「笑うって、美しさを保つ秘訣かしらね」
萬田久子は、細い体に素敵な和服姿で答えた。
「それで、萬田さんの座右の銘は何ですか」
NHKテレビの番組で、お昼の2時前にアナウンサーが聞いた。そう聞かれて、
「『両方1.5ですよ』って具志堅さんが答えたのを思い出して、失礼なんだけど可笑しくて可笑しくて。座右の銘と聞くと、いつもその事を思い出すの。『左右の目は』と聞こえたのね」
と言って笑い転げた。
カンツォーネの歌手、ブロ友のますえさんと萬田久子が、指紋の照合がピッタリとまでは行かなくても、重なるのだ。着物姿は甲乙付け難いし、顔はどちらも美人だ。
ちょっと飛び過ぎたが、今20日のブログを打ち込んでいる炬燵板の上に、マッコリを置いている。今日、午前中に或る保育所でサンタクロースをやって、そのお土産にShinの洋菓子ガトープルミエと、このマッコリを貰ったのだった。
これはソウルで出来た6%のマッコリだ。1000ml入りのボトルに、「ウォルメ」とハングルで書かれている。唯一漢字で書かれているのは「月梅」で、これをウォルメと読むのだ。米から作られている。
早く飲みたくて仕様がない。このブログを終えたら、すぐに飲む積もりだ。いや、飲む。
ものの数十分も経たない内に、空っぽになる運命の「月梅」。ロケットのようなプラスチックの白く濁った容器を見ながら、北朝鮮の事を考える。
早く飲みたい。飲みながら書いてもいいけれど、気が大きくなると困るし、自制しなければ読んで頂く方々に失礼にも思える。ブログは公開とは言え日記なので、どちらでもいいとは思うのだけれど。
早く飲むには、本論を極短くすればいいのだ。
朝8時15分頃、家を出た。水溜りが凍っていた。今年初めて見たので嬉しくて、その上を片足乗せて滑った。
9時30分に来るように言われていたので、気を付けた積もりだった。それなのに駅に9時に着いてしまった。コンビにで孫のお菓子を買ったり、年末ジャンボが明日までなので1枚買ったりした。
「すみません、1枚で」
「いいですよ。どれがいいですか」
「どれでもいいです。沢山買っても当たらないし、1枚でも買わないと当たるものも当たらないし」
「そうですね」
と言って、貰った番号を見た。どう転んでも当たらなそうな1枚だ。鞄に入れると、信号を渡りながら思う。
連番で10枚買えば3000円だが300円は必ず当たる。それでも2700円の損。抽選に外れる人は物凄く多いだろうが、損をする為にお金を注ぎ込んでいるようにしか、私には思えない。それを、人は夢を買うと言って、この時とばかりに大量に買う。
それは間違ってはいない。当たるかも知れないからだ。1等は4億円(1本)。2等が3千万円(3本)。3等になると百万円(100本)。4等が十万円(1,000本)で、5等は3千円(100,000本)だ。6等(1,000,000本)は、連番で10枚買えば必ず当たる3百円なのだ。
1等の前後賞は1億円(2本)だし、組み違い賞は10万円(99本)だ。10枚で十万円当たれば嬉しいだろう。だが、十万円も、特に3千円や3百円はそんなに欲しいとは思っていないだろう。当たらないより当たる方がいいに決まっているが、皆、一攫千金を夢見て買うと思うからだ。
百万円まで全国から眺めて、自分が当たるとは到底思えない。大台(3千万円以上)は僅か6本だ。どうせ当たらないとは思っているが、1千万円とか500万円をもう少し増やして貰えれば、まだ一縷の望みを繋ぎ易く出来るのでは、と。
横断歩道を北に渡ると、もう一つ宝くじ売り場がある。高額当選が出たと書いてあった。
時間はまだあるので、その辺の通りを時間潰しにぐるぐる歩いた。
白木屋の前に、それとは違うスタッフ募集のポスターが張ってあり、3人の社員の男の顔と略歴が載っていた。現役の陸上競技の選手でもあった。全日本選手権で、優勝から4位までに入っている社員兼選手で、ここ白木屋の店員かと思ってしまっていたのだ。
それが凄い。暫く見惚れた。自己最高で、A君棒高跳びで5m40cm。B君走り幅跳びで8m05cm。C君走り高跳びで2m25cm。オリンピックでの日本代表選手に迫る勢いである。自分の中学時代の記録と比べても、走り幅跳びは2mもの違いがある。今更のように、凄いなあと思った。
もう書くのを止めたい。マッコリを手繰り寄せてみる。
本題はメモ程度にして、割愛する事にしよう。出来るかな。
要するに、私はサンタクロースの衣装を着て、髭を着け、帽子を被り、長靴を履いた。
可愛い110人ちょいの子供達が、サンタクロースを待っていた。いつも「わちにんこ」と言っていたので、今日は極簡単な英語を使ってみた。子供達は、私が遠い国から来たサンタさんだと思ったようだった。うおー、と言う驚きが漏れたのだから。低い声で「グッドモーニング」といっただけでそうだったのだから。
何処から来たか、何に乗って来たか位を話してみた。フィンランドからレインディアに橇を引かせて来た、と言った。
子供は、心許ない英語で話した事をも聞いて来た。司会の若い保育士さんが一生懸命聞いて、私にマイクを預ける。
「何処から来たのですか」
「どうしてトナカイは空を飛べるのですか」
後の質問は、
「今何歳ですか」
「サンタさんは、どうして欲しいものが分かるのですか」
「おもちゃを作る工場は何処にあるのですか」
可愛い5つの質問だった。ああ、マッコリが・・。でも、ここで書くのを止めたら、尻切れトンボになってしまう。ゴールまで、もう一息。
嘘を言ってはいけないと呟きながら、
「作ったものは、トイザラスにも置いているんですよ」
と。子供達は、妙に納得していた。その理由は後で主任さんに聞いた。成る程。
各組の数人が出て来て、私は、先生から手渡されるプレゼントを渡した。後は、一人ひとりにお菓子の入った袋を渡した。「メリークリスマス」とか「おめでとう」とか言いながら。その度に組毎の写真の真ん中に入った。繁々と私の顔を覗き込む子、握手を求める子、ハイタッチをする子色々だ。手は紅葉のように小さく可愛く温かかった。
ミサイルなんて飛ばさずに、平和が存続してくれたらいいと、この子供達を見つめながら思った。だが、歴史は繰り返しても、後には戻らない。今よりずっと平和だった昔のその部分には戻らない。文明がそれを拒むのだ。
子供達は、お礼の歌を歌ってくれた。
私は手を振りながら、この場を去った。手を振り返してくれる子もいる。名残惜しそうに、そう私には感じられたのだが、私は全身にその眼を浴びたのだった。
子供と同じ特別給食を頂いた。クロワッサンのサンドイッチは初めてだった。
どの子も幸せになって欲しいと、心から願わずにはいられなかった。余りにも可哀想な事が多過ぎる。子供だけは幸せでなければならないと思いながら、この保育所を出た。11時30分の事だった。
「これで、今日のお話はお終いです!」。女の子の孫が文字の無い本を自分で語って聞かせてくれながら、最後にこう言うのだ。私の話も、いよいよ終わりだ。
私には、今から飲む仕事がある。仕事ではなく、楽しみと置き換えよう。ああ、マッコリよ。ハングルだらけのボトルのソウルマッコリよ。今から、暫し私と付き合ってくれ。私の五臓六腑に話し掛けてくれ。そうしてお前が空っぽになった頃、私は空いて濁った白色から透明になったボトルを見ながら、顔中を赤く染め、お前と共に、静かに深くまどろんで行く事だろう。
萬田久子は、細い体に素敵な和服姿で答えた。
「それで、萬田さんの座右の銘は何ですか」
NHKテレビの番組で、お昼の2時前にアナウンサーが聞いた。そう聞かれて、
「『両方1.5ですよ』って具志堅さんが答えたのを思い出して、失礼なんだけど可笑しくて可笑しくて。座右の銘と聞くと、いつもその事を思い出すの。『左右の目は』と聞こえたのね」
と言って笑い転げた。
カンツォーネの歌手、ブロ友のますえさんと萬田久子が、指紋の照合がピッタリとまでは行かなくても、重なるのだ。着物姿は甲乙付け難いし、顔はどちらも美人だ。
ちょっと飛び過ぎたが、今20日のブログを打ち込んでいる炬燵板の上に、マッコリを置いている。今日、午前中に或る保育所でサンタクロースをやって、そのお土産にShinの洋菓子ガトープルミエと、このマッコリを貰ったのだった。
これはソウルで出来た6%のマッコリだ。1000ml入りのボトルに、「ウォルメ」とハングルで書かれている。唯一漢字で書かれているのは「月梅」で、これをウォルメと読むのだ。米から作られている。
早く飲みたくて仕様がない。このブログを終えたら、すぐに飲む積もりだ。いや、飲む。
ものの数十分も経たない内に、空っぽになる運命の「月梅」。ロケットのようなプラスチックの白く濁った容器を見ながら、北朝鮮の事を考える。
早く飲みたい。飲みながら書いてもいいけれど、気が大きくなると困るし、自制しなければ読んで頂く方々に失礼にも思える。ブログは公開とは言え日記なので、どちらでもいいとは思うのだけれど。
早く飲むには、本論を極短くすればいいのだ。
朝8時15分頃、家を出た。水溜りが凍っていた。今年初めて見たので嬉しくて、その上を片足乗せて滑った。
9時30分に来るように言われていたので、気を付けた積もりだった。それなのに駅に9時に着いてしまった。コンビにで孫のお菓子を買ったり、年末ジャンボが明日までなので1枚買ったりした。
「すみません、1枚で」
「いいですよ。どれがいいですか」
「どれでもいいです。沢山買っても当たらないし、1枚でも買わないと当たるものも当たらないし」
「そうですね」
と言って、貰った番号を見た。どう転んでも当たらなそうな1枚だ。鞄に入れると、信号を渡りながら思う。
連番で10枚買えば3000円だが300円は必ず当たる。それでも2700円の損。抽選に外れる人は物凄く多いだろうが、損をする為にお金を注ぎ込んでいるようにしか、私には思えない。それを、人は夢を買うと言って、この時とばかりに大量に買う。
それは間違ってはいない。当たるかも知れないからだ。1等は4億円(1本)。2等が3千万円(3本)。3等になると百万円(100本)。4等が十万円(1,000本)で、5等は3千円(100,000本)だ。6等(1,000,000本)は、連番で10枚買えば必ず当たる3百円なのだ。
1等の前後賞は1億円(2本)だし、組み違い賞は10万円(99本)だ。10枚で十万円当たれば嬉しいだろう。だが、十万円も、特に3千円や3百円はそんなに欲しいとは思っていないだろう。当たらないより当たる方がいいに決まっているが、皆、一攫千金を夢見て買うと思うからだ。
百万円まで全国から眺めて、自分が当たるとは到底思えない。大台(3千万円以上)は僅か6本だ。どうせ当たらないとは思っているが、1千万円とか500万円をもう少し増やして貰えれば、まだ一縷の望みを繋ぎ易く出来るのでは、と。
横断歩道を北に渡ると、もう一つ宝くじ売り場がある。高額当選が出たと書いてあった。
時間はまだあるので、その辺の通りを時間潰しにぐるぐる歩いた。
白木屋の前に、それとは違うスタッフ募集のポスターが張ってあり、3人の社員の男の顔と略歴が載っていた。現役の陸上競技の選手でもあった。全日本選手権で、優勝から4位までに入っている社員兼選手で、ここ白木屋の店員かと思ってしまっていたのだ。
それが凄い。暫く見惚れた。自己最高で、A君棒高跳びで5m40cm。B君走り幅跳びで8m05cm。C君走り高跳びで2m25cm。オリンピックでの日本代表選手に迫る勢いである。自分の中学時代の記録と比べても、走り幅跳びは2mもの違いがある。今更のように、凄いなあと思った。
もう書くのを止めたい。マッコリを手繰り寄せてみる。
本題はメモ程度にして、割愛する事にしよう。出来るかな。
要するに、私はサンタクロースの衣装を着て、髭を着け、帽子を被り、長靴を履いた。
可愛い110人ちょいの子供達が、サンタクロースを待っていた。いつも「わちにんこ」と言っていたので、今日は極簡単な英語を使ってみた。子供達は、私が遠い国から来たサンタさんだと思ったようだった。うおー、と言う驚きが漏れたのだから。低い声で「グッドモーニング」といっただけでそうだったのだから。
何処から来たか、何に乗って来たか位を話してみた。フィンランドからレインディアに橇を引かせて来た、と言った。
子供は、心許ない英語で話した事をも聞いて来た。司会の若い保育士さんが一生懸命聞いて、私にマイクを預ける。
「何処から来たのですか」
「どうしてトナカイは空を飛べるのですか」
後の質問は、
「今何歳ですか」
「サンタさんは、どうして欲しいものが分かるのですか」
「おもちゃを作る工場は何処にあるのですか」
可愛い5つの質問だった。ああ、マッコリが・・。でも、ここで書くのを止めたら、尻切れトンボになってしまう。ゴールまで、もう一息。
嘘を言ってはいけないと呟きながら、
「作ったものは、トイザラスにも置いているんですよ」
と。子供達は、妙に納得していた。その理由は後で主任さんに聞いた。成る程。
各組の数人が出て来て、私は、先生から手渡されるプレゼントを渡した。後は、一人ひとりにお菓子の入った袋を渡した。「メリークリスマス」とか「おめでとう」とか言いながら。その度に組毎の写真の真ん中に入った。繁々と私の顔を覗き込む子、握手を求める子、ハイタッチをする子色々だ。手は紅葉のように小さく可愛く温かかった。
ミサイルなんて飛ばさずに、平和が存続してくれたらいいと、この子供達を見つめながら思った。だが、歴史は繰り返しても、後には戻らない。今よりずっと平和だった昔のその部分には戻らない。文明がそれを拒むのだ。
子供達は、お礼の歌を歌ってくれた。
私は手を振りながら、この場を去った。手を振り返してくれる子もいる。名残惜しそうに、そう私には感じられたのだが、私は全身にその眼を浴びたのだった。
子供と同じ特別給食を頂いた。クロワッサンのサンドイッチは初めてだった。
どの子も幸せになって欲しいと、心から願わずにはいられなかった。余りにも可哀想な事が多過ぎる。子供だけは幸せでなければならないと思いながら、この保育所を出た。11時30分の事だった。
「これで、今日のお話はお終いです!」。女の子の孫が文字の無い本を自分で語って聞かせてくれながら、最後にこう言うのだ。私の話も、いよいよ終わりだ。
私には、今から飲む仕事がある。仕事ではなく、楽しみと置き換えよう。ああ、マッコリよ。ハングルだらけのボトルのソウルマッコリよ。今から、暫し私と付き合ってくれ。私の五臓六腑に話し掛けてくれ。そうしてお前が空っぽになった頃、私は空いて濁った白色から透明になったボトルを見ながら、顔中を赤く染め、お前と共に、静かに深くまどろんで行く事だろう。