神戸市中央区京町80番クリエイト神戸2・3Fに、神戸らんぷミュージアムはある。
その1階で、今日12月8日(土)2時から、ミュージアムコンサートがあった。
鍵盤ハーモニカのTommy Choが、シンセサイザーとドラムスでユニットを組んでいる。
初めて聴くTommy Choの略歴はこうだ。
「漢詩書道家の父のもと幼少より書や水墨画を始め、4歳よりピアノ、12歳でトランペットを始める。 ’92大阪音楽大学器楽科卒業。と同時に邦・洋楽器をミックスさせたジャズオーケストラ「The Humann Nature」を立ち上げる。 ’95阪神淡路大震災に被災し音楽活動の休止を余儀なくされる。 ’96、震災の廃墟の中で出遭った楽器鍵盤ハーモニカによるユニットを結成。舞台の作編曲、数々のステージに上がる。日本が世界に誇る素晴らしい楽器「鍵盤ハーモニカ」の可能性を追求しながら、日本は元より世界各地で活動している」
シンセサイザーの彼は、Tommy Choより随分年下である。後でシンセサイザーの彼と暫く話したが、彼の歳は30歳だと言っていた。
「もう結成して10年になりますが、私達の出会いはどうだったか。前世から繋がっているね、と言っています。どうしてシンセッサイザーの彼と出会ったか。マンションが同じだったのです」
ドラムスの彼との繋がりは聞きそびれたが、ドラムスの彼の話もしてくれた。
「アフリカでテントを張っていた時に、トイレに行きたくなったそうです。明るい場所ではなく暗がりで用を足すように言われてちょっと先に行ったら、向こうの茂みからこちらを窺っているライオンの目があったのです。ライオンに追っかけられた話なんですよ」
このドラムスの彼は、最後に独演があったが、それはそれは上手いものだった。
そして、Tommy Choの鍵盤ハーモニカは、凄いの一語に尽きた。
ガラス張りの会場からは外が丸見えだ。歩いている人達が、ちらっと中を覗き込む。ガラスを挟んで、中は感動しながら演奏を聴いている。外はそんな音も聞こえず、寒風の中を歩いている。何とも言えぬコントラストだ。
演奏曲は全部書けないが、ボサノバ調の「赤とんぼ」から始まった事は事実だ。後、「ストレイトノーチェイサー(ジャズブルース)」「キエンセラ(タンゴ)」「この素晴らしき世界(バラード)」等。
80分ぶっ続けでやると言っていたが、最後は90分を越えていた。最後の曲名を忘れたが、この超絶技巧は並ではなかった。彼は、限界に挑戦すると言ったが、凄い!
当然の事、アンコールがあった。彼は、オリジナルの「望郷」を演奏した。これはゆったりしていたが、何より私のオリジナルにも「望郷」があって、ひょっとして彼と話が合うのかも知れないと思ったりした。
「昨日より今日、今日より明日と進歩がないといけないし、技術が進歩したり、いい演奏が出来たらいいと思っています。これは大切な事ですが、昨日も今日も同じ日である事が、何よりも奇跡だと思います。世界を見ていると様々な変化がありますが、日本でこうしていられる事が不思議な位です」
そんな事も言っていた。
小学校を終えると、ピアニカは使用されなくなる。それでは余りにも悲しいと彼は言う。どこの小学校だったか、彼が改良を重ねた鍵盤ハーモニカを、来年から子供達に使わせたいと言っているそうだ。教育の世界で進化するのはいい事である。
彼もシンセサイザーの君もトランペットを吹くけれど、Tommy Choは、瓦礫の中に自分が取り上げなければそのまま埋もれてしまうピアニカを取り上げ、そこから鍵盤ハーモニカの演奏家になった。そのままでは可哀想だと言った。優しい人である。
こんなに鍵盤ハーモニカが凄いとは思わなかった。今日は、色んな事を考えさせられた。ヒントも幾つか貰った。そんな事を思うと、これは出会いでしかない。一期一会だ。
3階のらんぷミュージアムの展示を観て回った後、1階でシンセの君が片付けをしていた。暫く話した。私の甥に似た風貌をしていた。いい若者だった。来年も、もう11月まで予定が入っていると言った。神戸に住んでいるが、東京都半々行き来しているそうだ。
いつかもう一度聴きたい。いや、聴くと思う。この人達と、話がしてみたい。
その1階で、今日12月8日(土)2時から、ミュージアムコンサートがあった。
鍵盤ハーモニカのTommy Choが、シンセサイザーとドラムスでユニットを組んでいる。
初めて聴くTommy Choの略歴はこうだ。
「漢詩書道家の父のもと幼少より書や水墨画を始め、4歳よりピアノ、12歳でトランペットを始める。 ’92大阪音楽大学器楽科卒業。と同時に邦・洋楽器をミックスさせたジャズオーケストラ「The Humann Nature」を立ち上げる。 ’95阪神淡路大震災に被災し音楽活動の休止を余儀なくされる。 ’96、震災の廃墟の中で出遭った楽器鍵盤ハーモニカによるユニットを結成。舞台の作編曲、数々のステージに上がる。日本が世界に誇る素晴らしい楽器「鍵盤ハーモニカ」の可能性を追求しながら、日本は元より世界各地で活動している」
シンセサイザーの彼は、Tommy Choより随分年下である。後でシンセサイザーの彼と暫く話したが、彼の歳は30歳だと言っていた。
「もう結成して10年になりますが、私達の出会いはどうだったか。前世から繋がっているね、と言っています。どうしてシンセッサイザーの彼と出会ったか。マンションが同じだったのです」
ドラムスの彼との繋がりは聞きそびれたが、ドラムスの彼の話もしてくれた。
「アフリカでテントを張っていた時に、トイレに行きたくなったそうです。明るい場所ではなく暗がりで用を足すように言われてちょっと先に行ったら、向こうの茂みからこちらを窺っているライオンの目があったのです。ライオンに追っかけられた話なんですよ」
このドラムスの彼は、最後に独演があったが、それはそれは上手いものだった。
そして、Tommy Choの鍵盤ハーモニカは、凄いの一語に尽きた。
ガラス張りの会場からは外が丸見えだ。歩いている人達が、ちらっと中を覗き込む。ガラスを挟んで、中は感動しながら演奏を聴いている。外はそんな音も聞こえず、寒風の中を歩いている。何とも言えぬコントラストだ。
演奏曲は全部書けないが、ボサノバ調の「赤とんぼ」から始まった事は事実だ。後、「ストレイトノーチェイサー(ジャズブルース)」「キエンセラ(タンゴ)」「この素晴らしき世界(バラード)」等。
80分ぶっ続けでやると言っていたが、最後は90分を越えていた。最後の曲名を忘れたが、この超絶技巧は並ではなかった。彼は、限界に挑戦すると言ったが、凄い!
当然の事、アンコールがあった。彼は、オリジナルの「望郷」を演奏した。これはゆったりしていたが、何より私のオリジナルにも「望郷」があって、ひょっとして彼と話が合うのかも知れないと思ったりした。
「昨日より今日、今日より明日と進歩がないといけないし、技術が進歩したり、いい演奏が出来たらいいと思っています。これは大切な事ですが、昨日も今日も同じ日である事が、何よりも奇跡だと思います。世界を見ていると様々な変化がありますが、日本でこうしていられる事が不思議な位です」
そんな事も言っていた。
小学校を終えると、ピアニカは使用されなくなる。それでは余りにも悲しいと彼は言う。どこの小学校だったか、彼が改良を重ねた鍵盤ハーモニカを、来年から子供達に使わせたいと言っているそうだ。教育の世界で進化するのはいい事である。
彼もシンセサイザーの君もトランペットを吹くけれど、Tommy Choは、瓦礫の中に自分が取り上げなければそのまま埋もれてしまうピアニカを取り上げ、そこから鍵盤ハーモニカの演奏家になった。そのままでは可哀想だと言った。優しい人である。
こんなに鍵盤ハーモニカが凄いとは思わなかった。今日は、色んな事を考えさせられた。ヒントも幾つか貰った。そんな事を思うと、これは出会いでしかない。一期一会だ。
3階のらんぷミュージアムの展示を観て回った後、1階でシンセの君が片付けをしていた。暫く話した。私の甥に似た風貌をしていた。いい若者だった。来年も、もう11月まで予定が入っていると言った。神戸に住んでいるが、東京都半々行き来しているそうだ。
いつかもう一度聴きたい。いや、聴くと思う。この人達と、話がしてみたい。