焼けとは言えない隙間が、辛うじて桃色とも思えるような色に蓋をするような仕草を見せていた。
「すみません」
そう私が言うと、娘とも思えるその女性は、ぱっと横に退いて立った。頭は、ボーッとしていたに違いない。これも私にだって経験がある事だ。
やっぱり、短くする才能はなかったな。
マフラーをしたのが正解な気温だ。神戸シティホールコンサートに出掛けた。
「愛・絆、新しい年への希望」
井上晴美、驚きのソプラノだった。ピアノ伴奏は渡辺千津。何が驚きか。ザ・シンフォニーホールでも芸文センターの大ホールでも、十分に通用する声だったからである。そこで演じられるだろう歌声と同じものを、ここで届けてくれたのだ。今日もまた寒かったのに。
2000人のホールでも、300人のホールでも、50人程のこのホールでも、或いは5人程の前でも、視線の方向や目配りは違っても、真摯な優しさが大事だと言う事を学んだ気がする。
PROGRAM
1.La promessa 約束 / ロッシーニ作曲
2.Ave Maria アヴェ・マリア / カッチーニ作曲
3.Sposa son disprezzata 私は蔑ろにされた妻 / ヴィヴァルディ作曲
4.O luce di quest’anima ああ、遅すぎたわ この心の光 オペラ「シャモニーのリンダよ り / ドニゼッティ作曲
5.Regnava nel silenzio 暗い夜更けに辺りは静まりかえり オペラ「ランメルモールのルチ ア」より / ドニゼッティ作曲
6.Ave Maria アヴェ・マリア / マスカーニ作曲
目を閉じると、そこはシンフォニーホールだったり芸文ホールだったりした。最初の「約束」の途中から、波長が合って来た。目を開けて、この50人ばかりのホールを意識して聴くには、余りにも勿体無かった。
ミラノスカラ座、ウイーン国立歌劇場、ボローニャ歌劇場でも活躍する、ベルカントの名手ウィリアム・マテウッツィが来日中に才能を見出し、それからイタリアに留学している。その後2000年には、京都コンサート大ホールで彼とのDuo Concertを行っている。
ピアノの渡辺千津は神戸市出身で、2人共、桐朋学園大学音楽学部演奏学科を卒業している。
やっぱり長いブログだ。何でだろ?
「ああ遅すぎたわ この心の光」。意味は全く分からないが、この高音はホールを何度もつんざいた。スミ・ジョーに肉薄している感がある。スミ・ジョーは4オクターブ出せると言うが、井上晴美も負けてはいない気がする。
声とは、あらゆる楽器に勝るのではないだろうか。ピアノが7オクターブちょい。それでも凄いが、男性と女性の声を合わせると、7オクターブ所の騒ぎではない。そう思った時、改めて人体楽器の凄さを思い知らされた。
2曲もオペラが聴けた。本格的に歌ってくれた。感激した。カッチーニのアヴェ・マリアはオカリナでも吹くが、それをここで歌声で聴けたのは儲けものだった。
(中略)
ミントの9階に上がった。どうしても観たい映画があったからだ。
ここからは短くするぞ。見てくれている人達に、無駄な時間を与えてしまいそうだから。
「レ・ミゼラブル」。
兎に角、よかったら観て頂きたい。これでお終い。とは、やっぱり良心が咎める。
ジャン・バルジャンのヒスー・ジャックマンの演技は光った。ゴールデングローブ賞の男優賞を貰っただけの事はある。ファンティーヌのアル・ハサウェイの演技も流石で、助演女優賞を貰うに相応しかったと思う。
ヴィクトル・ユーゴーの作品をミュージカルにして、それを元に映画化されている。差別と貧困に喘ぐフランス市民の19世紀の戦いが描かれているのだが、不覚にも、最後の最後に涙が零れた。すぐに眼鏡の間に指を入れ素早く拭いたが、また流れてしまった。画面が暗くなるのを待って、眼鏡を外して拳で拭った。
場内が明るくなってからいつもは出るのだが、この日は終わる前に出た。
前から4番目に座っていたから、見上げるような見方になったが、前も迫力があっていいものだ。音楽も素晴らしく、CDを買わなかったのがやや悔まれる。いつかもう一度買いに来るか、来ないか。「それは秘密です」。
2時間40分程の、長い、私のブログのような映画だった。5時前に終わり、ゆっくりと高速バスに乗り、帰路へ。
若い女性が私の横に座った。動き出すと余程眠かったのだろう。何度も私の方に傾いて来た。どうする術もなく、そのままにしていた。同じ周期で元の真っ直ぐな姿勢に戻るのだが、すぐに傾いて来る。あのアルファー波の出ている時の気持ち良さはよく分かる。
もし私が逆の立場で傾いていたら、きっと厭な顔をしながら、私を元の体勢に何度でも押し戻していただろう。余程厭なら、席を変わっていたかも知れない。スッテンと、横に倒れ込んだ自分を想像すると、かなり情けない気がした。
空は鈍色をしている。その先に、もう終わってしまったかのように、申し訳なさそうな、とても夕焼けとは言えない隙間が、辛うじて桃色とも思えるような色に蓋をするような仕草を見せていた。
「すみません」
そう私が言うと、娘とも思えるその女性は、ぱっと横に退いて立った。頭は、ボーッとしていたに違いない。これも私にだって経験がある事だ。
やっぱり、短くする才能はなかったな。